04――幼なじみ
「あ、来た来た!」
来店を告げるチャイムを共に店の中に入ると、俺を待ってくれていたのか幼なじみの花音が笑顔でこちらに手を振りながら言った。
「ちゃんと時間に余裕を持って来たんだね、感心感心」
「そりゃ、おじさんにも花音にも迷惑かけられないだろ。バイトさせてもらうんだから」
俺としては至極常識的な話をしているつもりなのだが、何故か花音は『えへへ』と嬉しそうに表情を笑み崩した。話しながらバックヤードに入ると、パソコンに向かって何やら作業をしていたおじさんが俺に気づいて手をあげる。
「やあ、奏汰くん。今日からよろしく頼むよ。夕方だからそんなに混まないだろうし、商品の補充とか売り場の整備を優先的によろしくね」
「はい、了解です」
俺の返事に満足したのか、おじさんは頷くと再びパソコンの画面に視線を戻した。さて制服に着替えるかと思ったら、まだまだニコニコと笑顔な花音がスッと上着を差し出す。このコンビニは制服は上着だけで後は中のシャツもズボンも自由なので、俺は制服を受け取るとパーカーを脱いで上着を身に着けた。
すでに名札も制服についていたので、これでいつでも働くことができる状態になった。時計を見るとちょうどバイト開始の時間の数分前だったので、花音と一緒に売り場に出ることにした。
日勤で働いているフリーターの男性に挨拶して、彼がバックヤードに向かうのを見送る。カウンターの中に入って申し送りを書き込むためのファイルを確認したが、特に重要なことは書かれていなかった。冷ケースの温度チェックにもまだ時間があるので、とりあえず手をしっかりと洗ってから花音に聞いた。
「俺は何からやればいい? 見たところ売り場もそんなに荒れてないし、ペットボトルでも補充してこようか?」
「……せっかく一緒にバイトしてるのに、なんで早速別行動しようとしてるのよ」
俺の提案に、さっきまではめちゃくちゃ上機嫌だった花音の表情が拗ねたものに変わる。いや、これはバイトであって遊びに来てるんじゃないなぁ。別行動ができないとなると、レジぐらいしか仕事がないのだが。でもお客さんは現在店の中にいないし、どうすればいいのか。
「初日からそんなに頑張っても、後が続かないし。せっかくだから、お話しようよ。卒業式以来、久しぶりに会ったんだしさ」
「いや、俺の新居の内見にお前もついてきただろ。他にも高校からの課題一緒にやったり、全然久しぶりじゃないだろうが」
「そうそう、その話が聞きたかったんだ。新居どう? やっぱりあの広さにひとりだと、持て余さない?」
完全におしゃべりモードに入った花音に、俺はため息をつきながら付き合うことにした。まぁちょうどいいや、鈴のことも話しておかないといけないしな。入学式当日にいきなり学校で顔合わせするよりも、前もって合わせておいた方がいいだろう。
「持て余すとかはないんだが、その件について花音に話しておきたいことがあるんだ。明日って何か予定あるか?」
「えっ、ううん? 入学式前日だから、お父さんも明日は手伝わなくていいって言ってたし」
「だったら、うちに来てくれないか? ちょっと話しておきたいことがあるんだ」
俺の言葉に、何故か花音の顔が真っ赤に染まる。今のやり取りでそんな顔を赤くするようなことがあっただろうか。視線を左右に忙しなくさまよわせた後、花音は何かを決意したようにこくりと頷いた。
「明後日は入学式だからな、話が長くなって帰りが遅くなっても悪いし。朝の9時ぐらいにウチに来てくれたらありがたい」
「……うん、わかった」
そう言って頷く花音だが、どうもぼんやりしている様子でちょっと心配になる。その後は口数も少なくなったが、さすが長年ここで働いているだけのことはある。まるで職人のようにテキパキと色々な作業をこなす姿は、近未来のロボットのようだ。
俺も負けていられないと自分にできる作業をしていると、あまりに静かな売り場の様子を心配したおじさんがバックヤードから出てきた。一心不乱に働く自分の娘と俺を見て目を丸くしたおじさんは、ちょいちょいと俺に手招きした。
「うちの娘、なんであんな感じになってるの?」
「話したいことがあるから明日ウチに来てくれって言ったら、あの状態になっちゃって」
「……奏汰くんに新居に招いてもらったから、嬉しくなっちゃったのかね」
「内見のときも来てましたし。その後も引っ越しする前ですが1回見に来たから、そんなこともないと思うんですけどね」
おじさんと俺は突然の花音に奇行に首を傾げながらも、仕事には問題はないからそっとしておこうと自分たちの仕事に戻った。結局俺たちのシフトが終わるまで花音は元に戻ることもなく、俺は彼女のことをおじさんに任せて俺と鈴の晩飯と朝飯を買って家に帰った。
少し早足になりながら家に帰ると、シャワーを浴びたのか少し火照った肌の鈴が出迎えてくれた。髪は乾いているようだけど春とはいえ少し冷え込んできたから、せっかく温もった鈴の体が冷えないようにさっさと家の中に入ってドアを閉める。
俺が手洗いとうがいをしている間に、鈴が晩飯用に買ってきた弁当をレンジで温めてくれていた。ティーパックだけど温かいほうじ茶を淹れて、鈴と向かい合ってご飯を食べる。
バイト初日はどうだったのかとか、お店の場所とかそういう話を食べながらしていたので、いい機会だと思って明日花音がここに来ることを話した。ビクッと緊張した様子の鈴だったが、小さく深呼吸を何度かすると落ち着いた様子に戻った。
「慣れてないから怖いと思うかもしれないけど、あの島の人たちみたいに他人に過ぎたぐらいに関心がある人はこの街にはいないよ。名前や趣味、島での生活はどうだったのかみたいなことは多分誰でも聞いてくる。でも話したくないことは適当に誤魔化せば、そんなに深追いはしてこないだろうし」
「そ、そうなんだ。ちなみに、この部屋に勝手に上がり込んでコーヒー飲んでテレビ見る人とかっていない……よね?」
ああ、確かにあの島の人たちって基本的に自分の家の鍵を掛けないので、用事があって訪ねたのに住人がいなかったら勝手に家の中でくつろいで待つんだよな。俺も最初に遊びに行った時はびっくりした。
「戸締まりさえしっかりしていれば大丈夫だ。あ、そうだ。これ渡しておくよ」
ポケットからデフォルメされたひよこのキーホルダーを取り出して、鈴へとテーブルの上を滑らせた。なんでオートロックもついていないマンションなのに鍵がディンプルキーなのかと不思議に思っていたのだが、うちの親が鈴も一緒に住むということで実費負担で鍵を換えたらしい。これで実家と大家さん、俺と鈴が1本ずつ持つことになった。
まるで宝石でも手に取るように恐る恐る鍵を手に取った鈴は、大事そうに胸の前で握りしめて小さく『ありがとう』と言った。頑張っていつも通りの態度を取っていたけど、初めて島からひとりで出てきて鈴も不安だったんだろうと思う。こうして鍵を渡されたことで居場所も一緒に手に入れることができて、本当にホッとしたのかもしれない。
「あとは、明日花音と友達になって普通の友達付き合いの練習をしたらいいと思うぞ。いいヤツだから、絶対に仲良くなれる」
俺が自信を持ってそう言うと、何故か鈴は困ったような笑みを浮かべた。その時に小さく『仲良くなるのはむずかしいかも』と小さく呟いていたらしいのだが、その時の俺には聞き取れていなかった。
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