03――実家にて

「そう言えば、鈴は俺の家に来たことあったっけ?」


 俺の問いかけに、鈴はふるふると首を振った。やっぱりそうか。思い返してみても毎年島に遊びに行った記憶はあっても、俺の地元で鈴と遊んだ思い出はないもんな。


「せっかくだから入学式までに、俺の幼なじみを紹介するよ。男の俺だけだとなかなか手の届かないところもあるだろうし、いいヤツだからすぐに仲良くなれると思う」


「お、女の子なの?」


「ああ、保育園の頃からの付き合いなんだ。今度俺がバイトを始めるのも、そいつの家のコンビニなんだよ」


 俺が軽く言うと、何故か鈴はショックを受けたような表情を受けて『家業を継ぐための修行!?』と小さい声ながらも強い口調で呟いた。


 確かに花音はあのコンビニの跡取り娘なんだろうけど、多分おじさんの代で終わらせるつもりなんじゃないかな? 元々あの店も親父さんが脱サラして始めた店だし、こないだも『こんなしんどい仕事を娘にやってほしいとは思ってないよ』とか言ってたから。


「なんでかなたは、バイト先をそこに選んだの?」


「うーん、理由なんてつまらないものだぞ。家から近いし子供の頃から知っている人の店だから不採用にされにくいし、仕事も前からたまに手伝ってるからわかっててすんなり戦力になれそうだったからだよ」


 不採用になるどころか、絶対にうちに来てっておじさんが土下座する勢いだったことは黙っておこう。いい人なのに変に誤解されたら可哀想だからな。


 俺が話すと、鈴は『そうなんだ……』となにかを納得したのかこくりと小さく頷いた。そんな雑談をしていると、あっという間に俺の実家の前に到着した。


 ごく普通の一軒家なのに、何故か隣の鈴はキラキラとした瞳で俺の実家を見ている。まぁ島には古めの日本家屋が多かったから、現代風の家が珍しいのかもしれない。屋根も瓦屋根じゃないしな。


 ポケットから鍵を取り出してキーを差し込む。在宅時でも家族はみんな鍵を掛けるので、家に入るにはこうして必ず鍵を開ける必要がある。まぁ最近は物騒だし、親父が仕事で日中に不在がちで男手が俺しかいなかったからな。そして俺が家を出た……というか追い出されたせいで、日中は母と妹しかこの家にはいないのだからそりゃあ施錠は必須になる。


 ガチャリとドアを開けるとリビングからピョコンと首を出し、不審そうな表情で妹の美奈がこちらを見ていた。


「おにい、もう帰ってきたの!? 出ていったの昨日じゃん、そんなにひとり暮らしが寂しかったんだね。仕方ないから空いているもうひとつの部屋には、この美奈ちゃんが一緒に……」


「違うから、親父と母さんに話があるから帰ってきたんだよ。ふたりともいる?」


「ふつうに朝ごはん食べてるけど……おとーさん、おかーさーん!」


 出していた顔をリビングに引っ込めながら、両親を大きな声で呼ぶ妹。とりあえず靴を脱いでフローリングに立つと、何故か棒立ちしたままの鈴にも家に上がるように言った。


 おずおずと靴を脱いで家に上がった鈴は、キョロキョロと周囲を見回しながら俺の後ろをついてくる。別に珍しくもない普通の家なのだが、何をそんな視線をあっちこっちに向ける必要があるのだろうか。


 そのままリビングに入ると、ダイニングテーブルで朝食を食べている両親と妹がいた。俺の後ろに立っている鈴にようやく気づいたのか、美奈が不思議そうな表情で彼女を見ていた。


「おにい、その人誰? もしかして、昨日引っ越ししたばっかりなのにもう彼女を作ったの!?」


「そんな訳ないだろうに、この子は俺たちの従兄妹の鈴だよ」


 どうやらさっきは俺の後ろにいたから見えなかったようだが、従兄妹だと説明しても美奈は首を傾げていたが、何かを思いついたのか『あっ!』と声をあげた。


「おにいが夏休みにいなくなる原因の人だ!」


「鈴のせいみたいに言うなよ、俺が自分の意思で遊びに行ってたんだから」


「あの、ごめんなさい……」


「鈴も謝る必要ないぞ。それよりも父さん、母さん。鈴のことで話があるんだけど」


 騒がしい妹はとりえあず放置で、両親に今日の本題を告げた。しかし食事中だからそれが終わってから聞くと言われてしまい、仕方なくソファーに座って待つことになった。


 まぁ食事時に帰ってきたのはこっちが悪いし、仕方がないかとふかふかのソファーに体を沈める。鈴もそんな俺の様子を見て、隣にちょこんと腰を下ろした。っていうか鈴さんや、お互いの腕がくっつくぐらいに近いのだが。別に嫌じゃないのだが指摘すべきかどうか悩んでいると、今度は触れていた俺の腕に自分の腕を絡めてきた。


 引っ込み思案な鈴らしからぬ行動に驚きはしたが、おそらくうちの両親との話を前に緊張しているのだろう。それで安心できるなら腕を組むくらいいくらでもどうぞって感じだ。だけど柔らかさと鈴のぬくもりを感じて、顔が赤くなるのは俺だって男なんだから仕方がないだろう。


「ごめんね鈴ちゃん、待たせたね。前に会ったのは鈴ちゃんが小学校の頃だったから、もしかしたらおじさんのこと覚えてないかもしれないけど」


 親父の言葉に鈴は慌てたように、首をふるふると横に振った。俺たちの対面に両親が座ったのはわかる、そうやって面と向かって話すために今日はやってきたのだから。


「なんで美奈が当たり前みたいにそこに陣取っているんだ? 邪魔だから自分の部屋に行ってなさい」


「だってなんか大事な話っぽいのに、家族で私だけ仲間外れなんてつまんないじゃん」


 何故か誕生日席にドヤ顔で座っている妹を追い出そうとしたが、当の本人は意味がわからない言い訳を並べて移動する気はないらしい。


 引っ越し屋への連絡も考えるとあんまり時間に余裕もないしどうするかと考えていると、母がにっこりと笑いながら美奈に言った。


「美奈ちゃん。いてもいいけど話に口を挟んできたら、お小遣いがなくなるからね」


 母の言葉に妹はバッと両手で自分の口をふさいでコクコクと頷いた。こいつ中学生向けの安いメイク用品とか、ファストファッションの服とかでおしゃれするのが趣味だからな。


 そのための小遣いが無くなるのは妹にとっては死活問題なのだろう、ちょっとかわいそうな気はするが話の内容的に黙っててもらわないと困るから仕方がない。


「さて、奏汰。わざわざこんな朝からやってきて、何の用だ?」


「鈴を連れてきてるんだから、言わなくてもわかるだろ。高校進学を期にあの島の新1年生は島外に出るんだから、その場所がここで進学先が俺と同じ学校だっていうのは別に構わない。だけど、俺がひとりで暮らす部屋に住まわすのは違うだろ。何か間違いがあったらどうするんだよ」


 俺がちょっと怒りを滲ませながら言うと、父は苦笑を浮かべた。何がおかしいのか。何かがあってそれが露見した時に他人の噂や好奇の視線が両方に向けられたとしても、負うダメージは女子の方が大きいというのに。むしろ何もなくても一緒に住んでるというだけで、他人は無責任に色眼鏡で見てペラペラと噂を立てるのだ。俺はわざわざ鈴をそんな状況に置いて、いらない苦労をさせたくない。


「間違いを起こすつもりの人間は、わざわざそんなことは言わないだろう。父さんたちは奏汰の責任感や身内を思いやる心を信じている、だから鈴ちゃんをうちじゃなくてお前の部屋に住まわせることにしたんだよ」


「信じられてもなぁ……」


「鈴ちゃんの同意があればそういう関係になってもいいと、兄貴たちからも言われているんだ。むしろ奏汰が一緒なら安心だと言っていたぞ、お前信用されてるんだな」


「それは伯父さんのいつもの冗談だよ、毎年会うたびにそんな感じのことを言うんだよなあの人」


 漁師だからよく日に焼けて鍛えられた筋肉を持つおじさんに、背中をバンバン叩かれながら『鈴をよろしく頼む』『なんならこのまま連れて帰るか?』と冗談を言ってくるのだから言われた俺と鈴の気まずさと言ったらもうね。お互い顔を見合わせてぎこちなく笑うのが、冗談を言われた時のここ数年のルーティーンになっていた。


「……まぁいいか、そこはお前たちの間でなんとかする話だしな。そんな訳で、鈴ちゃんがこっちに来る条件がお前と一緒に暮らすっていうのもあってだな。現在の形におさまった訳だ」


「親父と伯父さんの間で色々条件があったっていうのは理解したけどさ、ここの方が何かあった時に鈴も安心できると思うんだよ」


「それは駄目だ。やっとお前を外に出せたというのに、俺が母さんとイチャイチャできなくなるだろうが」


 ハッキリと言う親父に、そこは頑なに譲らないんだなと思いながら俺はガックリと肩を落とした。


「そもそもお前、鈴ちゃんの意見もちゃんと聞いたのか? 鈴ちゃんが『奏汰とふたりきりで暮らすのは嫌だ』って言って、ここへの引っ越しを望んでいるのか?」


「そりゃあ、もちろん……」


 親父の問いにそこまで答えて、そう言えば鈴は一緒に住むことにそんなに拒否感を出してなかったな。むしろ俺となら構わないみたいなことも言ってたような気がする。それを思い出すと、鈴は最初から俺なら無体なことはしないと信頼してくれていたのだとわかる。


 従兄妹であり子供の頃から何度も夏休みを一緒に過ごした幼なじみにそんな風に思われているなんて、嬉しく思わないはずがない。


 俺はとなりの鈴に視線を向けると、鈴もこちらを見ていたようで弾かれたように顔を反対側に背けた。耳とうなじが赤くなっているので照れているのだと思うのだが、なんでそんな反応になるのかがよくわからない。


 そんな俺たちを両親は微笑ましそうに見ていて、結局無駄足になってしまったがうちの家族に改めて鈴が挨拶できたしその為に行ったということにしておこう。


 帰りに早めの昼食を食べて、家に帰ってしばらくすると引越し業者がやってきて荷運びと荷解きにてんやわんやになりながら夕方まで過ごした。鈴も人見知りを我慢しながらも、荷物の運び先を引越し業者さんに指示していた。


 荷物の量としては単身者の引っ越しパックに収まる量だったらしくそれほど多くはなかったが、それでもまだ荷解きが終わるまではもう数時間は掛かりそうだ。


「俺もうちょっとしたらバイトの時間なんだけど、鈴ひとりで大丈夫か? 無理そうならダイニングの壁際に段ボールを積んで、次の休日に片付けてもいいし」


「う、ううん、大丈夫。必要なものが入った段ボールはもう開けたし、残っているのは服とかばっかりだから」


 鈴の言葉にそれなら大丈夫かと思い、作業から離れてバイトへ行く準備をする。コンビニ店員なのだから、今の汗臭い状態でそのまま働くのはよくないだろう。着替えとタオルを用意して、サッと汗を流す。ドライヤーで髪を乾かして着替えた時点で、バイト開始まで30分と少し。


 さすがにバイト初日からギリギリに到着するのは、知り合いの店とはいえ印象が悪い。ボディバッグに財布とスマホを放り込んで、鈴にバイトに行くことを告げる。すると作業中にも関わらずわざわざ手を止めて、玄関先まで見送りに来てくれた。


「2日連続で申し訳ないけど、晩飯は何かコンビニで買ってくるよ。こういうのがいいって希望があれば、明日の朝飯も含めてメッセージを送っておいてくれ」


「う、うん、ありがとう……それじゃあ、いってらっしゃい」


「ああ、いってくるよ」


 見送ってくれる鈴に手を振って、俺は廊下からエレベーターに乗り込む。こうしてバイトに出かける時に、鈴に見送ってもらえるのもいいものだな。俺も鈴がどこかに出かける時はちゃんと見送るようにしよう。


 さっきよりもやる気が漲っているのに気付いた俺は、足取りも軽くバイト先になるコンビニへと歩き始めたのだった。

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