01――従兄妹がやってきた
引っ越したばかりの部屋を興味深そうに見ているのは、俺と同い年の従姉妹である
鈴の父親である伯父は、人口が150人ぐらいの小さな島で漁師をしながら生活をしている。のどかなところなのだが、田舎あるあるで島民の距離がものすごく近い。
家族構成から年収まで知れ渡ってるし家に鍵を掛けずに出かけるから、帰ってきたら家族じゃない近所の人がテレビ見てくつろいでるなんてことが普通にある。
そういう環境で育った鈴も小学校中学年ぐらいまでは普通の田舎の子だったのだが、ある日突然そういう田舎の距離のない近所付き合いが怖くなってしまって、島では変な子供だと遠巻きにされるようになってしまった。まぁ家の鍵すら掛けないのに自室に鍵を掛けるようになったら、田舎の人たちには非常識に感じられたのかもしれない。
学校には行くけどそれ以外は外に出ず自分の部屋に引きこもるようになった鈴を心配し、伯父さんと伯母さんはうちの両親に頼んで夏休みの間俺を島に遊びに来るように誘った。詳しい事情を聞いたのは中学に入ってからだったが、俺としても自然豊かな田舎に遊びに行けるのは楽しかったので毎年ウキウキと遊びに行っていた。
島の子供ってよく日焼けしていて健康的な子が多かったが、鈴は肌が白くて儚げな雰囲気が放っておけなくて、そういう彼女が可愛かったからというのも理由としてある。夏にしか会えない可愛い従兄妹、小学生なら余計に会いたいし一緒に遊びたいと思ってもおかしくはないだろう。
それがずっと続いていて、去年の中学3年生の夏休みも遊びに行った。ただ受験があったので2週間だけ、しかもその2週間も鈴と一緒にずっと受験勉強をしていた。お互いに苦手分野を教え合って、かなり身になったのを覚えている。ただ鈴が必死に勉強を頑張っているのを不思議に思って聞いてみたら、島には高校がないため島外に出ないといけないそうだ。
外の学校がどれくらいの学力なのかもわからないし、鈴が中学まで通っていたのは島に1校しかない学校で小学生も中学生も同じクラスで勉強する形式だから、自分の学力が島の外にいる同い年の子たちと比べると劣っているのではないかと心配していたのだ。
実際はそんなに心配することもなく基礎はしっかりとできていたから、俺が塾で教わった受験用の知識を教えて応用力を鍛えたりもした。それを一緒に喜んでから『お互いに受験頑張ろうな』と島を後にしたのだが、最近スマホのチャットアプリで『合格できた、ありがとう』と報告してくれたのが鈴と関わった最後のやり取りだ。
そんな鈴が何故ここで居心地悪そうに椅子に座って、ダイニングテーブルでカフェオレなど飲んでいるのか。俺には到底理解できない。もちろん、そのカフェオレは俺が用意したのだが。
両手でカップを包むように持って鈴がチビリチビリと飲む姿は小動物じみていて庇護欲をそそられるけど、俺はその感情を振り払って鈴の対面の椅子に腰を下ろした。
「改めて、去年の夏休み以来だから半年ぶりぐらいか」
「うん……は、半年間ずっと受験勉強してた」
「そう言えば島外の学校に行くって言ってたよな、無事受かったのか?」
俺が尋ねると鈴はちょっとだけ頬をぷくりと膨らませると、カップをそっとテーブルの上に置いた。そして静かに席を立つと、自分のキャリーケースを開けてなにやらガサゴソと中をあさり始める。さほど時間が経たず、鈴はブレザーのジャケットとスカートを両手にそれぞれ持って立ち上がった。自分の体に上下を当てて、視線をこちらに向ける。長い付き合いだからわかるが、多分『どう?』と聞いているのだろう。
「似合ってるけど、それって俺が進学する
東和に進学するって鈴に言ったっけ? 言った記憶はないんだが、もしかしたら勉強の合間にポロッと言ったのかもしれない。
「お、おじさんとおばさんから『どうせ島の外に出るなら、こっちにおいで』って誘ってもらったの」
なるほど、俺が出ていって実家の部屋が空いたもんな。妹もいるし、人間関係を拗らせがちな鈴のリハビリにはちょうどいいだろう。とそこまで考えて、ふと違和感を覚えた。本当なら母親とふたりだけで暮らしたいと願っているあの親父が、そのために俺に家事やらひとり暮らしスキルを覚えさせて家から追い出した親父が、姪とはいえ鈴を自分の家に住まわせるだろうか。
そう考えた途端、芋づる式にこれまでの疑問に答えが見つかったような気がした。ひとり暮らしには広すぎる2LDK、俺の部屋と同じ間取りのもうひとつの個室。正直邪魔だと思った4人用のダイニングテーブル、まるで誰かとの同居を想定しているみたいじゃないか?
いくらうちのちゃらんぽらんな親でも幼い頃から知っている従兄妹とはいえ、まさか高校生になる同い年の男女を同じ部屋に同居させたりしないだろう。そんな一縷の望みに賭けて、俺は鈴に尋ねた。
「それで……鈴はどこに住むんだ? 俺の実家か?」
誘導尋問と言うなかれ。まるで何事もないような顔をしているが、鈴は従姉妹とはいえ充分美少女といえる外見をしている。そんな彼女と同居なんて、せっかく自分の城を手に入れたのに気が休まらない日々を送ることになってしまう。それに、何か間違いがあってからでは遅いのだ。俺は断固、鈴の貞操を守るためにも心を鬼にしなければならない。
「おじさんたちはここに住んでいいって言ってくれてたんだけど……め、迷惑、かな?」
決して迷惑ではない。俺だって夏休みのたびに鈴の家に遊びに行って長期滞在していたのだから、長年世話になった分を俺が返す番だとも思う。しかし俺たちの意識はともかく、他の人が見たら俺たちは同い年の男女で同じ部屋に住むというのは色々と世間の目がつきまとってくるだろう。男である俺は変な噂を流されてもそれほどダメージはないが、鈴は女の子なので噂が流れた時のダメージは彼女の方が大きいと思われる。
別に男女で差別したい訳ではないが、世間の目ってまだまだそういう傾向が強いのをひしひしと感じる。未成年の男女の同居が問題だと思うなら、どちらも同じように嗜めればいいのにな。
とりあえず迷惑ではないということを強く言うと、鈴はホッとした表情を浮かべて安心したように微笑んだ。なんかそんな反応を見ていると、まるで俺と一緒に住めることが嬉しいのかと勘違いしてしまいそうだ。とにかく明日朝から実家に行って両親に話を聞こうと提案すると、鈴はこくりと頷いた。
うちの両親はいたずら好きというか適当なことをして他人を困らせることがたまにあるのだが、今日のこれはやり過ぎだ。俺だけならまだしも、鈴まで巻き込むのはちょっと良識を疑ってしまう。もし鈴が実家の部屋に住むのを親父が嫌がったとしてもこの部分を責めて、なんとか鈴の住む場所を確保しなくては。
「今日は移動が長くて疲れただろ、風呂沸かすから入ってゆっくり休んでくれ」
「……ありがとう、かなた」
俺の言葉に嬉しそうに笑う鈴と目を合わせて笑みを返す。その時、ふと疑問がよぎった。今日鈴はどこで寝るのだろうか、と。
おそらく両親が考えていたであろう俺の部屋の隣にある鈴の部屋は、残念ながら現時点ではからっぽで当然ながらベッドなど設置されていない。硬いフローリングに直で寝かす訳にはいかないし、仕方がないから俺の部屋のベッドを提供するしかないか。
そう算段を立てながら風呂を洗い、自動で浴槽に湯をはった。自宅のリモコンと同じメーカーのものだったので、使い方はすぐにわかった。鈴とお茶を飲みながら雑談していると、あっという間にリモコンから風呂が沸いた旨のメッセージが流れたので、鈴に入るように勧めた。風呂とトイレがセパレートされているタイプの部屋なので、風呂の前に脱衣所もしっかりとある。
でも荷物から着替えや下着を取り出すのに、俺がこの場にいたら鈴もやりにくいだろう。風呂から出て身支度が整ったら呼んでもらうようにお願いして、俺は自分の部屋に引っ込むことにした。床に寝るための毛布やクッションも用意しておきたいしな。
部屋の外から聞こえてくる衣擦れや物音を極力気にしないようにして、部屋の中にある鈴に見られたくないものを厳重に隠す作業に集中するのだった。
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