従兄妹と幼なじみと同棲と
武藤かんぬき
プロローグ
フローリングを雑巾がけして、『フーッ』と長いため息を吐いてから立ち上がる。
今日からここが、俺の家になるんだなと思うとなんだか感慨深い。3日後には高校の入学式があるので、ひとり暮らしに慣れるにはちょうどいいインターバルだろう。
何故高校入学と同時にひとり暮らしをするのかと言えば、小学校の頃から両親にずっと言われていたからだ。
うちの両親は今度高校生になる俺と中学2年生に進級する妹がいてもなお、ラブラブで仲がいい。できればふたりだけで暮らしたいが親としての義務として中学までは家で育ててやるし、家を出ても援助はしてやるからとっとと一人暮らししろと小学生の頃から言われていた。
ただ妹については女の子だし、ひとり暮らしさせるのは危険だから高校に入学したとしてもそのまま家に住まわせるらしい。だったらふたりきりになれないんだから俺も一緒に住んでもいいじゃんと思ったりもするのだが、男はとっとと親元を離れた方が色々経験できるとよくわからない理屈を並べていた。
とりあえずムカついたので、家賃と食費と学校で必要なお金は親に払ってもらえるように交渉した。ただ光熱費は俺がバイトで払わないといけないみたいで、さっそく近所のコンビニに応募して、放課後にバイトすることになった。
ただなぁ、ひとり暮らしするには広すぎるんだよなこの部屋。2LDKとか、絶対持て余すだろ。男のひとり暮らしなんだから、ワンルームで必要十分だと思うのだが。
もしかしたら妹が別荘扱いで隣の部屋を使うつもりなのかもなぁ、別にいいけど。住人が増えると汚れるスピードも上がるが、俺も妹も一通りの家事は仕込まれてるからな。人手が増えるなら大歓迎だ。ただ妹が俺の言うことを素直に聞くかどうかが問題なのだが。
そんなことを考えながら、自分の部屋に自宅から持ってきたいくつもの段ボールを運び込んだ。手早く開けて、クローゼットの中に設置した引き出し付きの衣装ケースにしまっていく。
制服などのハンガーに掛けるものはシワにならないように掛けると、あっという間にクローゼット内のスペースが埋まってしまう。あとは隙間にカバンとか安物のスティック掃除機とかで埋めて、パタンと扉を締めた。
続いて折りたたみベッドを置いて、テレビ台を組み立てる。テレビはまったく見ないがネット配信はよくながら見するので、台に載せるのはチューナーが付いていないPCモニターだ。
ゲーム機などを接続してちゃんと映るのかを確認して、モニターの前に勉強机代わりの木製テーブルを置いた。1日のほとんどこの部屋で過ごすんだろうから、できるだけ快適にしておきたい。
しかし両親から引っ越し祝いとしてもらった椅子4つ付きの食卓テーブルがあるのだが、これは自分たちもたまに遊びに来るという意思表示なのだろうか。まぁあって困るものでもなし、友達が泊まりに来たりするかもしれないからガランとしたリビングダイニングに設置しておく。流しやコンロも同じ空間内にあるから、リビングダイニングキッチンと呼ぶべきか。
朝から作業していると、あっという間に夕方だ。潰した段ボールをまとめて紐で括り、邪魔にならないところに置いておく。調理道具も揃っているし自炊してもいいんだけど、今日はもう疲れた。この春休みでお役御免にする予定の薄汚れたスニーカーを履いて、もうすぐ職場になるコンビニへと向かった。
自動ドアが開いて店内に入ると、来店を知らせるベルの音が鳴る。実はこの店は、俺の幼なじみのおじさんが経営しているコンビニなのだ。
「お、
カウンター内で何やらタブレットを操作していたおじさんが、軽い感じで声をかけてきた。しかしその見た目には疲労感が見て取れて、疲れているんだなとひと目でわかった。
「こんばんは、おじさん。今日は
「そうなんだよ、奏汰くんのバイト初日に一緒に入りたいからってシフトを調整したいって」
花音とは保育園からずっと同じクラスで過ごしてきた、腐れ縁の幼なじみでこのコンビニを経営する一家のひとり娘だ。家業の手伝いだから中学の頃からここで働いているので、俺からすれば同い年なのにバイトの大先輩にあたる。ただ俺もたまに手伝ったりしていたので、まったくの未経験者という訳ではないのだが。
このコンビニの近くには神社があって、大晦日の夜から正月の朝にかけて二年参りする人たちでめちゃくちゃ混む。商品の補充とか列整理とか休憩中のレジ要員とか、目の回る忙しさなんだよな。バイトさんも年末年始だから休み希望が多くて、法律には触れるんだろうけど内緒で手伝ってた。中1の頃は163センチしかなかった背も今では180センチあるから、今ならバレる心配はないだろう。
「そんなに心配しなくても、夕方の時間帯なら俺ひとりでも大丈夫だと思うんですけどね」
花音には頼りないと思われているのか、ここでバイトをすると決めた時から絶対に一緒にシフトに入るとずっと言われている。まぁこのコンビニの収入は花音の家の家計に直結するわけだから、客からクレームをもらったりレジの不足金とかを出されたら困るだろう。付き合いの長い幼なじみなんだから、もうちょっと信用してくれればいいのにとは思う。
「……いつもながら、花音も大変だなぁ」
苦笑しながら言った言葉に、おじさんは呆れたようにため息をついて小さく呟いた。何を言ったのかはよく聞こえなかったのだが、多分俺に同情してくれたのだろう。小さい頃から優しく接してくれるおじさんだ、これまでのお返しにバイトでの働きで支えていけたらいいなと思う。
少し世間話をしてからコンビニ弁当とお茶、明日の朝食用にパンを買ってコンビニを出た。昼間は暖かくなってきたけど、季節柄まだ夜は寒い。少し早足で新しい自分の部屋へ戻ると電子レンジに弁当を突っ込んで温め、手早く食事を済ませた。
お茶を飲んでしばらく休憩していると、ピンポーンと呼び鈴が鳴った。引っ越してきたばかりで訪ねてくる人なんて両親か妹か花音ぐらいなのだが、彼らなら呼び鈴なんて鳴らさずに部屋に入ってくるはずだ。出かける時は鍵を掛けるけど、在宅中なら俺ひとりしかいないし盗られるような価値のあるものもないから、鍵を掛けていなかった。それはドアノブを回せばわかるだろう。
「はい、今出ます」
一応ひと声掛けてから、玄関ドアを開けた。まず目に飛び込んできたのは、控えめに微笑んだ表情だった。知らない間柄ではない、でもこの少女は俺の知る限り今この場にいるはずがなかったから驚きで彼女を凝視してしまう。
「な、なんでここに?」
「お、おじさんとおばさんから、聞いてない?」
俺がぎこちない感じで尋ねると、彼女にもそれがうつったのか同じように聞き返してくる。いや、こいつは昔からこういう話し方だったな。
「親父たちから? いや、特に何も聞いてないけど」
「そ、そうなんだ……困ったね、どうしよう」
さっきまで浮かべていた微笑みはしょんぼりとした表情に変わり、何やら落ち込んでいる様子だ。とりあえずこのまま玄関で立ち話するのも気が引ける、相手は親戚だし同い年の女の子なのだから。
「寒いだろ? とりあえず、中へ入ってくれ」
「う、うん! じゃあ、お言葉にあまえて」
よいしょと背後からでっかいキャリーバックを引き寄せて持ち上げようとするのを止めて、先に部屋の中に入らせる。まるで海外旅行にでも行くような大きさのキャリーバックに、俺はイヤな予感をひしひしと覚えながら両手で持ち上げて中に入れた後でパタンとドアを閉めたのだった。
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