文例③『隣の地味系塩対応美少女が俺にだけ絡んでくる③』
何だかんだあったが俺はどうにか校門を出た。
最後に部活の勧誘に取り囲まれそうになったが、こういう時存在感がないのは助かる。一部新聞部やら文芸部やらが
俺は重い教材が入ったトートバッグを肩にかけ、駅へと歩いた。
二日前から伊織弓弦の一人暮らしは始まっている。母親は転勤となった再婚相手とともに長崎だ。
その転勤が決まった時、急遽俺の住居探しが始まった。運よく、学校の最寄り駅から二つ先の駅徒歩十分のところに四階建ての新築マンション(といっても道路に面した間口が狭い小さなものだったが)を見つけて入居した。部屋は賃貸で、このマンションの所有者には学生や単身者に貸しているひとが多いと聞いた。
何にせよ俺は悠々自適の独身生活を始めることとなった。通学には三十分もかからない。
食事が問題だが、落ち着くまではしばらく惣菜を買ったりして食いつなぐとしよう。
五時、持ち帰った教材に名前を書き終え、本棚に収納し終えた
西日が入る部屋は眩しい。夏はどうなるのかと弓弦は憂えた。
せめてご飯くらいは炊いて、おかずを買いに行くことにしよう。明日の朝飯もな。
「さて」と立ち上がった俺の耳にどこからか女の歌声が聞こえてきた。
「ん?」
弓弦は聞き耳をたてた。
幻聴なのか。
しかしそれはしっかりと俺の耳に届いていた。
若い女性の歌声。隣の住人が歌っているのだろうか。
良い声だった。
「これは確か……『オレンジ・チーク』」弓弦はつぶやいた。
それはオーディション番組でよく課題曲としてとりあげられるバラード。
校舎の屋上で夕陽を見る男女。うっとりと夕陽を見る彼女。そして夕陽に染まる彼女の頬を見つめる彼。君は夕陽を見ている。僕は君だけを見ている。そんな詞だった。
ここに越してきてまだ三日目だから隣の住人のことは知らない。単身者が多く、留守宅も多いから挨拶にも行っていない。
いくら防音性が低いとはいえ、これだけはっきりと聞こえてくるのだからたいしたものだ。
どんなひとが住んでいるのだろう。こういう歌が歌えるなんて素敵なひとなんだろうな。
そう思ったが、人見知りする弓弦が挨拶に行けるはずもなかった。
仕方がない。俺は買い物に出ることにした。
上着をひっかけ、窓の戸締り、電気の確認をし、マイバッグと財布を手にして、弓弦は玄関を出た。
いつの間にか歌声は消えていた。
扉を閉め、鍵をかけているうちに隣の部屋の扉が開いた。
視野の端に、出てくる人物が映る。
さすがに無視できない。挨拶くらいするか。俺は思った。
マンション四階の廊下で、弓弦とその人物は向き合った。
漆黒のロングヘアを下した彼女は紛れもなく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます