文例②『隣の地味系塩対応美少女が俺にだけ絡んでくる②』

 ありきたりで退屈な入学式は終わった。新入生はそれぞれの教室に移動することになる。

 伊織弓弦いおりゆづるもまた新入生の列に混じって一年E組の教室へとやって来た。このクラスは三十八名。うち男子生徒は十四名だった。

 元女子校だったこともあるが御堂藤みどうふじ学園は女子の比率が高い。クラスによる違いは多少あるものの男子生徒は全体の三割から四割といったところだ。そして教師は圧倒的に女性教師が多く、一年生八クラスのうち六クラスは女性教師が担任を務めていた。男性教師の担任はたった二人に過ぎない。そのうち一人が一年E組の担任だった。

「あ、あ、このクラスの担任、中峰藤郎なかみねふじおです」

 先生、マイクなんてないんだけど、と俺は思った。

「社会公民を教えています。部活では新聞部の顧問をつとめています。興味があったら新聞部部室まで来て下さい」

 しっかり部活の宣伝をするんだな。

 中峰は四十代に見えた。中肉中背。浅黒い顔、白い歯。どことなく母親の再婚相手を思い出させる。俺の苦手なタイプだった。

「席は後ろからあいうえお順に配置した。しばらくはこれで行こうと思う」中峰の口調がだんだんとくだけたものになっていく。声も大きいし、叱咤激励型の教師なのだと俺は思った。

 しかし、と伊織弓弦は教室内を見回した。

 何となく落ち着かないな。

 三十八名を六列に配置するから、二列だけ七名となる。うしろに二人だけあぶれた格好になるのだ。その二つの机は窓際とその隣に配置されていて、弓弦の机がその一つだった。

 伊織弓弦の机は最後尾、窓際から二列目にあった。右隣には机はない。がらんとした空間を感じる。そして左隣の窓際席にいたのが綾原伊織あやはらいおりだった。

 教室の最後尾に綾原伊織あやはらいおり伊織弓弦いおりゆづるの席が二つ取り残されたかのようにあったのだ。

 綾原伊織が席に着いたまま誰かに話しかけようと思ったら右隣の伊織弓弦か前の席の男子生徒しかいないかたちだ。

 何だか窮屈そうだな。かといって俺には彼女に話しかけるスキルはない。

 弓弦の顔に自嘲の笑みが浮かんだ。

「なんだ?」その時中峰の声が飛んできた。「特等席にご満悦か」

 弓弦が顔をあげた先に中峰のにこやかな顔があった。

「いえ……」口ごもって弓弦は下を向いた。

 やらかした……

 高校に入っても俺のキャラは変わらないのか。

 俺はため息をつきたかった。

 俺の耳に女子がクスクス笑う声が聞こえてくる。

 それは単なる弓弦の被害妄想のようなものだったのだが。

「さて」と中峰が教壇に戻った。「今日は各種委員だけでも決めようと思う」

 弓弦は下を向き続けた。役職につくのは苦手だ。

「誰か、学級委員に立候補する者はいないか? 男女一名ずつだ」

 ほとんど初顔合わせで互いを知らない中、ひとりの男子が手を挙げた。

「はい!」

 その声は静かな教室に響いた。

「俺、立候補します、学級委員に」

「いいぞ、まずはみんなに顔を覚えてもらうために自己紹介しなさい」

進藤英嗣しんどうえいじ、高校一年生になりました!」

 その元気な声に教室は湧いた。それまで静かだった教室に笑い声があふれた。

「いや、みんな高一になったわけだが」中峰が戸惑ったような笑みを浮かべている。

「俺、もとい、僕の目標はこのクラスを学年で一番のクラスにすることです。よろしくお願いします!」

 何ともお調子者で目立ちたがり屋だと俺は思った。顔はそこそこイケメンなのに。

「他に立候補者はいないか?」

 中峰の問いかけに応える者はいなかった。

 弓弦も含めて、このクラスの男子生徒はおとなしい生徒ばかりだった。進藤ひとりで十人分くらいの存在感があったのだ。

「男子学級委員は進藤で決まりだな。では女子……」

 二十四名いる女子から立候補者は出なかった。

 みな猫をかぶっていると俺は思った。

「それなら、このクラスで最も入試の成績が良かった蒲生がもうにやってもらうかな」

 中峰が教室の真ん中あたりにいた蒲生がもうに顔を向けた。

「は?」

 今、「は?」って言ったよな。意味わかんないって顔しているし、怖いんだけど。

「やってくれるな、蒲生、君が適任だと私は思うのだ」

「あ……、はい……」

 蒲生は不服を口に出せなかったらしく、学級委員を引き受けたものの、ぶつぶつ言っているように俺には見えた。

「よろしくな、蒲生さん」と言う進藤を蒲生は横目で睨んだ。

 その後各種委員が決まった。

 幸か不幸か、伊織弓弦は無職で切り抜けた。

 よっしゃあ、と俺は心の中でガッツポーズをした。

 ホームルームが終わり、下校して良いことになった。

 荷物をまとめて立ち上がる伊織弓弦。

「伊織」という声がかかった。

 伊織弓弦が顔を上げた先に蒲生がいた。

 蒲生が声をかけたのは弓弦の隣の席の綾原伊織だった。

 蒲生が弓弦の存在に気づいた。

「う、また、あんたか」蒲生はバツの悪そうな顔をした。「綾原さんに声をかけたのよ」

 勘違いするなよ、と蒲生が睨んでいる。

 やっぱり怖いな。

「一緒に帰ろ」と蒲生が綾原伊織に言う。

 この二人は仲が良いようだ。全くタイプは異なるが。

「が、も、う、さーん」テンションの高い進藤の声がした。

「何?」蒲生が振り返った。

「中峰ッちが呼んでるよ。学級委員に話があるんだって」

「はあ?」蒲生は目を吊り上げた。「なんで? 初日から?」

 蒲生が進藤を非難している。

 綾原さんは、ふたりにしとやかに会釈して、その場を立ち去った。

 うまい立ち回りだ。俺は綾原伊織の所作に感嘆した。

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