文例①について ―三人称小説+一人称内的独白

 一人称と三人称の混在小説として文例①『隣の地味系塩対応美少女が俺にだけ絡んでくる①』をあげた。


 違和感があるか検証していく前に――


 小説を読むとき、それが一人称小説か三人称小説かいちいち意識して読むことはないだろう。

 そういうのは無意識のうちに読み進むか、スルーすることになる。


 意識してしまうのは一人称と三人称が混在している場合だ。

 どうして違和感を覚えるのか。


 その前に、その小説が一人称小説か三人称小説かはどのようにして判断しているのだろうか。


 書き出しが「私は」か「彼は」の違いだろうか。それとも「私」と「彼」の比率の違いだろうか。


 たぶんそれは「語り手」が誰かによって判断しているはずだ。


 「無人称の語り手」(その劇に登場しない者)が語っているか、「私」(登場人物のひとり)が語っているかの違いだ。


 「無人称の語り手」が語っていれば三人称小説だ。その中に「私は」が出てきても、それが「内的独白」(心の声)であれば何の違和感もない。

 問題は「私」が読者に語っている文があることだ。そうなると「私」も語り手になってしまう。

 このように「語り手」が二人いると気持ち悪くなるのだ。


 そう、一人称と三人称の混在で感じる違和感の正体は「語り手」が二人になってしまうことだったのだ。


 これは論説文において、「です」「ます」調と「だ」「である」調が混じった文に違和感を覚えるのに似ている。丁寧な語り手と偉そうな語り手が交互に語っていては話に集中できない。説明者(語り手)はひとりであるべきなのだ。



 さて、今回のエピソードについて考えてみよう。


 主人公「伊織弓弦」が「俺」(一人称)になったり「伊織弓弦」(三人称)または「彼」(三人称)になったりして、その記述がほぼ交互に出て来る。


 三人称の記述があるのでこれは三人称小説だ。「俺」が「内的独白」なら全く問題ない。しかし「俺」が読者に向かって語っていると「語り手」が二人になってしまい、違和感を覚える。


 このエピソードでは、三人称の地の文と一人称の内的独白をほぼ交互に並べた。

 一応、改行によって区別はしている。

 三人称小説に一人称の内的独白をまぜたかたちだ。


 問題は最初の一行にある。


 冒頭部分の「俺の名は伊織弓弦……」に注目しよう。わざとこういう書き出しにした。この冒頭の一行がこのエピソードのキモだ。


 これは「語り」(読者に向かって語っている)なのか「内的独白」(心の声)なのか。


 「俺の名はルパン三世……」とか「俺の名前は〇〇……」(YouTubeによくあるやつ)で始まる語りは読者または視聴者に向かって語っている。

 だいたい、心の中で「俺の名は……」なんて思う人はいない。


 だからこれは「語り」に思える。そう思って読み始めると、一行目は一人称「俺」が語り手である。その後は無人称の語り手が三人称小説として語っていくことになり、「語り手」が二人いる違和感あるものになるのだ。


 しかし、これは「内的独白」(心の声)のつもりで書いた。わざと紛らわしい書き方をした。主人公は母親の再婚で名字が変わり「伊織弓弦」となったばかりで、名簿に自分の名前を探すときに自分の名が「伊織弓弦」と言い聞かせる必要があったのだ――という設定だ。(いや、おかしいだろ、というツッコミが聞こえてきそうだ)

 

 ということで、これは三人称小説で、冒頭の一行「俺は……」の部分は「語り」ではなく「内的独白」(心の声)だ。そう思って読めば違和感は最小限に抑えられたのではないか。


 次のエピソードから段階的にあからさまになるよう三人称小説と一人称小説とを混在させていく。

 「俺」もまた読者に対する「語り手」になっているものを書いていく。


 どうなるか見ていこう。


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