文例①『隣の地味系塩対応美少女が俺にだけ絡んでくる①』
俺の名は
体育館の入口に貼り出されたクラスごとの名簿に自分の名を見つけた伊織弓弦は、口元にシニカルな笑みを浮かべた。
何だかな。変な感じだ。慣れるには時間がかかるな。
母親が再婚して彼は
これが俺の名前だと毎日言い聞かせるしかない。
改めて名簿に印字された名前を見て伊織弓弦はうんうんと頷く。
それにしてもこの旧式の名簿張り出しは必要なのか。俺が一年E組だということは学園SNSですでに報告を受けている。さっさと一年E組の生徒が坐るべき椅子に腰かければ良い。
名簿の前に立ってスマホで写真を撮っている生徒は多かった。にっこりと笑う女子生徒とその母親らしき人物。中には生徒同士で写真を撮り合っている者もいた。
記念写真を撮るための名簿張り出しか。
保護者同伴は必須事項ではなかった。しかし概ね八割近い生徒は保護者とこの入学式に来ていた。
やはり俺も写真の一枚くらい撮っておくべきかな。
愛する息子に入学式参加を拒否された母親は、むくれた顔で写真くらい撮って送れと言った。彼はそれを思いだした。
仕方ないな。
彼は小さくため息をついて名簿をバックに自分の姿を撮ろうとスマホを構えた。
「伊織、撮ってあげるよ」
誰だ? 俺の名を呼んだのは。しかも女子。
まだ慣れない名字だが、自分が声をかけられたと彼は思った。
振り返った先にいたのは、一度見たら忘れられないような美少女だった。
伊織弓弦が通うことになった御堂藤学園は校則が厳しく、身なりにうるさかった。特に入学式などの公式行事は髪型まで指定されている。だからほとんどの女子生徒は額出しの三つ編みかシニヨンにしていて、顔の判別がつかないくらいだった。
にもかかわらず、その女子生徒は目立った。髪が少し茶色に見えるが、染めるのは禁止なのでそれは地毛なのだろう。ピンで留めて額を出している。やや吊り上がり気味の目は大きく、綺麗だ。
俺にこんな美人の知り合いはいないが。
たしかに、彼女の視線は彼に向けられてはいなかった。
彼女が声をかけた先にはもう一人女子生徒がいた。そちらは漆黒の髪で、日の光が当たっても明るく輝くことはなかった。切れ長の目はまぶしそうに茶髪の彼女を向いている。
地味だけど……この子も可愛いな。
不覚にも伊織弓弦は彼女にみとれた。
「何か……用ですか?」と彼に訊いたのは茶髪の美少女の方だった。
「伊織と呼ばれたもので」と彼は答えた。
茶髪の美少女は小さく「は?」と声にして眉をひそめた。
「俺、伊織って言うんだ」
名札見てくれよ。
「げ!」茶髪の美少女は目を見開いた。「あんた、伊織っていうの」
そう言うお前は誰だ。名札には「蒲生」と書いてあるが読めないな。
「ごめんなさい、あなたに声をかけたのではございませんのよ」蒲生はわざとらしく丁寧に答えた。「こちらの
どうも蒲生は悪役令嬢の気質があるようだ。
黒髪の美少女の胸には「綾原」という名札がついていた。
彼女の名が「伊織」というらしい。俺の名字が名前になっている。ややこしいやつがいたものだ。
「これから写真を撮りますの。少々お待ちになって。おほほほほ……」
だから悪役令嬢やらなくて良いって。
伊織弓弦は自分の写真を撮ることをあきらめ、体育館へと足を向けた。
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