第5話 盗賊との戦闘

 リーダーの男の号令で、岩穴の盗賊は一斉に動き出した。

 それに合わせて、アルデは手に持っていたガラス玉を投げる。ひとつはメルトに、もうひとつはシェディに。

「戦闘なら、人数が均等になるようにしてやろう。各個撃破とか狙われると面倒だからね」

 パチンとアルデが指を鳴らした瞬間、そのガラス玉が青色に輝いた。

 瞬くような光が収まると、その場からメルトとシェディの姿が消えていた。四人の盗賊と共に。

 

「なっ……!?」

「お前、何をした!!」

 残された弓使いの女と魔法使いの男がアルデに物凄い剣幕で怒鳴る。対するアルデは全く動じずにいつも通りの落ち着いた声色で返した。

「戦場を用意したのさ。このガラス玉は、指定した範囲内にいる相手を特殊な空間に送ることが出来てね」

 これも、魔道具である。このガラス玉により、アルデ、メルト、シェディ全員がそれぞれ盗賊を二人ずつ相手取るような形となるよう、アルデは対象を戦闘用の特殊空間に転移させたのだ。

「さ、それじゃあ戦おうか君たち」

 アルデはそう言って、笑みを浮かべながら杖を構えた。



 

「くそっ!」

「当たれ!!」

 放たれた矢と魔法を、アルデは魔法の雷で全て撃ち落とす。

 アルデが得意とするのは、光と雷の魔法による戦闘。師匠によって鍛えこまれた彼の魔法は、正確無比であり、そこらの弓使いや魔法使いの攻撃に合わせ、ピンポイントでそれを撃ち落すことなど造作もなかった。

「余裕ぶりやがって」

「ははっ! 実際、余裕だからね」

 簡単に攻撃を防いでみせるアルデに、女は舌打ちをする。


「おい、アレやるぞ!」

「……ああ」

 だが、負けじと二人も次の策を見せる。女が呼びかけると、魔法使いは小さく頷いて魔法を発動させた。

 突如、女の身体能力が跳ね上がり、一瞬で距離を詰めてアルデへ蹴りを放つ。

「あぶなっ」

 アルデはそれを杖で受け止め、後ずさりした。

 

「アタシらの力、見せてやるよ!」

 女は弓を構え、仲間の身体強化魔法で上がったその身体能力により高速移動を始めた。女は高速移動をしながら、弓矢でアルデを様々な角度から狙撃するつもりである。

 狙いをつけるのに相当な腕前を必要とするが、普段からこの連携を練習しているが故に、高速移動下でもそれなりに女の弓は高い命中率を誇る。女はアルデの周りを飛び回りながら、弓に矢を番えて狙いを定める。

 アルデは女の動きを目で追えていない様子だ。口元を緩め、勝利を確信し、彼女が矢を放とうとした。

 その瞬間のことである。

 アルデの全身から、全方位に雷が広がった。


「ぐああぁぁぁっ!!」

 女はそれをもろに受けて地面に片膝をつく。魔法使いの男も立ってはいるが、ダメージを受けたようで顔を顰めていた。

「狙い撃ちが面倒なら、全方位に撃てばいいだけさ」

 女は気付く。アルデは、高速移動する相手を目で追えなかったのではなく、最初から目で追う気が無かったのだ。

 放電してしまえばそれまでだ、と既に見切ったから、わざわざ丁寧に相手をしてやることもないと、相手を目で追わなかったのである。

 

「勝負あったね、それじゃあ拘束させてもらうよ」

 アルデは女に近づいていく。腰の布袋から、相手の筋力と魔力を抑制する手錠を取り出しながら。

 そんなアルデの背後から、魔法使いの男が魔法を放った。

「残念」

 だが読んでいたアルデは、それを魔法で男へ跳ね返した。おまけに、雷の属性の付与までして。

「ぐっ……!?」

 跳ね返ってきた魔法を受けた男は、痺れてその場に倒れ込む。

 そうして、アルデは一瞬で弓使いの女と魔法使いの男を戦闘不能にし、拘束したのであった。



 

 さて、では次はメルトへ注目しよう。

 メルトと二人の盗賊が飛ばされたのは、だだっ広い草原のような空間。そこにいるのは、メルトと二人の巨漢だ。一人はハンマーを持ち、もう一人は槍を持っている。かなり対格差のあるマッチアップであった。

「はあ〜、むさっくるしいですね。私みたいな可愛らしい女の子としては、出来ることならあなたたちなんて相手にしたくないんですけど……」

 そして、そんな男たちが相手であることに、メルトはうんざり、といった表情でため息をついていた。

 

「おいおい、そう言うなよ。俺たちと楽しく遊ぼうぜぇ?」

「ヒヒッ、いいなぁお前。そういう生意気な女を泣かせるのが、俺ぁ大好きなんだ。俺の長~い槍で貫いて泣かせてやるよ、ヒヒヒヒッ!」

「気持ち悪いですね、言い方も笑い方も!」

 言いながら、メルトはいきなり仕掛けてきた槍使いの男の攻撃を、飛び退いて躱す。

「ほう、なかなかいい身体能力だ」

 ハンマー男が、着地したばかりのメルトへ、巨大なハンマーを振り抜いた。

「お褒めにあずかりまして」

 だがメルトは振り抜かれたハンマーを、右足の裏で受け止めた。

 

「受け止めたァ!? おいおい、なんて力だよ……!」

 表情を驚愕の色に染める男を見て、メルトはニマ〜っと挑発的な笑みを浮かべた。

「へえ〜? ふうん? こんな可愛い女の子に攻撃を受け止められちゃうなんて、もしかしてその大きな身体はお飾りなんですか? 鍛えなおした方がいいですよ〜?」

 ニヤニヤと笑いながら、メルトは相手を煽る。

 その背後から、槍を持った男が近付いてきていた。

「おっと!」

「ヒヒヒッ、俺を忘れんなよ!」

 槍の一撃を、足でハンマーを強引に押し返してから、半身を捻って躱し、二、三歩下がって距離を取る。

「なるほど、二人いるとちょっと面倒ですね」

 メルトは、二人を視界に入れて言った。

「ですが」

 そして、彼女は両の腕を左右に広げた。

「バスターガントレット。――これで、さっさと倒してしまいましょう」

 そう言った彼女の表情は、やはり自信に満ち溢れていた。




「はっ!」

 場面は変わり、今度はシェディたちの様子。彼らは荒野のような空間に飛ばされた。

 そんな空間の中、岩穴の盗賊のリーダーは、両手の剣で息つく暇もない連撃を繰り出していた。

 さすがと言うべきか、その腕はなかなかのもので、シェディはその攻撃を躱すことは出来ているものの、偶に仲間の一人がナイフを投げてくるのも相まって、攻撃へ回れずにいた。

「はっ、あれだけ自信満々だったにしちゃあ、防戦一方だな!」

 リーダーの男の攻撃は、更に勢いを増していく。

「どうした、このままではやがて、お前は俺に切り刻まれることとなるぞ」

 剣での連撃の中、ふと男は蹴りを放つ。

 警戒していなかった蹴りでの攻撃に、一瞬反応が遅れ、シェディは回避ではなく防御を余儀なくされる。


「“ダブルインパクト”!」

 リーダーの男が叫ぶと、蹴りを受け止めたシェディの腕に衝撃が走った。

「うっ……!?」

 くぐもった声を上げ、シェディの身体は吹き飛ぶ。シェディは空中で姿勢を制御して綺麗に着地した。ダメージを受けた腕には、やや痺れるような感覚が残っている。

 すかさず、シェディへ追撃を加えようと、リーダーの男は勢いよく地面を蹴って距離を詰めた。

 二本の剣が、ギラギラと銀色の輝きを放ちながら、シェディの身体を切り裂こうと彼の身体に襲い掛かる。

 その時であった。

 

「――っ!?」

 突然、シェディの身体から黒い光が放たれた。

 リーダーの男は、突然放たれたその光から危険を感じ取り、剣を振る動作をやめ、飛び退いてシェディから離れた。

「ふ、ふはははっ……!」

 何が起こったのかとリーダーの男がシェディの様子を見ると、彼は懐から、黒く光る何かを取り出していた。


「はーっはっはっはっはっはっはっは!!!!」

 彼が取り出したのは黒い十字架。シェディはそれを手に、大いに笑っていた。

「我が貴様に切り刻まれる? 面白い事を言う! 我が全力を出していなかったことにも気付かずにな!!」

「なに……?」

「この十字架を見ろッ!!」

 シェディは黒い十字架を見せつけるようにすると、高らかに語った。

「この十字架こそ、我がリーダーの作りし魔道具、絶望の十字架! 我が身に封印されし魔王の力を解放する魔道具である!!」

 シェディの言葉に水を差すようで悪いが、彼の発言は大嘘である。

 確かにこれはアルデの作った魔道具ではあるが、その効果はシェディの内に封印された力を解放する魔道具などでは無い。というかそもそも、シェディの内に魔王の力など宿っていない。だがシェディは自信満々に言葉を続けた。

 

「貴様らに見せてやろう、我の本当の力をッ!」

「訳の分からないことを……!」

 言っていることは理解できないが、だがどうやらこの十字架を発動させるとシェディが優勢になることだけは事実のように思えた。盗賊のリーダーはその雰囲気を察知し、そうはさせるかとシェディに向かって走り出す。同時に、もう一人の男もシェディを攻撃するべくナイフを投げた。

 だが、もう遅い。十字架は彼の声と共にその能力を発揮した。

 

「聖魔変生!!」

 十字架から、黒と白の激しい光が放たれる。

 盗賊のリーダーの剣も、投げられたナイフも、シェディに届く事は無い。すべて、十字架の放つ光によって押し返された。

 やがて、光が収まると、その中心に白と黒のローブを着た、白と黒の髪を持つ青年が立っていた。

「ふはははははははっ!!」

 青年は高らかに笑う。その身から、強大な魔力を放ちながら。

「我こそはシェディ! 聖魔王シェディ=ライトである! さあ、我が力の前に絶望し、平伏するがいい!」

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