第3話 シェディ現る!
ある日、アルデがいつも通り店番をしていると、店の扉が開き、一人の男が入ってきた。
「いらっしゃ――」
「ふはははははははっ!!
店の入口で笑う、白いローブを着た銀髪碧眼の男。
大変だ、ハイテンションな不審者が現れた。
普通の人であればそう思うことだろう、だが、アルデはこの男を知っていた。
彼の名はシェディ=ライト。不審者ではなく、この店の従業員である。
アルデは苦笑いをしながら、シェディに声をかけた。
「ああ、シェディか、おかえり。旅行は楽しめたかい?」
「ふっ、おかげさまでな。これは土産だ」
シェディは、三匹の黒い蛇が絡んだ杖を象った置物をアルデに手渡した。
「あ、ありがとう……」
貰っても微妙に困るチョイスだと、内心で思いながら、アルデはそれを受け取った。
「あ、シェディくんおかえりなさい。うるっさいなと思ったらやっぱりあなたでしたか、相変わらずのテンションですね」
シェディの大声を聞いて、店の奥からメルトが顔を出した。
「ふ、メルトか、元気そうで何よりだ。お前にも土産をやろう」
「元気そうで何よりはこっちのセリフですけどね。あ、お土産ありがとうございます。なんだろうこれ」
メルトに手渡されたのは魔力を注ぐと怪しく赤色に光る、人間の頭蓋骨を模した置物だった。光るだけで他の機能は特にない。
「光る髑髏だ、いいだろう?」
「……相変わらずのセンスですね」
うーん、と微妙な顔のメルト。
「気に入ったらリーダーに首飾りにでも加工してもらって首から下げるがいい」
「しませんよ、どこの蛮族ですか」
「ふむ、まさに蛮族のごときお前には似合うと思ったのだが」
「私が、なんて……?」
メルトはノータイムで両腕にバスターガントレットを装着した。完全に殺る気である。
「じょ、冗談だ。だからその拳を下ろせ……。いやマジほんとすみませんっした、下ろしてください」
「……よろしい、じゃあさっきのは聞かなかったことにしてあげますね」
満足げに頷いて、メルトは振り上げた拳を下ろした。
「その行為がもう蛮族だと、僕は思うけどなァ」
「店長?」
メルトはにっこり笑顔を顔にはりつけ、再度拳を構えて振り返る。
「さーて、仕事仕事~」
アルデはいそいそと店の奥へと隠れるのであった。
ーーーーーーーーーー
「ふはははははははっ!! やはりお前は話が分かる男だ!!」
「だろ? お前が帰ってきてくれて嬉しいぜシェディ!」
シェディが旅行から帰ってきた翌日、早速その話を聞きつけたクラウスが店に現れた。クラウスとシェディはもうすっかり色々な所で話題となっている魔竜討伐隊の話で、大層盛り上がっていた。
カウンターに頬杖をつきながら、アルデはその姿を眺めている。その傍らで、メルトも「楽しそうですね~」と微笑んでいた。
シェディは子供の頃から冒険譚、英雄譚が好きで、物語に強い影響を受けて育った。
憧れ、夢想し、いつしか自分も英雄になりたいと思い続け、彼はその結果、現在十九歳にして、自身を聖魔王と自称するテンションのおかしい青年となっている。勿論、今も英雄譚好きはそのままだ。
だからこそ、彼は魔竜討伐隊の話を好んでいた。英雄譚として語られるようなことが、現在進行形で起きている。英雄と同じ時代を生きることが出来ると、彼は討伐隊の近況を聞く度、心を躍らせていた。
「旅先で魔竜討伐の報せを聞いた時は驚いたものだ。だが同時に高揚もした。ユスティア、彼女こそ『勇者』に相応しい!」
「『光の勇者』ユスティア、か。まさか生きているうちに、勇者の称号を持つ人間が現れるとはなあ」
武勇を見せ、輝かしい活躍をし、その時代を象徴する英雄として語られる存在に贈られる称号、『勇者』。
そんな『勇者』の称号が、自分たちが生きている時代に、自分たちと同じ国の人間へ与えられたことに、二人はかなり興奮していた。
「ああ、そして一目でいいから、この目でその姿を見てみたいものだ」
「なら、近いうちにチャンスがやってくるぜ。実は今から二週間後、王都で勇者の凱旋があるって話だ」
「ほう! それはいい事を聞いた! 是非行きたいものだ。が、旅行に行ってきたばかりでまた休みを貰うというのもリーダーに申し訳ないな」
「いやいや、一生に一度見られる機会があるか分からない勇者の凱旋だぜ? むしろ折角なら全員でいこうぜ、な! アルデ!」
クラウスはそう言って、アルデの方へ顔を向けた。
「えっ? ああ、うーん……」
アルデは一瞬考えてから、
「そうだね、そんな一大イベントがあるならさすがに僕も気になるし、その日周辺は店を数日休みにして皆で王都に行こうか」
と言った。
「お、良いですね。丁度私も王都に行きたいなと思っていたところなんですよ」
「ああ、そういえばメルトは恋人が今王都で仕事をしているんだったね」
「はい、そうなんです!」
メルトが笑顔で言った。
「最近会えてなかったんですよね~」
「なら事前に手紙でも送っておくといい、想い人と会う機会は大切にするべきだ」
「そうします。ふっふっふ~、楽しみですね~」
彼女の顔は、恋する乙女と言うべきだろうか、いつもより張り切っているように見えた。
「てことは、ユスティアの凱旋には全員行くんだな。俺も当然、その日は王都にいる予定だから、一緒に勇者の凱旋を見るとしようぜ!」
「ああ、そうだな。その時が来るのを楽しみに待っているとしよう。ふふ、ふははっ、ふはははははははははははっ!」
シェディは片手で前髪をかき上げながら、大きな声で笑った。
「元気だなぁ……。今のやり取りにそんなに高笑いする要素あったかな?」
「あれはもうああいう人なんですよ。彼、学園の頃からそうだったじゃないですか」
「そうなんだけどさ……あのテンションで疲れないのかな……」
「どうします? 一人しかいないとき凄いローテンションで、『あー、マジ疲れたわ』とか言ってたら」
「それはそれで面白いね、旅行中とか実はずっとそんなテンションだったりして」
シェディとクラウスが話す中、アルデとメルトの二人は好き勝手に妄想して、こちらはこちらで盛り上がった。
と、そんなくだらない会話をしている間に、気が付けばシェディとクラウスの話す話題は、ユスティアから別のものに切り替わっていた。
「そういやシェディ、岩穴の盗賊の話は聞いたことあるか?」
「ん? ああ、聞いたことはある。なんでも、岩穴を住処にして盗賊行為を繰り返している盗賊団だという話だが」
「そうそう、そいつらで合ってるぜ。――実はな、その岩穴の盗賊が最近この辺に棲みついてるって話があるんだよ。それで、怖がってこのメラの街から出られねえって奴が一定数いてな」
「それは初耳だな。ふむ、なるほど、人々を困らせる盗賊団。ふっ、なんとも潰し甲斐がありそうじゃないか!」
バサッと、シェディはわざとらしく白いローブを翻して、かっこつけながら言った。
「そう言ってくれると思ったぜシェディ!」
「……ねえ、なんか妙なこと言ってない? 盗賊団潰すとかなんとか言っているように聞こえるんだけど」
「厄介ごとの匂いがしてきましたね」
アルデとメルトは二人の会話を眺めながら、嫌な予感がするとこぼした。
「おーい、もしかしてクラウス、今日店に来た目的って、実はそっちがメインだったりする?」
「お、バレたか。ってことで今日は、俺からなんでも屋としてのお前らに依頼があるんだ。今世間を騒がせているあの岩穴の盗賊を、捕まえてくれないか?」
どうやらクラウスが店に来た真の目的は、盗賊退治の依頼をする為だったらしい。盗賊退治の仕事とは、また面倒なものを持ってきたものだと、アルデは思った。
「任せろ! この我が、岩穴の盗賊程度、完膚なきまでに叩き潰してくれよう!」
アルデが返事をするよりも先に、シェディがそんなことを言い出し、意気揚々と彼は店の扉に手をかけて外に出ようとした。
「おいおいおい待て待て待て待て!」
いざ出発と意気込むシェディを、アルデがローブを引っ張って引き留める。
「む、止めてくれるなリーダー」
「いや止めるでしょ。まだ僕が依頼を受けるって言ってないし!」
アルデの言葉に、シェディは何をおかしなことを、とでも言いたげな怪訝な表情をした。
「リーダーならば引き受けるだろう?」
「いや、まあ、受けるけどさ、受けるにしても情報集めとか、そういった事前準備をしたいし、勝手に動かないでくれるかな!」
「ふはははははっ! 善は急げという奴だぞリーダー! 盗賊如き、我らであれば準備などいらないだろうよ! はははっ、はーっははははははははははははっ!!」
「あー、シェディくん行っちゃった……」
シェディは、アルデの引き留めも空しく、高笑いしながら店の扉を開いて外に出て行ってしまった。
「やる気があるな、さすがシェディだぜ。じゃ、依頼を達成したら教えてくれ。報酬はちゃんと払うからな」
そう言いながら、クラウスも笑って店を後にした。
「どいつもこいつも……」
勝手に出て行ってしまったシェディに、アルデは頭を痛める。その肩にポン、と手を置いて、メルトは首を横に振った。
「店長、もう諦めましょう。ああなったシェディくんはどうしようもありません」
「はあ、そうだね……。仕方がない、いきなりになってしまったけど、シェディを一人で盗賊退治に向かわせるわけにもいかないし、着いていくしかないね」
「ですね、ではシェディくんを追いかけましょう。うわ、まだ笑ってるあの人」
アルデとメルトは、そう言って店を出て戸締りをしてから。高笑いしながら歩いて、いやに注目を集めているシェディを追いかけるのであった。
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