第2話 なんでも屋スターズ
「驚いた、てっきりもう少しかかるものだと思っていたけど」
魔竜討伐の報せに、アルデは目を丸くしていた。
魔竜は、エルノワール王国を含めた周辺の国で大きな問題となっていた怪物である。
棲みついたところを、自らの魔力で魔竜域と呼ばれる危険な魔物ばかりの大地に作り替えてしまう、とてつもない力を秘めた竜。
生息域として選んだ場所の生態系を変えてしまうその力を危険視され、二年前に、各国からこの魔竜に対抗し得る力を持つ人間が集められ、魔竜を討つための部隊が結成された。
それこそが魔竜討伐隊。そして、その活動の中で頭角を現し、一躍有名となったのが、ユスティアというエルノワール王国出身の女性であった。
「なんでも、ユスティアが大活躍したらしいぜ」
「へえ、そいつはシェディもさぞテンションが上がっていることだろうね」
「だから語り合いたかったんだがなぁ」
ひどく残念そうな表情で、クラウスは言った。
「なるほどね、シェディが旅行中のおかげで、うるさくならずに済んだって訳だ。助かるよ、今日は比較的穏やかに過ごしたかったからね」
「おい、俺らがうるさいみたいな言い方するなよ」
「いやいや、そう言ってるんだよ。事実、君とシェディが集まった時はかなりうるさいんだから。君もそう思うだろうメルト?」
「……まあ、正直」
メルトは苦笑しながら頷いた。
「そ、そうだったのか……」
クラウスは(個人的に)衝撃の事実を知って、肩を落とすのだった。
その後もクラウスと談笑を続け、三十分ほどが経過した頃の事。店の扉が開いて、店内に来客を告げる鈴の音が鳴り響いた。
店の入り口を見ると、店内に一人の女性が入ってきたのが確認できる。
「ああ、いらっしゃいませ。色々あるから見てってくださいな」
アルデが言うが、女性は魔道具の置いてある棚を見ず、すたすたちカウンターへ一直線に歩いてきた。
そして、女性はアルデの目を見て口を開く。
「あの、依頼をしたいんですけど……
「ああ、
アルデは人当たりのいい笑顔で、女性をカウンターの奥へと通した。
これこそ、この魔道具店が、他の店と特異である点だ。
魔道具店スターズは、ただ質の良い店主特製の魔道具を売っているだけの店ではない。犯罪行為でなければ、お客様の悩みをなんでも解決する、なんでも屋でもあるのである。
「お茶です。よろしければお飲みください」
「あ、ありがとうございます」
魔道具店スターズの奥にある応接室、そこに通された女性はメルトからもらったお茶に口をつけて、ほうっと息を吐く。クラウスは仕事の邪魔をしては悪いからと帰っていったので、この場にいるのはアルデとメルト、そしてこの女性の三人である。
「それで、依頼というのは?」
魔道具店の店長としてではなく、何でも屋のリーダーとして、アルデは女性に問う。
「単刀直入に言いますと、オークを討伐してほしいんです。この先の平原にオークの集団が住み着いてしまって……」
報酬はこのくらいで、と女性が腰の袋を取って中身を見せた。中には貨幣が入っており、その額は依頼の危険度に対し十分なものであった。
オーク退治ならばさほど難しい依頼でもない、アルデが依頼を引き受けようとしたその時である。
「オーク! それは見過ごせませんね!」
メルトが突然大きな声を上げた。
危険度が高いのもそうだが、オークは人間の女を襲い、慰みものにすることがある。メルトはそうした理由から、オークの事を嫌っていた。
「店長! この依頼受けましょう! 私がオーク共をボッコボコにしたりますよ!」
「ず、随分とやる気だね……」
余りの気迫に、アデルは少し引いた。だが元々依頼自体は引き受けるつもりだったのだし、従業員のやる気があるのはいい事だと考え、彼はすぐさま笑顔に切り替えて依頼人の女性に語りかけた。
「ま、まあ、報酬も適正額だし、うちの従業員も随分と張り切っているし、その依頼、引き受けましょう」
「ありがとうございます、助かります!」
女性は、嬉しそうな表情で礼を言った。
「さっすが店長、話が分かりますね! ふふん、おまかせください! あんな奴ら、呪いでタマを内部から爆発させてやりますよォ……へっへっへっへ……」
「いや君、そういう類いの魔法使えないでしょ」
やる気に満ち溢れたメルトはただ、呆れ顔のアルデをよそに、目をギラギラと輝かせながら笑っていた。
「うわほんとだ、居ますね〜。えーっと、いちにいさんよん……」
早速オークが居るという平原に来た二人。遠くに見えるオークを、メルトは指をさしながら数える。
その数なんと十体。一人あたり五体倒す計算となる。
「まあこのくらいなら問題ないですかね。よしっ、さっさと片付けましょう店長!」
「ああ」
アルデは腰のホルダーから宝石のついた杖を引き抜き、メルトは両腕を勢いよく左右に広げる。
メルトの両腕につけた腕輪がきらりと光ると、次の瞬間彼女の腕に、手の甲の部分に魔法陣が描かれた、黒い籠手が着けられていた。
この籠手の名は、魔装バスターガントレット。アルデがメルト用に作った魔道具である。
「いっくぞ~!」
ガキン、と両の拳を合わせ、メルトは意気揚々とオークの集団へと走り出した。
オークがもはや目と鼻の先にいる位置となっても、彼女は止まらない。そのまま接近戦を仕掛けるつもりだ。
自身の倍ほどもある体格の相手に自ら突っ込んでいくなど、自殺行為に見える行動だが、彼女にとってそれは自殺行為ではない。
メルトは、自分から最も近いオークに向かって跳躍。 そして拳を力強く握り込み、オークの顔面に思い切り叩き込んだ。
「こーんにっちはーーっ!」
衝撃と共に、オークの顔面がひしゃげる。
綺麗に着地したメルトは、オークの集団を前にファイティングポーズをとった。
その右腕のガントレットは、殴り飛ばしたオークの血で濡れていた。
突然現れた人間の姿に、オークの集団は戸惑った。
無理もない。突然仲間が吹き飛んだと思えば、そこに現れたのは人間の女だったのだ。
脅威と見るか、のこのこと現れたご馳走と見るか、オークには一瞬、判断できなかった。
少し考えた後、オークたちは「脅威だが、無力化してしまえばご馳走でもある」と判断し、手に持った棍棒を構えた。
隙を突かれ、一体は殺された。しかし一対九ならば負けるはずはないと、高を括ったのだ。
いい度胸ですね、とメルトが不敵に笑う。
オークは初撃で気付くべきであった。眼前にいるその女が、嵐の如き暴力の化身であることに。
そして、その彼女の後ろから、もう一人の影も迫ってきていた。
「やあ、僕もいるよ」
メルトに追いついたアルデが杖を構えて跳びあがり、魔法を発動した。
「“サンダースネーク”」
杖から一匹の雷でできた蛇が現れ、オークに襲い掛かった。雷の蛇は一体のオークを締め上げ、その身体を痺れさせ、まとわりつくことで感電死させた。
その光景を見て、残ったオークたちは自らが判断を誤ったことを察した。だが、既に二人を前にしたオークには、もう死以外の道は残されていなかった。
オークは散り散りになって、その場から逃げ出した。アルデとメルトは、それを逃がさないように動く。
「“ライトニングアロー”」
アルデが杖を左手で前方に構え、右手で弓を引くような動作をすると、雷の矢がオークへ向かって一直線に飛んでいった。矢は逃げるオークの背を撃ち抜き、内側からその身を焼こ焦がし、その命を奪った。淡々と、アルデは向きを変えて雷の矢を射って、オークを次々と撃ち抜いていった。
片やメルトは自身に身体強化をかけ、逃げるオークに追いつくと同時に殴り殺す。ぐしゃりと、潰されたトマトのように、赤が迸った。
アルデが四度狙いを定め、矢を射る間に、メルトも四体のオークを殴り殺し、丁度、ひとり五体ずつオークを倒し、二人はオークを殲滅した。
「討伐! さあ、さっさと帰りましょうか店長」
「ああ」
そう言って、二人は何か売れそうな素材を回収し、その場から撤収する。
店へと戻り、討伐完了の報告をすると、女性はペコペコと頭を下げて感謝し、依頼料を払ってくれた。
魔道具店で店番をし、依頼が舞い込んで来れば、それを引き受け解決する。これが、魔道具店兼なんでも屋、スターズの日常である。
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