握り手

 俺は今かなりピンチに陥っていた。なぜかといえば、夢のせいで変な時間に起き、出社する時間ギリギリまで怪異について調べていたせいで、目が疲れているしかなり眠い。どうにか出勤の準備を終え駅まで来たのだが、これまでにないほどすごい眠気に襲われている。あくびを堪えながら電車を待っていると視界の端にあのお婆さんが見えた気がした。慌ててそちらを見たがお婆さんはそこにはおらず、女子高生と目があってしまった。気まずくなってすぐに目をそらした。そのおかげかついさっきよりも眠気がマシになった気がした。

 やっと電車が来たので乗る。空いている席がないかと車内を見回してみたが、残念ながら空いているところはなかった。しょうがないので吊り革を掴むことにする。普段なら数駅で降りるので電車の入口のところに立って居るのだが、今の状態で寄りかかれるところに居たら立ったまま寝てしまう気がしたのでやめておいた。扉が閉まり電車が発進する。吊り革を掴むとその手を握られた。慌てて振り払うと電車が動き出したのでふらついてしまった。誰かに見られていたかと思い恥ずかしくなった。自分の手に何が起きたのかと思い吊り革を見てみるもおかしな点はなくただの吊り革である。同じところを掴むのは怖かったので少しズレたところにある吊り革を掴んでみた。すると、また握り返される。今度は振り払わず見てみると吊り革が人の手の形になっていた。驚きに声を上げそうになったが、電車の中であったので頑張って堪えた。また別の吊り革のところに移ろうかと考えたが、他の乗客から変な人だと思われるのも嫌だったのでしょうがなくそのまま数駅耐えることにした。握り返してくる手は冷たかった。その手に握られたまま電車に乗っていると、この手が握ってくれているからあまり力を入れなくてもよくて楽だなと感じ始めていた。

 そうしてしばらく電車に揺られていると降りる駅に着いた。まだ手に握られているので振り払った。はじめに振り払ったときよりも若干振り払いづらかったと感じた。

 駅から出て会社に向かって歩いていると、後ろから

「そこの君」

と声をかけられた。後ろを振り向いてみる。見るとそこにはぱっと見40代後半くらいの着物を着た男性が立っていた。少し距離が遠かったのと自分以外に振り返っている人が居たので勘違いかなと思い歩きだそうとすると

「待ちたまえ」

と再び声をかけられる。タイミング的に自分だと思ったので振り返る男性が歩いてくる。

「何かありましたか?」

と聞いてみると

「一体君は何をしたんだ」

と意味のわからないことを聞いてきた。よくわからないので

「なんのことですか?」

と聞いてみるも自覚がないのかと言われた。そして、

「私と一緒に来なさい」

と言われた。意味がわからない。怪異ではない。普通に危ない人だ。どうにか逃げないとと思い

「会社に行くので失礼します」

と言うと

「自分の命より仕事のほうが大事なのか」

と少し怒った感じで言われた。そう言われると悩むのだが

「今日は大事な会議があるので仕事のほうが大事です」

と言ってみた。そうかと若干引き気味に言われ

「なら、怪異に襲われたらそこに書いてある電話番号に連絡をしてくれ」

と言い、名刺を渡された。とりあえず、受け取った。俺が受け取ると

「くれぐれも気をつけるんだぞ」

と言ったあと歩いて行ってしまった。何だったんだろう。眠気は取れたがなんだか疲れた。ひとまず、受け取った名刺を胸ポケットに入れ会社に向かった。会社に行くと仕事がかなり忙しかったのでこのことをすっかり忘れていた。

 昼休憩時久しぶりに康介と一緒に昼を食べに外に出ていた。食事をしながら最近怪異に襲われていないかと聞かれたのですごくタイミングがいいなと思い、今日あったことを軽く話す。そして、朝の男性のことを思い出し胸ポケットから名刺を取り出して見てみる。名前を見てもしやと思い康介に聞いてみる。

「お前のお父さんって陣って名前だったりする?」

「そうだけど、急にどうした?」

と聞いてきたので、名刺を見せた。すると

「えっ! なんで!」

とすごく驚いている。そして

「まじか、迷惑かけてごめん」

と謝ってきたので

「お前のせいじゃないよ」

と笑ってそう返すと

「今日俺の実家に来てくれるか?」

と聞かれたので

「康介のご両親に迷惑じゃなければ大丈夫だよ」

と返すとありがとうと言われた。その後、会社に戻る途中詫びとしてコーヒーを奢ってくれた。

 会社に戻り康介と別れたあとドアノブに手をかけたところでまた握られた。見てみると電車の時と同じ手だった。冷たいしめんどくさいなと思いながらも、もし握り返してみたらどうなるのかなと思い握り返してみることにした。よく考えてみればかなり危ないことなのだが、その時の俺は好奇心に支配されていた。握り返してみると、握られた感覚がなくなり手元を見てみるとドアノブに戻っていた。

 仕事が終わったので会社近くのファミレスで待っている康介のもとに急いだ。ほんとならコンビニで待っていてもらおうと思っていたのだが急な仕事を振られ残業になったのでファミレスで待っていてもらった。

「待たせてごめん」 

というと大丈夫だよと笑って言って

「とりあえず夕飯食おうぜ」

ということになり2人で食事をした。ファミレスで友達と夕飯を食べるのは大学生ぶりだったので懐かしいなと思った。

 食事も終わり、早速康介の実家に向かう。康介は実家は会社から近いのだが社会勉強も兼ねて今一人暮らしをしているのである。康介の実家に着きお邪魔すると優しそうな女性がいらっしゃいと出迎えてくれる。リビングに案内されると今朝見た男性が新聞を読んでいた。

「ただいま」 

と康介が父親に声をかけると

「おかえり」

と新聞を見ながら返す。

「お邪魔します」

と俺が声をかけると新聞から目をあげ俺を見たあと

「朝ぶりだね」

とニコリと笑い、ゆっくりしてくれと言われた。事情を説明するからと俺の部屋に行っててくれと言われ康介の部屋で待っていた。

 しばらくスマホでゲームなどをして時間を潰していると、康介とお父さんが一緒に部屋に来た。なんでも少し話がしたいとのことだったので話をすることになった。

「名刺を見てわかっているとも思うが、私は鈎陣だ。今朝はすまなかったね」

と謝られたので、大丈夫ですと答える。すると、

「君は怪異に襲われているね?」

と聞かれたので

「そうですね。わかるんですか?」

とこちらからも質問してみると

「私は少し特殊でね。怪異に憑れている人はわかるんだよ」

と言って苦笑いを浮かべた。そして、

「私なら協力できるとおもうから何かあったら相談してくれ」

と言い、陣さんは右手を差し出してきた。握手を求められているのだろう。

「ありがとうございます」

そう言い俺も右手を出し握手をした。

 このとき俺は怪異とは違い、人の手はやっぱり温かいなと感じた。


怪異レポート

握り手:元は電車の吊り革のみだったが今は人の掴むところ全てに現れる怪異。対象の人が掴むと握り返してくる。握り返されてびっくりするだけなので危険度は1(場所によってはすごく迷惑だが)。対処法は握り返してあげるか満足するまで握らせてあげること。振りほどくと次第に握ってくる力が強くなるので注意。

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