反転四章 懺悔・頼光
高峰には、本当にたくさんすまないことをしたと思っている。
いじめっ子へのやり返しで、相手に一生を通じて残る怪我を負わせたこと。
自分の好き勝手行動したこと。
螢さんを、帰らぬ人にしてしまったこと。
こんなことをしていて、どうして君は、別れ際にあんな顔をしたんだ?
僕を懐かしむような。あれじゃあまるで僕のことが大切だった人みたいじゃないか。
君は僕のことを絶対に酷く恨んでいるはずなんだ。
それに、絶対に僕に体を取られちゃいけない。そう思っていたんだろう?
それなのに、やっと僕と離れ離れになってもう合わなくていいのに、
どうして君は、そんなに哀しい顔をするんだい?
「どうした、お主暗い顔をしておるぞ。やはり、あやつと同じが良かったか?」
獄卒が、少しつまらなさそうな声で聞いてきた。
「いえ、全く。別れ際の彼の顔が少し頭に残りまして」
「そうか。あまり深く考えるでない。お前は某の愛玩に自らなったのだろう?なら、某に尽くすのが道理じゃとはおもわんか」
「はい、申し訳ありません獄卒様。しかし、愛玩という言い方は少し惨憺たるものではありませんか。私もまだ生き物としての意識があります。ものと生物を一様に扱われては、他の獄卒様からも良いようには見られないでしょう」
獄卒は少し顔をしかめてから言った。
「では、なんと呼べばよいのじゃ。もうお主の好きなようにしてくれて構わん」
「そうであれば、私は、あなたの『秘書』としていただけたら幸いです」
「ふっ、秘書か。初めて聞く言葉じゃが、響きは悪くない。愛玩と違い高潔さがある。よし、秘書でいいじゃろう」
「あろがとうございます」
僕は獄卒に深々と一例をして、獄卒のもとをあとにしようとした。
「そういえば、お主ももう鬼の仲間なのじゃ、他の鬼との交流も欠かさぬようにすることじゃ」
そう言われた僕の頭には黒く鋭い角が二本生えている。
「御意」
顔を見せないようにゆっくりと獄卒の部屋から出ると、あのときの鬼がいた。
「久しぶりだな。あの獄卒様に提案ができる鬼など早々いないものだ。全く根性のあるやつだ。いや、命知らずと言ったほうが良いか」
「そうかもな。獄卒様は他の獄卒様よりも少しお若いし、間違った言葉の使い方などをして恥をかかぬように私が気をつけねばなりません」
「獄卒様の側付き人も大変なものだな」
鬼はふっと笑って、
「おい、今日の仕事はもう終わりだろう。そろそろ飯でも食いに行かないか?」
「ああ、そうしよう」
灼熱の阿鼻地獄を特別なもんを使って抜け、明るい星空の広がる黄泉の国に帰ってきた。
「ふぅ、こっちは涼しくていいな」
「でも、時間の流れが違うから、向こうでどれだけ働いてもこっちの時間じゃ数時間しか経っていないんだぞ。全く酷いもんだよな。おう、そうだそうだ、この仮面つけとかないとな」
鬼と一緒に、僕はは真っ黒の般若の面を被り、鬼と一緒に歩きだした。
この仮面は鬼の巨大で醜い体を人間のようにしてくれるすぐれものだ。でも、僕は角だけしか隠すところがないので、ほとんど変わらないが。
一般の死人が見たら驚くだろうと言って大昔に誰かが作ったと獄卒が言っていたが、悠久の時を生きている彼女が大昔と言うとは一体どれほどなのか全く見当もつかない。
しばらく鬼と歩いていると、うどん屋があったので、そこで飯を食べることにした。
ここでは、朝も昼も夜もないので、いつも飯屋は繁盛している。
「お邪魔します」
鬼がそう言って入ったあとに続いて僕も店の中に入っていった。楽しそうな声に満ちていた店内に鬼が入ってきたことで店内は一気に静まり返った。軽蔑の目や、畏怖の目が痛いほど向けられていた。
席についてあたりをぐるりと見渡すと、
僕の顎をいつのときか蹴り上げてくれた大八州希栄がいた。
「すまない、今日はあいつと食べてきてもいいか」
と言って鬼の隣を離れ、彼の隣の席に座った。
「ここ、良いか?」
「ああ」
しばらくの沈黙が流れたあと、僕はとりあえず、きつねうどんというものを頼んだ。
「あんたもなにか頼んだらどうだ」
「僕はもう頼んだよ」
と、彼は言った。
小さくため息をつくと、彼はこっちを向いていった。
「お前、高峰だろう」
「いや、違うね。誰だいその人は」
自分でも驚くほどすんなりと否定できた。
しばらくした後に、彼の前にうどんが置かれ、彼は割り箸を割って、うどんを食べ始めた。
それから僕の前にもうどんが置かれた。
ネギが少し色褪せていて、かまぼこも無かったが、僕は仮面を少し横にずらして一口食べてから、彼に聞いた。
「こっちでは今おまえたちが来てから何日経ってるんだ。お前、ここの人間じゃないだろう」
すると大八州は何かを悟ったように笑ってから、
「三日だ」
とだけ言ってまたうどんを食べ始めた。
僕もしばらく味のしないうどんを食べていると、今度は彼の方から聞いてきた。
「じゃあ、お前は高峰じゃなかったら一体誰なんだ。」
「僕は獄卒の側付き人のただの鬼だ。あんたは?」
彼はやれやれ知っているくせにと言ったように首を横に振ってから
「僕は、大八州希栄だ。もうしばらくでここを立つつもりだ」
僕はその言葉にぎょっとして、
「帰るのか?」
と聞いてしまった。しかし彼は何事もなかったかのように答えた。
「僕は黄泉の国で、この体とは別れを告げようと思っているんだ」
その言葉に僕は口に入れようとしていたうどんを汁の中に戻した。
薄茶色の水面に浮かぶ般若の面の隙間から見える自分を少しの間見つめてから、
「そうか」
とだけ言って、残りのうどんを何も言わずに平らげ、仮面をきちんと被り直してからから席を立った。
「そんな仮面を被って、地獄へとでも帰るのかい?峯高くん」
突如として僕の前にはあの女がいた。彼を死へ追いやろうとして、声をかけたときのことは今でも鮮明に覚えている。彼の内側にいる僕を見透かして、軽蔑したような目。その目は相変わらず僕のことを見つめていて、僕は無視して横を通り過ぎようとした。
彼女がそれを許すわけもなく、僕の腕を強く掴んで睨みつけた。
「こんなことをしておいて、彼に何も言うことがないのかい?」
「ないな。それに、あいつだって僕と別れたかったんじゃないのか?僕は薄々感じ取っていたよ。彼から度々滲み出る殺気をね」
彼女はゆっくりと僕の腕を離し、深くため息をついた。
「君ってやつは本当に人間なのかい?私でも君は薄情者だと思うよ」
「僕はもう人間じゃない」
そう言って僕は仮面を外した。すると、先程までは生えていなかった角が僕の頭に二本、生えてきた。
周りの客は僕の角を凝視して、その場から動かなかった。声も出ないほど恐ろしかったのだろう。
そして彼女は僕の角を見るなり目を見開いてから、悲しそうに下を向いた。
「君のことはよくわかったよ。失望した」
そう言って彼女は店を後にした。
彼女が外に出るなり、僕と一緒に来ていた鬼が近づいてきて、僕の耳元で囁いた。
「おまえ、あの御方は伊邪那美様だ。よくあんな軽口が叩けたもんだ。これは一つ忠告なんだがしばらくは獄卒様の近くにいたほうが良いぞ。あの言い方だとまだ諦めてはいないからな」
「ああ、わかった」
僕もそう言って店を後にした。店の外は先程と全く変わっておらず、黒い空に白い星々が浮かんでいて、よくわからない大きな輪っかが空に浮かんでいるだけだった。
僕はつくづくこの場所は不気味だと思った。
今あったようにうどん屋で金を払わなくてもいいということや、伊邪那美という神話でしか聞いたこのとのないやつ、それに、仕事として戻る先が地獄であること。
まるでこの世界が誰かの手によって作り出された虚構のように感じた。
僕は彼女のしたように、
「全く君はなんて不思議な人間なんだ」
と言ってみた。
獄卒のいる部屋に戻ると、部屋の電灯は消されており、獄卒専用の椅子の上にも彼女はいなかったので、獄卒の部屋を覗いてみた。
部屋の中は書類にあふれており、その真中にある高台の上に置かれた布団の上に、獄卒は寝ていた。
地獄の番人でも寝るものなのかと思いながら、僕は足元にあった書類をかき集め、紙の下に書いてあった番号順に整理し始めた。
しばらく整理して、分かったことがある。
この書類は阿鼻地獄に来る人間の名前を整理したものであり、その人間の犯した罪なども書かれている。
どれも馬鹿らしく見にくいものばかりだ。
大きくため息を付いて書類を近くの棚に置くと、その下から赤い紙が一枚はみ出ているのに気がついた。
拾い上げて読んでみると、次のことが記されていた。
<コトリバコ>
一、地獄法題一条に基づき、外部へのこの情報は秘匿されなければならない。
一、コトリバコを保有しているあらゆる物質は絶対に阿鼻地獄の獄卒、または指定の番人に預けなければならない。
一、コトリバコを発見した場合、直ちにできる限り離れ、上記と同じく阿鼻地獄の獄卒に通報すること。
一、もしも人間がコトリバコに取り込まれた場合、重大な過去改変が起こる可能性がある。
一、コトリバコの開封が確認された場合、考えうるすべての攻撃手段を持って、これを鎮圧しなければならなず、周辺の生物はすべて退避しなければならない。
一、コトリバコによる過去改変が起こった場合、被害拡大防止のため直ちにコトリバコを確保、鎮圧する必要がある。
一、コトリバコは、取り込んだ生物のような見た目になると報告されている。
一、人間とコトリバコの見分け方はなく、少しでも不審に感じた場合、獄卒に届け出ること。
一、絶対に、コトリバコの中身を覗いてはならない。
追記:今までの被害者の記録は別紙に記録してある。
以下の人間を見かけた場合は即刻処分、または鎮圧する必要がある。
ここまでしかこの紙には記録されていなかったが、読んでいる間にも僕は少し謎の恐怖を感じていた。
実態の見えない恐怖とはこういうものなのかということを初めて感じることができた。
紙を元あった場所に戻し、獄卒を揺り動かして、起こそうとしたが、ほとんど眠らない獄卒は時々なんの前触れもなく長期睡眠を取るようになる。その睡眠期間は恐らく三日ほどらしい。眠らない割にしては全くねていない。やはり最上級の鬼は違うのだろうか。
獄卒の部屋をそっと出て、彼女の椅子に座ってみた。
彼女がいない間は僕のような側近がこうして彼女の役割を果たすことになっているらしいが、先代はあの怪物だったのでこの役職はできなかったらしい。
座っていると、急に扉を開けられ、見たこともない鬼が入ってきた。
「誰であるか。名乗りたまえ」
見知らぬ物が入ってきたときはこう言えと、獄卒から教わっていた。
しかしその鬼は僕の言葉を無視して、激しく息を切らしながら、
「コ、コトリバコが、開封されました」
と言った。
その瞬間に流れ落ちる滝の如く、ものすごい勢いで部屋から出てきた。
「お前、その話は真であるか」
獄卒がものすごい形相でその鬼を睨んだ。
「はい。左様でございます」
怯えながらも、彼は言った。
「わかった。至急他の獄卒に伝えよ!」
「は、はい!」
鬼が慌てて出ていったのを確認すると同時に、獄卒は僕の方に向き直って言った。
「一週間じゃ。一週間でこの世が終わるかどうかが決まる。用心せい、秘書」
「御意」
これまでにない顔を見せた獄卒はどこか悲しそうな顔をしていた。
それから獄卒は自分の武器をいくつか取り出し、その中にあった一本の剣を重そうに持って僕に差し出した。
「これは?」
「これは天叢雲剣アメノムラクモノツルギ。お主が元いた世界では草薙の剣などと呼ばれていたものじゃ。昔に海に沈んでここへ来たらしい。某の大切な武器じゃ。お主にやろう。受け取れ」
「しかし、獄卒様は...」
「大丈夫じゃ、心配するでない。某のこの剣は重すぎる。」
と言って僕に剣を押し付けた。
獄卒から受け渡された剣は軽く、彼女が嘘をついていることはすぐにわかった。
僕は少し唇を噛み、剣を渡された腰の帯に差した。
次に獄卒は一枚の青い冊子を僕に渡した。
上の表題には、
【犠牲者】と書かれていた。
読んでいくと名前と顔の写真が書いてある項がしばらく続いたあとに、こう書いてあった。
犠牲者名:香宮 螢
原因:コトリバコの幻影により吸収された
生死:不明
「螢、さんが?」
しばらく僕はその場から動けなかった。何も考えられなかった。考えたくなかった。
そんな中、ふと、こんな事が頭をよぎった。
「僕が彼女を殺したんじゃないか?」
そんな事を考え始めたとたん手が震えて止められなくなった。
僕がつきまとったせいで彼女が死のうと思ったんじゃないか?
きっとそうだ、そうに違いない。
すまない、高峰。僕は人を殺した。たとえ君が現世に帰ったら僕のせいで人殺しと呼ばれ世間から隔絶されるだろう。きっとそうなったら君はまたここへ来るだろう。すべて、僕のせいなんだ。
涙が出そうになりながらも次の項に進むと、そこには内容物などが記されていた。
【コトリバコの内容物について】
・コトリバコの内容物については今のところ不明な点が多いが、現時点でわかっていることを記す。
・内容物
赤子の指、内蔵、長く大量の髪の毛、少なくとも四個の目、犠牲者の魂、神の心臓
以上
【コトリバコの顕現によってもたらされる終末説】
壱:コトリバコが現世に出現し、意識を持たない場合
一国の人間をすべて吸収、収容し、他国からの攻撃により鎮圧されるが、もしそれができない場合、その惑星全体の生物が吸収される。これは神々の力で鎮圧が可能である。
弐:コトリバコが現世に出現し、思考を持ち残虐性を持ち合わせた場合
少数の人間を吸収し、虐殺を繰り返すことが考えられる。発見されるまでは数年、早ければ数ヶ月だが、人間による完全鎮圧までの犠牲は計り知れない。
参:コトリバコが現世に出現し、思考を持ち理性を保っていた場合
ある程度の人間を味方につけ大規模な戦争を起こし大量の人間の魂を吸収するため、見つかる確率は極めて低い。たとえ見つかったとしても人間の言葉を流暢に話すことで、鎮圧部隊を即座に撃滅する可能性がある。
・これ以下の終末説は終末説参の後に起こるものと考えられる
人間のコトリバコの圧倒的な力による信仰により、コトリバコはある一定以上の条件を超えた人間を神格化させ続け、世界中に新しい秩序をコトリバコ中心で作ることにより、安定して魂の供給網を作る。
そしてある一定以上の神格化した人間を作ると、黄泉の国や地獄、または他の神界を滅ぼし、神の魂をすべて吸収する。全生物の持つ魂を吸収した後、コトリバコは『完全な生命体』となる恐れがある。
全て読み終わってから顔をあげると、獄卒が部屋から出ようとしていた。
急いで後を追い、彼女に冊子を返してから、彼女は鼻で笑いながら言った。
「全く、皮肉なもんじゃな。差別をなくすためとは言え人間の作った呪物が、それが創造主である神々をも脅かすものになるとは」
彼女の声はどこか悲しげな声をしており、元人間であった僕も流石にこちらを向く獄卒を見ることができなかった。
彼女はそんな僕を見て一度小さくため息を付き、僕にずいと近寄って僕の両頬に手を当てて、
「お主、そんなに暗い顔をするでない。その顔は負けるものの顔じゃ。戦う前から逃げてどうするというのじゃ。この世の大抵の出来事は思い込みでできておる。もしこの冊子でお主が殺してしまったと思っておる者が居るのなら、奴を封印して、その中の魂に全力で謝れば良い。たとえ許してくれずともきっと謝らんよりはましになるのじゃ。人間とはそういうふうに作られておると、大昔の神が言っておったぞ」
と言って、微笑んだ。
その言葉に、僕は気づいた。
今は今、過去は過去、未来は未来だ、と。
「御意」
そう言うと、獄卒はニッコリと笑って言った。
「それでこそ某の秘書じゃ」
彼女が部屋を出るのに続いて、僕も部屋を出た。
しかし、その時の僕は彼女の背中についていこうと、確かに思えたのだった。
「行くぞ。頼光よりみつ」
と、獄卒が誰かを呼んだ。あたりを見ても僕以外誰もいない。
「お主のことじゃよ、そう言えばまだ名前をつけていなかったからな。前のやつと同じなはお主には合わぬと思って、新しくお主にやる名じゃ。これから数万年以上の時を生きるお主にやる名じゃ。強く縁起のいい名じゃ。感謝するんじゃよ。ついでにこれは獄卒以外に教えてはいけないことなのじゃが、特別に某の名を教えてやろう。某の名は酒呑童子しゅてんどうしじゃ。とある昔に人間に破れ、ここに送られた鬼の一人じゃ。覚えておけ、頼光」
何故か頼光という名は僕にとってしっくりと来て不思議な感触だったが、悪い名ではなかった。むしろ良い名だと思った。しかし、大昔に自分を討伐した人間の名前をつける獄卒様の感性には少々疑問が残った。
気づけば僕は酒呑童子の隣を元気に歩いていた。
しばらく彼女と並んで歩いていると、反対側からある一人の女性が歩いてきた。
螢さんだった。
しばらく放心状態だったが、三秒経った後、僕の体が勝手に反応して剣を抜き螢さんの見た目をした偽物に切りかかっていた。偽物は僕の攻撃をするりと躱して、僕に、こう囁いた。
「君に、機会をやろう」
次の瞬間、僕はある洋室にいた。
ベットがあり、小綺麗に整理された洋室。窓の花瓶には花は挿していない。螢さんが大学に来なくなった日から、カレンダーの日付は止まっている。
ベッドの上にはいつの間にか螢さんがいた。僕は何も言わずに、頭を下げた。
「本当に済まないことをした。申し訳ない。すべて僕のせいだ。このまま貴女は僕をずっと恨み続けるだろうが、これだけは聞いてほしい。彼は、高峰は一切悪くないんだ。だから、彼だけは恨まないでおいてやってくれ」
そう言って顔をあげると、彼女は微笑んでいた。
「良いんですよ。それに、私が死のうと思ったのは全然あなたのせいじゃないんですから、問題ありませんよ。」
「でも、貴女は、僕の執着心に...」
「そんなこと、全く気にしないでください。それに私、気づいたんです。貴方が好きだったってことに」
「何故?」
「私が寝込んでいたとき、貴方、毎日のように私の家の前に食べ物と手紙を玄関の前においておいてくれたでしょう?その優しさが、私の心を動かしたんです」
そして、彼女は僕の顔に触れ、口づけをした。そして、僕をベッドに押し倒した。
彼女は笑って僕の胸に手を当てた。僕は、彼女にこういった。
「わかりやすい偽物で助かったよ」
螢さんは大きく一回ため息を付いて、こう言った。
「やっぱり、お前は違うんだね」
その瞬間、先程の世界に戻ってきて、僕は酒呑童子の膝の上で寝ていた。
「大丈夫か、頼光!お主さっきの女は一体誰じゃ、お主になにか囁いたと思ったら急にお主が倒れてあの女はどこかに言ってしまったのじゃ」
僕の目が覚めるなり、彼女は言った。
「あれは恐らく、いえ、あの冊子に書かれていることが本当であるのなら、あれはコトリバコで間違いありません」
酒呑童子は大きく目を見開き、
「まずいことになった。コトリバコがあの段階から理性を持ち始めている」
「あの状態、とは?」
「人間が奴の顕現ををほとんど認知できないハッカイの段階じゃ」
「ハッカイ?」
「そうじゃ。コトリバコには段階があっての、中にはいっておる魂の数でそれで決まる。イッポウからサンポウまでは並の人間なら耐えられるがシッポウからシチホウまでは神事を司る人間しか耐えられない。それ以上は祓うことはできんが殺すことはできる。こんな感じなのじゃが、やつの見た目からすると、ハッカイ、いやそれ以上かもしれん。なんにせよ、良い情報が手に入った。あの女は見つけ次第某が殺す。良いな」
「御意」
「それと、じゃ。頼光、膝枕でその言葉を言っても格好が悪いぞ」
僕は恥ずかしくなって立ち上がり、もう一度
「御意」
と言った。
獄卒は一人で大笑いした。全く切り替えの早い人だと思いながら、周りを見た。
あの女がいた。
伊邪那美だ。こちらを人間ではない目で強く睨んでいる。反射的に酒吞童子に飛びついた。
すると酒呑童子も伊邪那美を視認したようで、彼女の大きな着物の中に僕を入れた。
「しばらくじっとしているのじゃ」
酒呑童子がそう言って、着物の上から僕を抱きしめ、飛んだ。
数分経った頃、やっと地面に着地して、僕は着物の中から転げ落ちた。
「はぁ...はぁ...ここまでくれば安全じゃよ」
あたりを見回すと、大広間に人間よりも遥かに大きい大きな狐が一匹座っていた。
「ここは?」
「某の友人、玉藻前たまものまえの家じゃ。お主はしばらくここに居れ。」
「ぎ、御意」
僕はそれしか言えずに、その場に座り込んだ。
彼女が何処かへ言ってから大きくため息をつくと、大きな狐が僕にすり寄ってきて、その後ろから若く見える男の人が出てきた。その人は一見すると人間だが、後ろからは大きな尻尾が九本生えている。
恐らくこの人が玉藻前だろうと思い、なにか声をかけようとしたとき、向こうから声をかけてきた。
「お前、先程あの子の胸元から出てきただろう」
「はい」
すると、彼は少し顔を赤らめて言った。
「その、なんだ。あの子の体に触れた感想はどうだ」
「...どうって?」
「...そういうことだ。特に、な...?」
言いたいことがなんとなくわかった僕は、
「暖かくて、柔らかかったです」
と、自分でも馬鹿らしく思えるような事を言った。
玉藻前は僕の言葉に顔がぱっと明るくなり、首を大きく縦に振った。
それから彼は僕と握手をしてから大きな狐の後ろに隠れてしまった。
全く何なんだあの人と思ったときだった。
急に大広間の襖が勢いよく開けられて、正幸が入ってきた。汽車の中で会ったぶりだ。
「お、あんた、誰やったっけ。えーと、あぁそやそや狼騎...」
「いや、僕は高峰じゃない。僕は酒呑童子様の秘書の頼光という。その人とはまだ面識がないんだが似ているらしく、よく間違えられるんだ」
「そうか。それはすまんかったな」
「それで、あんたは何故此処にいるんだ?君たちの情報はこちらにも回ってきているんだ」
正幸は、狐を背もたれにして座った。
それから、大きく一回ため息をついてタバコに火をつけ話しだした。
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