第19話 黒衣の者
「私は、鬼を悪だとする社会に憂いを感じています」
は・・?
鬼退治の代表とも言える「桃太郎」のモデルである吉備津彦命から信じられない言葉を聞いた。他の面々もはて?という疑問の顔をしている。水亀先生だけはいつものように何か知っているような顔をして薄ら微笑んでいるように見える。
「でも、鬼を悪者というか・・・懲らしめるべき対象という決定的な判断を下したのは、吉備津彦様ではありませんか?」
茜ちゃんが、誰もが思う疑問を素直に口にした。
「それは・・・」
バガ!!!ン
吉備津彦命が何かを言おうとしていた瞬間、玄関の方ですごい音が聞こえた。玄関に車が突っ込んだ?と思った刹那に僕たちがいる部屋の襖が乱暴に開けられた。そこには、黒髪長髪長身の黒衣の男が立っていた。
「ワカタケ!何を言おうとした?もうよいと、この前も申したではないか!鬼は鬼でよい。悪者でいいと言ったではないか!それを壊せば、この国が壊れるぞ!主が守ろうとしたものを、なぜ今壊そうとするのだ!」
黒衣の男は吉備津彦命に向かって怒鳴り散らした。怒鳴っているが哀願のような情も感じられる物言いだ。しかし、吉備津彦命に怒鳴れる人って何者なのだろう?少なくともこの地の一ノ宮の主祭神である吉備津彦命に怒鳴れる立場の者などいるのだろうか?ふと、水亀先生の方に目を移すと、珍しく笑みで口元を歪めている。今気付いたが、部屋の雰囲気も一変していた。僕自身も驚いて周りの空気の変化に気が付かなかった。いや、薄っすらだが、見える。吉野さんに憑いて来たのだろうか?鬼とか怨霊とか言われている者たちの姿が初めて見えた。部屋いっぱいに。そして、この鬼たちの目は黒衣の者に集中している。それも何故か、その目は羨望の眼差しというか、推しメンを前にしたファンのような眼である。この黒衣の者は何者なのだろう?
「この前も言ったように私は正義でありたい」
「正義が罷り通る世界ではないぞ。この前も言ったように、絶対的な正義など存在しない」
「正義とは、正しいことではなく、慈しみと思いやりに溢れる平和だ。それが、私の正義だ」
「だから、その平和のために我のような鬼が必要なのだろう。この国はそのシステムで平和を維持して来たのだろう」
「それでは、主らが犠牲になっているではないか!それは、私の想う正義ではない」
「その戯言のような正義が叶わぬことは長年の経験でわかったではないか?共に悩み、諦めることにしたではないか」
「そうだ。何度も諦めた。しかし、それは時期では無かったからだ。メンバーも揃っていなかった」
「では、今がその時期なのか?そして、この面々がそのメンバーなのか?」
そう言うと、黒衣の者は鋭い眼光で僕たちを睨むように見回した。先程は気が付かなかったが、隻眼なのか、片方の目が義眼のように見える。また、よく見ると真っ白肌のかなりの男前だ。この者はもしかしたら・・・。
「そうだ。こちらはアメノミナカヌシ様とそのお仲間だ。俳優の吉野秀俊殿は主もテレビで見たことがあるだろう?」
「アメノミナカヌシ様?造化三神のか?」
「そうだ。こちらがアメノミナカヌシ様だ」
そう言いながら、水亀先生の方を向き、浅く頭を下げた。それに応えるように水亀先生は軽く頭を下げ、言葉を発した。
「初めまして。アメノミナカヌシです。温羅さんですよね?」
水亀先生はそう言いながら、笑顔で浅く頭を下げた。
「本当にアメノミナカヌシなのですか・・・?」
呆気に取られるように黒衣の者は呟いた。
温羅・・・。鬼たちの羨望の眼差しの意味が分かったような気がした。吉備津彦命が日本におけるスーパーヒーローのモデルだとすると、その宿敵の鬼のスーパースターはこの温羅なのだから。
「本当です。吉備津彦さんが言うように、今が時期なのではないかと思います。世界は単純な正義と悪という二項対立では平和を維持できない状況になっています。そのような今だから、今の日本という国の礎となっている鬼、怨霊、神について人が考えなければいけない時が今なのです」
「今」を随分と強調したけど、これは神道の「中今」の精神と関係あるのだろうか?「中今」についても分かったような、分かっていないような中々に難しい概念だ。
「しかし、どのように人に考えさせるのですか?現代の人は鬼や怨霊、神などは一部の信仰や研究者の興味の対象でしかないと思うのですが・・・」
「だから、吉備津彦さんが、吉野さんに期待したのです。その期待が想いになり、吉野さんを苦しめたのですが、現代の英雄の顔である吉野さんが描こうとしている映画が鍵となります。そのために、吉野さんに吉備津彦さんと温羅さんの真実の物語を見せたいと思います」
見せる?どうやって?という疑問が浮かぶと同時に、水亀先生は右手を挙げ、空を掴み引っ張るような仕草をした。
部屋の景色が一変した・・・。
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