第20話 四道将軍拝命の儀

 部屋の景色が一変した。皆が呆気に取られている中、茜ちゃんだけが、得意げな顔をしている。おそらく、茜ちゃんが知っている水亀先生の能力なのだろう。


「全てを見るには時間が足りませんので、要所要所を見ていきましょう。まずは、吉備津彦命の四道将軍拝命の儀の現場です。皆さんが見ているのは本物の過去ですが、過去には介在できないので見るだけです。なので、声を出しても誰にも聞こえませんし、姿も見えないので安心して下さい。では、もう少し近くに行って見て見ましょう」


 先生がそう言って向かう先を見ると、数人の男が偉そうな人から剣を受けとっている。これが将軍の拝命の儀なのだろう。吉野さんは、驚き過ぎて、目の前で起こっている事を受け入れられないようではあるが、先生の言葉に忠実に一生懸命周りの様子を観察している。本当に真面目な人だ。この性格こそ、吉備津彦命や先生が期待した理由なのかもしれない。


 吉野さんの様子を見て、吉備津彦命が説明を始めた。


「あの偉そうな姿の方は崇神天皇です。中央政権を確立するために四道将軍の制度の構想を考え、実行します。これを機に、日本に鬼が生まれて来ることになります。鬼の概念ではなく、後に、鬼と呼ばれる者たちを生み出すきっかけになります」


「有難うございます」


 吉野さんは、吉備津彦命に向き礼を言った。吉備津彦命もその礼に笑顔で頷いた。そして、いつの間にか、茜ちゃんが吉野さんにメモ帳とペンを渡していた。吉野さんは茜ちゃんにもお礼を言い、茜ちゃんもその礼に応えるように、吉備津彦命のように笑顔で頷いた。いい感じのチームワークだ。


 その様子を黒衣の者はじっと見つめていた。どのような感情かは読めなかったが、怒りや不満といったネガティブなものではなさそうだ。ただ、静かで、悲しみや憂いというものでもない。


「第十代天皇の崇神帝が統べる時期は紀元前三十年頃です。中央内部が安定し組織が出来上がってきた頃です。良い人材が集まって来たというよりは身内の繋がりがしっかり組織化されて来たと言ってもいいのかもしれませんね。私も第七代天皇の孝霊帝の皇子でもありますからね」


 吉備津彦命が言っていることに僕はびっくりしていたが、吉野さんはそんな余裕も無いのか、真剣な顔でメモを取っている。しかし、気になるのは、どの四道将軍と思しき人も吉備津彦命と似ていない。この四人の中に吉備津彦命がいるとは思えない・・・。この疑問を持って、水亀先生の方を見た。先生は、崇神天皇のすぐ横の壁に持たれて笑いながら、指を指している。僕の疑問を予め予想していたように。その指先を見ると、一人の将軍の距離を置いた後ろに一人の少年が姿勢良く正座して平伏している。その横で茜ちゃん顔を覗き込むようにしている。この時代では、姿が見えないからといって、こんな仰々しい儀式の中でみんな好き勝手に振る舞っている様子である。


 まあ、でも、姿も見えないのだからと、その少年の近くまで寄って僕も顔を覗き込んでみた。


 吉備津彦命だ。現代の吉備津彦命より若く幼さが残る顔ではあるが、間違いなく現代から一緒に来た吉備津彦命である。その吉備津彦命の方を見ると、変わらず、吉野さんにマンツーマンで何か話している。


「しかし、この鬼と呼ばれ者たちを生み出すきっかけとなる四道将軍って一体何なんだろう・・・?」


 その呟きに黒衣の者が呟いた。


「お主、漫画は読むか?」


「はい。結構好きな方だと思います」


「ほう、『キングダム』は読むか?」


「はい。『キングダム』は雑誌ではなく、単行本で読んでいます」


「四道将軍とは、六大将軍みたいなものだ。中央政権の天下統一を実際に行う将軍の事だ。『キングダム』では六大将軍は中央の意思を聞かずとも現場の判断で動いていいという超権を与えられていたと書かれていたが、史実とは違うだろう。当然、四道将軍もそんなに自由な訳はない。だから、イサセリもワカタケも苦しんだのだ」


 そう言った黒衣の者の雰囲気は六大将軍の一人桓騎将軍の様な妖艶な雰囲気だ。吉野さんが連れて来た鬼たちをも魅了する。この人物は一体、何者なのだろうか?


 また、口にした人物の名前、イサセリ?ワカタケは現代から一緒に来た吉備津彦命のこと?疑問は増えたが、その名前を言った黒衣の者の表情は、どうにもならない事を前にしたような苦しげな表情だ。


 本当に何者なのだろうか?確か、さっき先生が「温羅さん」と言っていたような・・・。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る