第18話 吉野さんの謎解きから

 「では、始めましょうか」


 ゆっくりと通る声で吉備津彦命が話しを始めようとすると、


「ちょっと、すみません。お話しの前に一つお伺いさせて下さい」と吉野さんが話しを遮った。


「どうされましたか?」


 司会進行役になっている吉備津彦命が吉野さんに質問した。


「ごめんなさい。あの、吉備津彦と先程名乗っていらっしゃいましたが、本当にこちらの神社の神様の吉備津彦様なのですか?神様に失礼な質問で申し訳ありませんが、これから、お話しをお伺いするためにも、どうしても確認しておきたくて・・・」


 当然の疑問だろう。


「そうです。本当にこの神社の吉備津彦命です」


「そうですか。あと、もう一つ、以前にお会いしたことはありませんか?私の思い違いでしたら、申し訳ないのですが、以前にお会いしているような気がしまして、でも、以前に神様にお会いしている訳はないですよね・・・。おかしな事を言って、すみません」


「いいえ、おかしな事は言っていません。私と吉野殿は会っています。だから、先ほども、よくぞ戻って参られたなと言ったのです。では、ちょうど良いので、吉野殿と私が会った時の話しから始めましょうか?」


 吉備津彦命は、そう言いながら、水亀先生の方を見た。先生は、どうぞと言わんばかりに無言で頷いた。その頷きに、頷きを返し、吉備津彦命はゆっくりと話しを始めた。


「吉野殿がこの神社に参拝に参られたのは、吉野殿にしか表現できない「桃太郎」を原作とした映画の脚本を書きたいという願望と、映画が完成した暁には世の中にインパクトを与えるような大成功を納めたいという必勝祈願だったと思うが、それは間違いないだろうか?」


 先程までの腰の低い吉備津彦命とは少し雰囲気が変わった。吉野さんに対する話し方は威圧的ではないが、主従関係のようなものが感じられる。


「はい。間違いありません」


「もし、間違いがあったら言ってほしい。このような姿で吉野殿の前にいられるのはアメノミナカヌシ様の力のおかげであるからな。人と同じ空間で人のように会話ができるのは貴重な事なのだ。この時間をお互いに大事にしたい。では、話しを続けます」


 神様だからこそ、神様の偉大さが分かるのだろうか?吉備津彦命は吉野さんに対する思いやりもあるが、水亀先生のことをかなり意識しているというか、気遣っているような様子である。


「吉野殿がお参りに来た時に私は思いました。この吉野殿の「桃太郎」が現代の日本に警鐘を鳴らすきっかけになるのではないだろうか?と」


「それが、吉備津彦さんが言った吉野さんにしてしまった余計な事と関係があるのですか?」


 水亀先生が質問した。


「はい、その通りです。私は吉野殿に期待しました。彼の現世での俳優としての活躍は知っておりました。色々なヒーロー役を演じていますし、誠実そうでありながら、影もある雰囲気は「桃太郎」にも適任だと思いました」


「でも、桃太郎って、もっと若くて元気なイメージじゃないのかな?吉野さんは中年としてはカッコいいかもしれないけど、お伽話の桃太郎とはちがうよ。どちらかというと、将軍って感じ」


 茜ちゃんが遠慮の無い感想を言った。よくこの面々の前でそんな事言えるなと感心する。さすがは人ではなく猫である。


「根駒殿は鋭いな。私が吉野殿に創ってもらいたいと思っている「桃太郎」は真実に近いストーリーにして欲しかったのだ。だから、正に、明治時代の国定教科書に載っているような少年の桃太郎ではなく、中央から派遣された四道将軍としての「桃太郎」を描いて欲しいと思ったのだ。その真実を知るためには、桃太郎が退治した鬼について知ってもらう必要があり、それを促してしまったのが、私が吉野殿にしてしまった余計な事なのだ。期待をしていたからとは言え、心身を病むまでになってしまった。申し訳なく思っている」


「あ、いえ、実は自分はあまり覚えていない事ばかりで、今、初めて期待してくれていた事や以前にお会いしていた事を聞いて驚くばかりなので、何かされたとか、そんな事は思っていないので、どうか申し訳ないなどと言わないで下さい」


 吉野さんはそのように言うが僕は疑問がある。その疑問を口にした。


「なぜ、吉野さんは吉備津彦命様と会話はもちろん、会ったことも無いと思っているのに東北に行って神社巡りをしていたのですか?吉備津彦命様から東北の鬼たちに会いに行けと言われたのかとばかり思っていました」


「九条殿は、神社にお参りをする時にはある程度、何を祈願するか決まってはいるのではないか?」


「確かに・・・そうですね・・・」


「吉野殿は、自分にしか描けない「桃太郎」の脚本を書きたいと思ってこの神社に来たということは、ある程度のストーリーの目安は出来ていて、鬼の真実を知りたいとは思っていたのであろう。私が申し訳ないと言っているのは、私の期待という「想い」が吉野殿の行動を増幅させてしまった事なのだ。人の「想い」は力を持っていて、それが強ければ形を成し、他者へ影響を及ぼすまでになる。それが神の「想い」であれば、言わずもがなである。そして、私の「想い」は吉野殿の夢にまで現れ、吉野殿のモチベーションを高めに高め、その情熱が東北の鬼の心に火を灯し、さらに、私の臣下の者たちも、私の「想い」の成就のために吉野殿に着いて東北に行き、鬼の者たちと仲良くなっている者さえいる。だから、吉野殿は普通の人間では考えられない数の霊と共にこの数ヶ月間過ごした事になる。心身がおかしくなるのも当然であろう」


 吉備津彦命の話しは意外な気がした。僕はてっきり吉備津彦命が何かをしたのかと思っていた。申し訳ないと言っているが、申し訳ない事は何もしていない・・・。それに、東北の鬼に会いに行ったのも吉野さんの意思であれば、勝手に取り憑かれたと言ってもいいのではないだろうか?


「九条殿、腑に落ちない顔をしているな。「想い」や「願い」は人が思っている以上に強い力を持っている。九条殿は過去にびっくりするような自身の「願い」の力を感じたことはないか?」


 吉備津彦命に心を読まれたようだった。しかし、過去に僕自身の「願い」の強さを感じたことがあっただろうか・・・。あった、中学校の時の事を思い出した。


「あ、あります。中学生の時、くじ引きで席替えをしていたのですが、手を合わせて目を閉じて、好きな子の隣りになれますようにって、その子の名前を唱えていたら、本当に隣りの席になった事があります」


 あれ・・・?ちょっと違ったのか?皆が驚いたような目で見ている。茜ちゃんも瞳孔が開いた真っ黒なまん丸い目で見ている。


「・・・それはよい思い出ではあるな」


「間違えた例でしたかね・・・?」


「いや、間違えてはいない。九条殿が幸せな人生を生きているのだという事も感じられる良いエピソードだと思う」


 吉備津彦命に無理矢理フォローされたようで少々気恥ずかしい。その言葉を聞いて、水亀先生が驚いたような顔から、ふっと笑い、口を開いた。


「今の兼人くんの可愛らしい「想い」ですら、不思議な奇跡を起こす力があるのです。この「想い」が神のものであったら、どれほどの力があるでしょうか?それも日本一の英雄「桃太郎」のモデルにして、日本全国の鬼への影響力が絶大な吉備津彦さんの「想い」ですからね。その影響力は想像を絶する力があります」


 そんなすごい影響力があったのだろうか?吉野さんの行動力が増して、たくさんの鬼に取り憑かれただけではないのだろうか?


「アメノミナカヌシ様、そんなに責めないで下さい。友にもだいぶ叱られました」


「いいえ、私は責めていません。実は、私も吉備津彦さんと同じ期待を吉野さんにしています。では、私がお伺いしたかった一つ目の疑問、吉備津彦さんが吉野さんにした余計なことは、一方的な「想い」ということが分かったので、次の疑問にいきましょう」


「次の疑問は、吉野殿へ期待する「想い」の根底にある私の憂いについてですね・・・分かりました。お話ししましょう」


 神様の「想い」の強さが、人に比べると半端なく強いということは分かったけど、まだ、全然納得感が無い。吉野さんに憑いている鬼も離れているどころか、はっきりは分からないけど、むしろ、元気になっているというか、増えているような気がする。果たして次の疑問の解明で、水亀先生がわざわざ岡山まで来た理由を感じることができるのだろうか?甚だ疑問である。

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