第17話 吉備津彦命の登場
「皆さま、お待ちしていました。家臣が皆さまの駅の到着からザワザワと騒がしくしていました。アメノミナカヌシ様お久しぶりでございます。吉野殿はよくぞ戻って参られたな。そちらのお二人はアメノミナカヌシ様の臣下の者ですか?」
何のことかよく分からずポカンとする吉野さんを横目に、先生が言葉を返した。
「いえ、こちらの二人は私と同じくカウンセリングを営む者です。共に仕事をする仲間です」
臣下という言葉に僕も茜ちゃんも一瞬ムッとしたが、先生の言葉に救われた。
「それは失礼しました。お二人のお名前を教えて頂けますか?」
「吉備津彦様、人に名前を聞く前に名乗るのが礼儀ではありませんか?私は、根駒茜です」
神様相手に一歩も引かない茜ちゃんの気概には恐れ入る。先生の意を汲んでの気概だろう。
「私は、九条兼人です」
僕も若干ビビりながらも茜ちゃんの後を追って名乗った。
「これは大変失礼致しました。根駒殿、九条殿。私は、吉備津彦であると同時にワカタケヒコと名乗る者です」
この豹変は誠実さと余裕故だろう。さすがは神様と感心しながら疑問が湧いた。ワカタケヒコ?吉備津彦命ではないのだろうか?自然と声が漏れた。
「吉備津彦命様ではないのですか?」
「私は、吉備津彦命であると同時にワカタケヒコです」
はっきり言った。意味が分からない。
「そのお話しは後程にしましょう」
水亀先生が吉備津彦命の言葉を制した。
「そうですね。では、皆さまの疑問にお答えしたいので、参集所の方へ場所を移しましょう」
拝殿の左後方にある参集所に向かった。案内されるままに後ろを着いて行くが、吉備津彦命はどっからどう見ても神職の人にしか見えない。佇まいが落ち着いていて、位が高いと言われたら納得するが、宮司には見えるが神様には見えない。神様に見える人なんていないかもしれないけど。
「九条さん、ちょっと」
吉野さんがヒソヒソと声をかけて来た。
「はい、どうかしましたか?」
返事を返す。
「九条さんもあの方とお会いするのは初めてですよね?どう思われますか?」
「どう思われますか?と言うと」
「あの方、この神社の神様の吉備津彦様ですかね?」
吉野さんの全く予想していなかった発言に驚いた。
「何故、そう思うのですか?神様に会ったことがあるのですか?」
「いえ、明解に神様に会ったとは言えないのですが、ウチの事務所の社長が自称神様で、その社長から水亀先生を紹介されたのですが、二人共全然似ていないのに、何だか似ているのです。あの神職の方もどことなく似ている感じがして、もしかしたらと思いまして。あと、ぼんやりではありますが、以前に夢に出てきた吉備津彦を名乗る御仁とも似ているような気がしたもので・・・」
役者さんというお仕事のせいか、吉野さんは独特の感性を持たれているようだ。だから、吉備津彦命にも期待され、鬼にも取り憑かれているのかもしれない。あと、気になることを言っていたけど、吉野さんの事務所の社長も神様というのは本当だろうか?水亀先生を紹介したのなら、本物の可能性もあるけど、神様は案外この社会に溶け込んで存在しているのだろうか?水亀先生と並んで歩いている吉備津彦命の背中を眺めながら思った。
「こちらになります。どうぞお入り下さい」
宮司にしか見えない吉備津彦命が振り返り、参集所の戸を開けてくれた。案内に従い中に入ると、何の不思議も無い建物だった。家臣がたくさん控えていてもおかしくない口振りだったが、この建物の中には僕たち五人しかいないようだ。訝しんだ目でキョロキョロしている僕の様子を見て、察したように吉備津彦命は言った。
「九条殿、私はアメノミナカヌシ様に憧れているのですよ。だいぶ前ですが、以前にお会いした時に、お一人で自由に風や雲のように悠久の時間を過ごされている姿に感銘を受けまして、以来、家臣にも開放してもらって一人気ままに過ごすことにしています。そもそも、私は軍神のような立場なので、平和な今の時代に家臣団を引き連れている必要もありませんので」
その言葉に、水亀先生は少し照れくさそうに応答した。
「憧れる程のものは何もありませんよ。私は神と言えど、あまり名を知られていない神ですし、そもそも、家臣団などを引き連れる立場でもありませんから。しかし、吉備津彦さんの今の雰囲気の方が柔らかくて、私、個人的には好きですよ。以前にお会いした時はまさに軍神の様相でしたからね」
その言葉に、吉備津彦命も照れくさそうに笑った。この二人は本当に昔からの友達なのだろう。吉野さんが言うように、神様だからなのか、似た雰囲気を持っている。そんなことを思っていると、先生が言葉を続けた。
「雰囲気は柔らかくなりましたが、少し気に病んでいる事があるようですね。少し前に会いに来た時に会えなかったのも、その悩みと関係がありますか?」
「流石、お見通しですね。悩みというか、憂いに思っていた事があったタイミングで、そちらの吉野殿がお詣りに来て、その憂いを払ってくれると思い、余計な事をしてしまいました。吉野殿には申し訳ないと思っています。そして、それを友に咎められ、丁度、喧嘩になっている時に、アメノミナカヌシ様がいらっしゃったのです。その節は誠に失礼しました」
「では、今おっしゃられた吉野さんにしてしまったという余計な事と、吉備津彦さんの憂いについてお話について聴かせてもらえますか?」
「はい。その前にお茶をお持ちしますね。そちらの部屋でお待ち下さい」
本当に神様とは思えない気遣いと腰の低さだ。
「私もお手伝いします」
茜ちゃんもすっかりいつもの雰囲気になって、吉備津彦命の後を追った。先程までの敵意のようなものが全く無くなっている。この人心掌握の術は水亀先生さながらである。
お茶と水菓子を並べ終えると吉備津彦命がゆっくりと言った。
「では、始めましょうか」
田舎のお祖父ちゃん家のような雰囲気だが、座卓を囲むメンバーの顔ぶれがすごい・・・。
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