30. この選択が、全てを決める

「これで攻撃は打ち止め?」


 その言葉と共に、今度は『槍使い』が大地を蹴り、疾走する。

 上段攻撃をガードしようと構えたものの、下段に槍の穂先が刺さり、『刀使い』は怯んだ。


「くっ……!」


 棒立ちになった『刀使い』の硬直が無限のように感じられてしまい、俺は歯を噛む。

 次の瞬間、画面が暗転し、『槍使い』の横顔のカットインが入った。

 そして『刀使い』の顔へ強烈な突きが刺さり、一気にライフが削られてしまう。


「い、今のってコマンド入力受け付けが……?」

「数フレームしかねえっていう超必殺か!?」


 小絵と征士が愕然とした口調で零すが、それを聞き遂げる余裕が俺にはない。

 残り5割まで減らされたコンボより恐ろしいのは、最初の一撃だ。

 俺は『上段攻撃』と直感して防御したのに、結果として『下段攻撃』を喰らっていたから。


「分かってはいたが無茶苦茶だな……っ!」


 『刀使い』のライフは5割で、『槍使い』は4割弱。

 俺は思わず下唇を激しく噛んでしまう。

 さあ、ここから、どうする?

 攻めるか?

 守るか?

 この選択が、全てを決める。

 そう思い至った瞬間、あの夜の約束と、後ろ髪を揺らす背中が脳裏をよぎった。


『だから、私を見つけて、史也。あの日のように』


 俺は大きく息を吸い、強く吐く。

 攻めるか守るか、だって?

 そんなの、決まってるじゃないか……!


「先輩が前へ出た!」

「ああ、ここまで来たらそれしかねーよ……!」


 俺はレバーを前へ倒し、『刀使い』を突進させる。

 攻撃しても防御しても、『見えて』しまうのなら、これ以外の選択はない。

 『刀使い』は猛攻を繰り出し、一方の『槍使い』が難なくそれを捌くのを見ながら、俺は画面のとある表示を確認し、息を吐く。


「改めて、いざ目の当たりにすると、本当に怖いな……」


 片瀬はほのかな高揚を口調に乗せて、答えた。


「ちょっと楽しくなってきたから。まだまだ」

「それは何よりだ。……けど」


 再び、俺は口元に右手を当て、敢えて淡々と告げる。


「片瀬は、秒読み将棋って知ってるか?」

「え?」


 俺の突然の言葉に彼女は声の張りを強くし、小絵と征士も、ポカンとする。


「一手を決められた時間内で指すルールで、一般的には30秒なんだが」

「……何のこと?」


 片瀬は怪訝そうだが、小絵と征士は俺の意図に気付いたらしく、はっとした様子だった。

 小絵が少し震えた声で呟く。


「時間がもう、ないです……!」


 その言葉を聞いた片瀬も画面の表示を見て、息を飲んだ。

 当初、「99」まであったカウンターが既に、「15」まで減っていたのだ。

 格闘ゲームは文字通り殴り合いなので、タイムアップというケースはあまりない。

 全くないとは言わないが、俺と片瀬というカードに限り、起こり得る現象がこれだ。

 征士が表情を険しいものへ変えて、こぼす。


「お互い、見切りのレベルが高すぎた……。普通なら入るはずのコンボが決まらないから、勝負が終わらねーんだな……?」

「そうだ。けど時間切れ狙いなんて、つまらないことはしない。戦う以上、倒して勝つ」


 そして、今度はフェイント気味に小刀を下段へ投げながら、続けた。


「片瀬は強すぎたんだ。もっぱらCPUを相手にして、たまにプレイヤーと戦っていたとしても、普通に勝つことができた。だから、タイムアップを見据えた終盤戦の時間管理を知らない」


 そうしている間にも、ライフのアドバンテージは俺にあるまま、カウントだけが進んで行く。

 やがて、『槍使い』の攻防の中に、焦りと動揺が滲み始めた。


「秒読み将棋で必要なのは、集中力と決断力。今の場合も、それは同じだ。……さあ、片瀬。この状況で何を『見れば』勝ちになる?」


 俺の指摘に、片瀬は初めて見せる悔しげな表情で、下唇を噛んだ。

 おそらく彼女は、『ジャック・ボックス』と『パンドラの家』を経て、意識すれば『見える』ものが変わることを知り、その力を俺への対策にしたんだろう。

 だがその反対側にある、普段当てにしていないものを切り札とするリスクに気付く事ができず、この状況を招いてしまった。

 ならば、作戦はただ一つ。

 『考えて、反応する』をより限定化し、『予想して、反応する』。

 それが四月に出会い、二つの勝負を経験し、届かない背中を追い続けて得られた俺だけの片瀬専用の戦略。

 排出率0.5パーセントのガチャを100パーセント引く彼女に勝つ方法の答えだ。

 そして『刀使い』は大地を蹴り、最後の突撃を始め、同時に俺は叫んだ。


「さあ、行くぞ!」

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