20. 第二戦、決着
やがて迎えたゲーム最終日、五月二十日。
放課後、例の東屋で集まった片瀬、小絵、征士へ俺は声をかけた。
「さて、もうやることもないし、それぞれの考えを話さないか? 隠す必要もないから」
ゲーム内のライフを消費し切ったことを確認した片瀬が頷き、小絵、征士もそれにならう。
サービス終了時刻と征士の部活終わりがちょうど重なり、陽も傾く時間帯だが、肌寒さは感じない。
もう衣替えも近いと思いながら、まずは小絵に発言を促す。
「まず、お父さんの件ですね。一日分の食費や水道光熱費が変わったのは、『五月十日』からですから、その前後に、『何か』があったんだと思います」
同意するように征士も手を上げた。
「これは完全に推測だが、いつもゴミの中にあった、『ビールの空き缶』がその辺りから無くなってる。もし、その親父に晩酌の趣味があったとするなら……」
そして、その句を俺が繋ぐ。
「そのゴミがなくなった理由……飲めなくなった理由があるってことか。で、それは配布アイテム、『血に濡れた写真』で父親の場所だけ破られてることから察せられる、と」
ふと片瀬へ視線を向けると、何かに『集中』するような表情で、黙り込んでいた。
これは、多分……と直感しながら、俺は続ける。
「で、そうなると犯人は誰だと思う? 予想してる家族構成に支障がないていどでいいんだが」
小絵が、「ううん」と唸って答えた。
「ゴミの中に、そういう動機と繋がりそうなものがなかったんで、何とも言えないところですね。まあもしかしたら、整髪料の匂いがずっと嫌いだったとかも、有り得ますが……」
その指摘に征士の表情が苦いものになる。
「んなこと言ったら、何でも理由になるじゃねーか。いっそ、酒を飲むと人格が変わるからとかの方が納得できる」
「もしそうなら、『ビールの空き缶』がドロップする理由にはなりますね。……動機を予想するためのアイテムってことでしょうか」
やっぱり何も話さない片瀬へ注意を向けつつ、俺は気になっていたことを聞いた。
「ちなみに三人は、この夫婦に子供はいると思ってたか?」
小絵、征士が順番に意見を述べる。
「詳しくは言えませんが、いると考えてます。逆に、おじいちゃん、おばあちゃんはいないと」
「へえ、どうして?」
「一戸建ての玄関に、キツい階段があったんです。バリアフリーじゃないんだって」
その見解に征士も頷いた。
「負担が軽い医療費明細もなかったしな。高齢者がいるなら、あるはずなんだが」
「そっか、征士はじいちゃんと同居だもんな。そういう見方もあるか」
そんなことを言い合っていると、やがて片瀬がゆっくりとした口調で話し出す。
瞳の光は澄み切り、静かで、ここではないどこかを、『見て』いるように俺の目には映った。
「まず、探偵を雇ったのは、奥さんだよ」
唐突な指摘に小絵と征士が、「えっ」と息を飲む。
それはそうだろう。
まったく脈略も根拠もなく、そんなことを言い出せば、戸惑うのが普通だ。
だが片瀬は淡々と、真っすぐな視線を俺へ向けたまま、続ける。
「理由は、『浮気調査』。旦那さんが休日、頻繁に会社の女性と会ってたから」
俺は懸命に頭を回し、それとなく助け舟を出した。
「その契約書類が片瀬にドロップしたってことか? URとかで」
そこでようやく、『どこか』から、半分くらい帰って来た片瀬が発言を顧みて、はっとする。
「え……? あ、うん、そんな感じ。で、旦那さんは」
「片瀬、ストップ。それはゲームが終わったら、だ」
「あ、そうだね。それを入力するのは、今からなんだし」
片瀬の発言に小絵と征士が改めて、ぽかんとした。
だが、当の本人である片瀬は行動の、『ズレ』に気付いていない。
そしてイベント終了の時刻を迎え、画面に最終的な判断を入力するフォームが現れた。
俺達は、『予想した家族構成とプロフィールを入力する』画面を見ても何も思わない。
だが隣に座る片瀬だけは、ひどく驚いた様子でそれを見つめていた。
「史也……、これ、『家族構成とプロフィールを入力してください』って」
その声は少し震えており、俺は目論見が上手くいった実感を得つつ頷く。
「そうだな。『推理した犯人と動機。その経緯』じゃなくて」
「っ!」
俺の返答に片瀬はくやしげに下唇を噛んだ。
からくりは簡単だ。
先日の会話で俺は片瀬の意識が、『家族構成とプロフィール』から『犯人と動機』へ向くよう誘導したのだ。
繰り返しになるが推理において最後の落ちが、『見える』という力は問答無用の武器となる。
だから敢えて、『いつ、どこで、誰が、何を』などが気になるよう働きかけたら、どうなるのだろうと俺は考えたのだ。
未来像をピンポイントに絞らせたら、『見える』先は変わるのか、変わらないのか。
そして、その結果は明らかだ。
片瀬はしかめっ面で唇を尖らせ、『家族構成とプロフィール』を考え直しながら、入力を進めるが、スカイブルーのネイルの指先には迷いがある。
その一方で、俺達はあらかじめ考えていた解答を入力するだけだから、作業によどみはない。
「……? なのに、何だ? この感じ……?」
そんな片瀬の表情を見ていると、胸に鋭い痛みを覚えてしまう。
動悸が不自然に高鳴り、大事な何かを勘違いしているような不安に駆られるのだ。
確か、前にこの感じになったのは、『ジャック・ボックス』の終わりの辺りだったか……?
記憶の海に飲まれそうになった俺へ小絵が、不思議そうな表情で問いを投げかけた。
「あの、どうしたんでしょうか? 片瀬さん。随分苦戦してるみたいですけど」
俺は慌てて我に返り、入力を最後まで終えた後、平静を装って答えた。
「さあ、どうしてだろうな。ゲームの目的を勘違いでもしてたんじゃないか?」
普段のお株を奪うくらいの涼しげな口調を意識して、俺は言う。
それが気にくわなかったらしい片瀬が珍しく強い視線で睨んでくるが、どこ吹く風だ。
やがてタブレット端末に四人分の推理の正解率が表示され、俺は胸を撫で下ろす。
「第二戦は俺の勝ち、だな?」
その言葉に片瀬は唇を尖らせ、それが妙に子供っぽく見えて、俺は思わず笑ってしまう。
それはようやく、排出率0.5パーセントのガチャを100パーセント引く彼女に勝つ方法の糸口が見え始めた日の出来事だった。
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