17. ゲーム中盤、配布されたアイテムは……?

 『パンドラの家』プレイ開始から、二週間が過ぎた頃。

 日付は五月の中旬を迎え、冬の冷たさを残す四月の陽光は大分暖かみを増していた。

 小絵が、「今日は良い天気ですし、外でご飯を食べましょう!」とメッセージを寄越してきたため、俺と片瀬は学食で買ったサンドイッチを手に、校庭へ足を運んでいる。

 俺は手近な丸テーブルへツナサンドとグレープフルーツのペットボトルを置き、口を開く。


「そっちはどうだ、調子?」


 小絵はハムとチーズが挟まれたパンを食べながら、答える。


「まー、ボチボチですかねー。『パンドラ』は情報戦というか、限られたライフとアイテムでやる個人戦なので、なかなかにスリリングですし」

「確かに普通のアプリゲーと違って、下手に情報共有したら、何でもありになっちゃうからな」


 俺はそう答えながら、ペットボトルを口へ含んだ。

 もちろん、落ちるアイテムの情報はネットにアップされ、運営もそれを禁止していない。

 その情報を共有し、みんなでワイワイ推理するのが本来の楽しみ方なのだ。


「史也は何か出た? いいの」


 レタスサンドを食べていた片瀬が俺に問う。

 ピリ辛ソースが苦手だったのか、酸っぱい顔をしており、俺はちょっと笑いながら答えた。


「たまには俺だってSSR、引くって。なかなかいい情報を得られたな」

「ほほう、気になりますね! 差し支えない範囲で教えてもらっても?」

「んー、内容を教えなければ、何が出たていどは構わないか。……出たのは携帯の利用明細だ」


 俺の答えに片瀬が目を丸くする。


「え、それ、すごいいいやつじゃん」

「そ、そうですね。先輩にあるまじき神引き……。家族全員の明細が見られたんですか?」


 小絵の質問に俺は肩を落として返答した。


「その辺りは上手く虫食い状態になってて、家族構成は分からなかった。多分、運営的にはあくまで、『状況証拠から推理してね?』ってことなんだろうけど」


 片瀬は口元をもごもごし、小絵は腕を組んで少し考える。


「私もそう思う……かな。水道料金とか、ガス料金とかも出て来たけど、これだ! って断言できるほどじゃない」

「健康診断の結果まで出てビックリしましたが、身長や体重は隠されてましたし……。『うん、お父さんが健康なのはいいことだ!』って思ったていどです」


 小絵の言う、『お父さんが健康』という情報はもちろん大事だ。

 だが重要なのは携帯の使用状況、水道光熱費、食費などの情報から、『家族構成とプロフィールを予想すること』だから、それは見失わないよう気を付けなくてはならない。


「情報が少ないと歯がゆいものはあるけど……なんか、これはこれで楽しくもあるよな?」


 俺の発言に、小絵は苦笑しながら頷く。


「そうですね。運営の性格の悪さが出てて、『トリリ』らしいなーって感じがします。人間、何を欲しがるかより、何をどうやって捨てるかの方に個性が出るってことかと」


 その感想に片瀬が首を傾げて見せた。


「らしいって、どういうこと?」

「『ジャック・ボックス』の時もそうだったけど、『トリリ』の運営が直接関わってるゲームって、結構癖が強いんだ。ライトユーザーだけじゃなく、コアなゲーム好きにも応えられるのをリリースすることがあって」

「あー……、確かに」


 小絵がパックのミルクティーを飲みながら、続ける。


「『トリリオン』は、アメリカで1兆。英国で100京 って意味なんです。つまり、『なんでもありますよ!』ってタイトルでアピールしてるってことですね」

「だから、『トリリオン・マテリアルズ』なんだ?」

「ゲーマーとしては楽しいゲームをリリースしてくれるなら、何でも来いなんだけどな」


 俺の指摘に小絵が、「はぁぁ」と重いため息をこぼした。


「う~、だから運営に媚を売りたくもなるんですよぅ。アクティブユーザーが多いってことは、それ自体がすごい魅力ですから……」


 小絵の嘆きは切実で、それだけに動画投稿って大変なんだなあと実感してしまう。

 俺はその頭を、ぽんぽんと撫でながら苦笑した。


「ま、素材提供くらいはするから、ほどほどに頑張ればいいんじゃないか?」

「それは嬉しいですし助かりますけど、いつか企業から提供案件とかもらってみたいです……」

「また夢みたいなことを……」

「でも、やってみないと分からないですし。作ること自体の楽しさもありますから!」


 その言葉に俺は少し手に力を込めて、ぐしぐしと頭をもう一度撫でた。

 小絵はくすぐったそうに少しだけ目を細めたが、やがて、ばっと顔を上げる。


「はいはい、気軽に触らないで下さい~。事案ですよ~、事案~!」


 片瀬はそんなやり取りを静かに笑いながら見ていたが、やがてこちらへ視線を向けた。


「そういえばさ、そろそろじゃない?」

「え? ああ、アイテム配布か」


 ゲームも三分の二を消化し、後は出揃った情報から予想を立てる段階へ入っている。

 そこへ運営から、一定の条件をクリアしたプレイヤーへ送られる、『配布アイテム』があると告知されたのだ。


「最後のテコ入れって感じですねー。配布ですから、そこそこ重要なものだとは思いますが」

「ごめん、それなんだけど、配布ってどういうこと?」


 片瀬の素朴な問いに俺と小絵は一瞬固まってしまう。

 だが普段ゲームをやっていない人間から見れば、当然の疑問なので俺が答えた。


「アプリゲーって、イベントに合わせて限定キャラクターやアイテムをプレイヤーへ配布することがあるんだ。全部タダってケースもあるし、条件を満たさなきゃいけないのもある」

「じゃあ、『パンドラ』は後者?」

「ああ。目的としては小絵が言った通り、テコ入れかな。今回だって、『限定アイテムの配布がありますよー』って告知があったから、ログインしてるプレイヤーもいるだろうし」

「あー……大人の事情?」

「片瀬さん!? 良心です! ゲームをより楽しんでもらおうという運営の良心ですから!」


 バッサリの発言に俺も内心の動揺を隠せないが、まあ、そこは個人の感想と言うか解釈だ。


「せ、せっかくだし今、確認してみるか? 配布にしては難しい条件だけど、俺達はずっとやってたわけだし!」

「そ、そうですね! みんなもらえるなら、隠す必要もありませんし!」


 俺達はそう言い合って、スマートフォンを取り出す。

 アプリを開き、ミッションをいくつかクリアすると配布アイテムが送られてきた。


「なんだろな、限定アイテムって」


 ちょっとドキドキしながら俺はアイテムを確認し次の瞬間、言葉を失ってしまう。

 片瀬は意味がよく分かっていないのか、ぽかんとし、小絵は青ざめていた。

 無理もない。

 だって、そのアイテムは、次の内容のものだったから。


『血に濡れた家族写真』


 震える指先で詳細情報を調べると、『父親の写っている箇所が破られ、血が滲んでいる』という物騒なメッセージが表示された。

 ネットの反応を気にしつつも俺は、愕然としてしまう。


「何考えてるんだ、運営は……」


 横へ視線を向けると、小絵はテーブルに突っ伏し、片瀬も困惑した表情で目を閉じていた。


「むちゃくちゃしてくるな、『トリリ』も……。でも、これで状況は大分変わったな?」


 その指摘に小絵が、「そうですね」と神妙に答える。

 だが片瀬は、まだぽかんとしていていたので、俺が補足した。


「極論ではあるけど、こんなものが出て来たのなら、『家』の中で何かあったってことだよな?」

「う、うん」

「このゲームはリアルタイムで進んでる。つまり、ゲーム開始からこのタイミングでのアイテム配布、そして終了まで運営には用意した、『シナリオ』があるってことだ」

「あ、そっか。なら、今まで出て来た情報の意味も……?」


 小絵が下唇を少し噛んで頷く。


「変わります。例えば、『お父さんが健康』とか。無事が保証されている状況ではないので」

「……うわー」


 片瀬は若干引いた様子で、俺も苦々しい感情を覚えながら、頭を掻いた。


「情報の見直しは必要だな。リアルタイムで何かが起こっていたのなら、意味が変わるアイテムもあるだろうし。とはいえ、性格が悪い。だからジャンルを、『推理』にしたのか……」

「あー……」

「完全に嘘を言っているわけではない辺りに、嫌らしさを感じますね……」


 二人は苦い表情でそうこぼすが、俺はふと気づいたことがあり、口元へ右手を当てて考える。


「いや、でも、ならなんで配布……? そもそもこのゲームは……?」


 その呟きに片瀬と小絵は不思議そうな視線を向けてくるが、俺は答えないまま思考を巡らせた。

 だが結論が出る前に予鈴が鳴ったので、俺は首を横に振って腰を上げる。

 二人もそれにならい校庭から校舎へ向かって歩き、俺は思う。

 ゲーム名、『パンドラの家』。

 そのコンセプトは有名な神話である、『パンドラの箱』だろう。

 絶対に開けてはいけないという『箱』を与えられた、『パンドラ』という女性がいたが、好奇心に負け、結果的にそこから出て来たあらゆる厄災を世界へばらまいてしまったという物語。

 そして最後、『箱』に残っていたのは、何だったか……?

 アプリのトップ画面に映る、『箱』に見立てられた白い一戸建て。

 そこからドロップされるアイテムの意味と一週間後、訪れる結末。

 俺は一度だけ立ち止まり再び、呟く。


「やっぱり、キーポイントは配布ってところだよな……。それがどうしても……」


 だが、その言葉は二人の耳へ届くことなく、青さを淡く滲ませる五月の空へ消えていった。

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