12. ゲーマーの性を突き詰めた先で

 ゲームスタートの宣言と同時に四人が曲のアイコンをタッチし、画面の上から下へ向かって、五線譜が敷かれる。

 そしてそこから滝のように音符が流れ出し、俺達はそれに合わせて左右の親指を操作した。

 さすが最高難易度だけあって主旋律をそのままとか、そういうことはなく、曲のテンポも高速で、一度でも指運びを間違えれば修正は不可能だろう。

 だが、その中にあって。


「お、おおぅ。こ、これは噂に違わぬというか……!」


 小絵が自分のスマートフォンとタブレット端末を交互に見ながら、片瀬のプレイに驚嘆する。

 征士も息を飲んでいて、俺もそれは同じだ。

 普段のやり取りや佇まいと変わらない、自然な指運びと対応。

 やや目を伏せているが、姿勢はぴんと伸びて真っすぐだ。

 淡々と譜面をなぞっているだけなのに、降り積もる雪のように雰囲気は静けさで満ちている。

 判定もノーミスのパーフェクト。

 俺と小絵がそれに続き、一つミスを挟んで征士が追う形となっているが、このゲームの肝は後半だ。

 ギミックの、『ジャック・ボックス』にどこまで反応、対応できるのかが勝敗を分ける。


「うわ、うわわ! なんですか、なんですか、コレ……!」


 突然、流れて来る音符が大きくなったり、小さくなったりして、小絵は慌てふためく。


「く……!」


 俺の口からも思わず、苦い声が漏れてしまう。

 大きさだけではなく、音符の色、タッチした時の効果音もがランダムで変化し、自分の中で作り上げていたテンポが狂わされる。

 音ゲーというのは、リズムをどこまで正確に取れるのかが、大きな意味を持つ。

 だから事前に反復練習しておくことが大切なのだが、『ジャック・ボックス』においては、時としてそれが仇となる。

 臨場感を味わえるといえばその通りなのだが、やはりシビアだ。

 ふと、俺は片瀬の表情を盗み見てしまったのだが、


「……ん」


 と吐息を一つ漏らしただけで、後は淡々と対応し、小絵と征士は改めて目を剥いていた。

 『見えて』いるのか、いないのか俺には分からない。

 だからこそ、惑わされず自分のプレイに集中することが大切と俺は考え直し、指先へ注意を払う。

 そして次の、『ジャック・ボックス』が発動する。


「うお……!?」


 思わず、俺は引きつった声を漏らしてしまった。

 上から下へ敷かれていた五線譜が、急に画面の奥へ向かい、倒れるように変化したのだ。

 急激な遠近感の変動に、頭がずきりとする。

 流れて来る音符の速度に変化はないが、こうも視覚的な仕掛けが続くと、単純に脳みその処理が追い付かなくなる。

 実際、小絵と征士はいくつかミスを出し、コンボが途切れてしまったようだ。

 その一方で、片瀬の指運びは明瞭で迷いがない。

 そして最後の、『ジャック・ボックス』が発動した。


「な、なんだこりゃ……!?」


 俺は思わず呻く。

 今度は五線譜自体が立体の上下、奥行きの区別なく動き出したのだ。

 今まで直線だと思っていたものが曲線となり、こちらの判断を搔き乱す。


「む、むちゃくちゃしますね……! さすが、『トリリ』!」

「どんなプログラム組んでるんだ……? 嫌がらせに命かけてやがるな……!」


 小絵と征士の驚いた声が耳へ届くが、俺にリアクションを返す余裕はない。

 片瀬も珍しくしかめっ面を浮かべていたが、それを見た瞬間、俺の脳裏を何かが過ぎり、胸が強い痛みを訴える。


「え……?」


 思わず間の抜けた声が漏れてしまったが、その感覚は痛切だ。

 何かとても大切なことのような気がして、原因を探ろうとしてしまうが、目の前のゲームがその時間を与えない。


「って、集中! 集中!」


 俺はそう自分に言い聞かせ、慌てて現実へ立ち戻る。

 何とかコンボが途切れないまま来られたのは、普段の練習と譜面の確認の賜物だろう。

 譜面を見ていて気付いたことだが、どんな、『ジャック・ボックス』が発動しても、クリア不可能であったことはなかった。

 指運びと音符の数は、努力を重ねれば対応できる範囲内に収まっている。

 陸上においてフライングの反応速度の基準が「0.1秒」と定められ、それが医学的な根拠によるものだから、ゲームでもやれるでしょ? ていどの配慮ではある。

 正直、「開発者の性根が歪んでいる」とも思わなくもないが、クリアできるというのなら、やってみせたくなるのがゲーマーの性だ。

 だから、それを突き詰めれば、『見える』彼女にも勝てるのではないか、というのが俺の戦略だったのだ。

 そして目まぐるしい、『ジャック・ボックス』と曲は終わりを告げる。


「……っは」


 声にならない苦悶を漏らし、俺は木造の屋根を仰いで、ぐったりとしてしまう。

 片瀬の横顔にもやや疲れが見られ、小絵と征士は苦虫をかみ潰したような顔だ。

 少し間を置き、俺は覚悟を決めた口調で、タブレット端末に表示されている結果を確認する。

 俺、片瀬はノーミス、小絵、征士はいくつかのミスを挟み、スコアは順に以下の通りだ。


『1199432』

『1200567』

『1179341』

『1145897』


 その画面を見た小絵が不可解そうな表情になる。


「あれ? 先輩と片瀬さんはフルコンボなのに、スコアに差が……?」


 俺は一度、下唇を噛んだ後、答えた。


「777コンボは同じだけど、『Perfect』の数が一つ違う。俺は、その分、『Great』だから」

「う、うわー、壮絶ですね! 初見でこれだけできるっていうのもビックリですけど!」


 征士が口元を引きつらせて、問う。


「し、しかし、マジで片瀬はゲーム初心者なのか? ちょっと、信じられねえぞ……?」


 小絵と征士の指摘を受け、片瀬は再び、居心地が悪そうに肩をすくめてしまう。

 二人のリアクションは至極真っ当だ。

 あのガチャもそうだが、目の当たりにすると信じられないというのは当然だろう。

 とはいえ、片瀬は結果を過度に持ち上げられて喜ぶタイプでもない。

 そう思った俺は再び、ぱんと手を叩いて見せる。


「二人共、負けた方が勝ったやつに口を出すのは」


 俺の言葉を受け、小絵と征士は表情を引き締めた。


「そ、そうですね、野暮でした。いえ、すごいものを見てしまって、つい!」

「史也の言う通りだな。単純に、片瀬の方が上手かったって話だ。そして勝負の世界じゃ、それが全てだしな?」


 やがて二人は、にっと勝気に笑って見せる。


「なら次のゲームにも期待できますね~! いや~、これは楽しくなってきましたよ!」

「史也に食い下がれる……って逆か、勝てるやつは初めてだから、俺も熱くなってきたな!」


 拳を握る二人に対し、片瀬は困惑気味で俺は思わず苦笑してしまう。


「いろいろ聞きたいこともあるけど、今は……いいか。それにしても」


 そして俺は疲労の滲むため息を吐き、誰にも聞こえない声で小さく呟く。


「譜面を覚えても勝てない……か。どうすればいいんだ? これは……」


 排出率0.5パーセントのガチャを100パーセント引く彼女に勝つ方法は、想像していたよりずっと遠くにあるのだと痛感し、俺は下唇を噛むことしかできなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る