8. 手品師のビックリ箱
「『マジシャンズ・ジャック・ボックス』……? それがゲームの名前なんだ?」
やがて迎えた放課後の屋上、給水塔の元にて。
春の澄んだ青空の下、スマートフォンを見せると隣に座る片瀬は身を乗り出し、画面を覗き込んで来る。
その接近に俺は心臓が高鳴るのを感じつつ、一つ空咳を挟んだ。
「ああ。『マジシャン』はそのまま、『手品師』で、『ジャック・ボックス』の方は、『ビックリ箱』って意味だな」
「……ええと、じゃあ、『手品師のビックリ箱』?」
「そういうこと」
「ふうん?」
彼女は曖昧な反応を示し、俺は話を先へ進める。
「『トリリ』、ダウンロードしてくれたか?」
「うん。昨日の夜、少し触ってみた」
片瀬はそう答え、ブレザーのポケットからスマートフォンを取り出した。
「いろいろあるんだね。トランプとか、花札とか、チェスとか」
「そういう、みんな知ってるゲームで遊んでもいいし、別途、オリジナルのゲームをダウンロードしてもいいのが、『トリリ』の特徴だな」
「その中にあるんだ、『ビックリ箱』」
「ああ。通称は、『ジャック・ボックス』で、ジャンル分けすると音ゲーだ」
「音ゲー?」
片瀬が首を傾げたので、俺はアプリを操作し、『ジャック・ボックス』を立ち上げる。
すると画面に楽譜などでよく見られる五線譜が横へ流れ、ゲームタイトルが現れた。
画面をタッチすると少年と少女のちびキャラが姿を見せ、『プレイしたい曲を選んでね!』というメッセージが表示される。
「へえ、結構ポップな感じなんだ」
「幅広くってことだろうな。音楽もオリジナルで作りはシンプルだけど、よくできてると思う」
片瀬が画面に触れ、曲の数や難易度などを確認しながら、問う。
「じゃあ、最初の勝負は、これ?」
「……俺が勝手に決めちゃってる感じがして、気が引けるけど。多少、経験者だし」
そう答えて肩をすくめると、彼女は静かに微笑んだ。
「ううん、いいよ。選んでもらってる身だし、私」
「じゃあ、とりあえず一曲やってみるから、それで判断して欲しい」
「ん」
そして俺は難易度がそこそこで、『トリリ』のゲームとしての特色が出ている曲を選ぶ。
するとステージにきらびやかな衣装を着たキャラクター達が現れ、曲の開始と共に、ダンスを始めた。
耳元で片瀬が、「おぉ」と吐息を漏らすのがくすぐったくて、集中が乱れそうになるが、努めて画面へ視線を落とし、紛らわす。
やがて画面上の五線譜がステージの奥へ伸び、曲に合わせて線の上を音符が下りて来た。
「あー、なるほど。手前まで来たら、音符を指先で叩くんだ?」
画面をより近くで見たいのか、グッと彼女は身を寄せる。
朝とは違う柔らかい雰囲気とシトラス系の香りに、俺は「クラッ」としてしまう。
これはこれで妨害行為だと感じつつも、口にはしないし、できない。
「そ、そう。で、しばらく進むと、『ジャック・ボックス』が発動する」
意味深な俺の発言に、片瀬は首を傾げたが、今は続きを見てもらう他ない。
やがて、『ジャック・ボックス発動!』というホップアップが表示され、次の瞬間、画面上部の半分が黒いスモークで覆われてしまった。
結果、流れて来る音符へ反応するための時間も半分となり、難易度も上がるという仕組みだ。
「これはまだ楽な方。ランダムの時間経過で、次が来るから」
「え」
片瀬が戸惑いの声を漏らした時、五線譜が危険な状態の心電図のように不規則に揺れる。
「う……これは見づらい」
俺は眉根をしかめつつ、それに対応し、ふと片瀬の様子を見やる。
彼女は沈黙し、画面の動向に注目しているようだった。
瞳は凪いだ海のように静かで、頬にわずかな緊張を湛えつつも、強い動揺は見られない。
不可侵の静寂を湛える姿は、声をかけるのもためらわれるほどだ。
「史也、なんかきた」
「え? あ、ああ」
不意の声に驚きつつも、俺は次のギミックを確認する。
手元の音符を叩く地点が上下に忙しく動き、それへの対処に追われてしまう。
不完全な視野に不揃いなテンポを重ねた嫌がらせだったが、曲自体がそれほど難しくないものだったので、何とかノーミスでクリアする。
そして、『フルコンボ! おめでとう!』というメッセージが出て、スコアが表示された。
そこまで来てようやく緊張を解き、一つ息を吐いた俺へ片瀬が言った。
「すごいね。ノーミス」
「大分、練習した曲だからな。でも、これでどういうゲームなのか分かってもらえたと思う」
「うん。単純に音符を叩くだけじゃなくて、中盤から出てくる、『嫌がらせ』に対応できるかが肝のゲームなんだね。……手品師というより、詐欺師じゃない?」
「まあ……強くは否定しない。ちなみに、『嫌がらせ』で何が出るのかもランダムだ。難易度によって、最大三回まで出る。プレイヤーの腕に依存するところが大きいってことだな」
だから、そういう意味で彼女の、『未来を見る』力が、有利に働くことは間違いない。
そして、それとどう戦うのかが俺の課題になるというわけだ。
片瀬は俺のスマートフォンを見つめ、いろいろな項目を確認している。
単純に音符を叩くだけではダメで、判定も、『Bad』、『Normal』、『Good』、『Great』、『Perfect』がありスコアに影響することなど、意外と細かな点も気になっている様子だ。
そうして、彼女がひとしきりシステムを確認した後、気になっていたことを俺は問う。
「ところでさ、さっきの曲の間だけど、『先』は見えていたのか?」
「え? あー……、ううん、見えてない。何も感じなかったし」
「そうなのか? 集中してたし、分かってるのかと思ってた。何をどうしたら、『見える』ようになるとか条件があるのかなーって」
「あんまり意識したこと、ないよ。自分でもいつ、『見える』のか、分からないから」
「予想できない天変地異みたいだな。なんか、却って大変そうだ」
俺の指摘に片瀬は苦い笑いを見せ、右手で左腕の肘を撫でた。
その仕草が何だか寂しそうに見えて、俺は自身の発言が軽はずみなものだったと気付く。
もし、それらの体験が彼女の『日常』であるなら、それを『天変地異』というのは、ひどく突き放した言い方のように思えてしまったのだ。
目を伏せ、自分のスマートフォンに、『ジャック・ボックス』をダウンロードする片瀬の横顔はいつも通りだが、俺は却って苦い感情を味わってしまう。
だから、努めて強気な口調で俺は言った。
「ま、まぁ、それでもやりようはあるけどな?」
「え?」
「さっき、見ただろ? 『嫌がらせ』が何であれ、練習していれば対応はできる。片瀬にこのゲームを持ちかけたのだって、それが理由だし」
彼女はしばらくきょとん、としていたが、やがて、「くすっ」と軽い余裕を見せて笑った。
「へぇ、その条件なら私に勝てるって?」
「もちろん。勝てない勝負を吹っ掛けるほど暇じゃない」
「おー、いうじゃん」
そしてスマートフォンへのダウンロードが終わり、片瀬は不敵に笑って見せる。
「いいよ、その勝負、受ける」
「決まりだな。勝負内容は、そうだな……」
俺は腕を組み、しばらく考えた後、右手の人差し指を立てて提案した。
「勝負は二週間後。『ジャック・ボックス』でデイリーミッション……その日の課題曲を、最高難度でプレイ。より高いスコアを出した方が勝ち」
「いいね、ランダム要素があって、盛り上がる。慣れておくよ、それまでに」
「片瀬には馴染みのないジャンルかもしれないが、泣き言は言わないよな?」
「もちろん。そっちこそ、負けた時の言い訳にはしないように」
そうして俺達の最初の勝負のジャンルが決まり、勝負は二週間後となった。
俺は口元に右手を当て、どう勝つかに思いを巡らせるが、背筋に冷たい汗が流れている感覚を誤魔化すことはできなかった。
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