第二章 『マジシャンズ・ジャック・ボックス』

7. 初心者おススメのゲームって、何だろう?

「うわぁ、本物の地獄じゃないですか! ああ、わたしもその場に居合わせたかった……ッ!」


 その日の昼休み。

 腹を空かせた生徒達が賑わう食堂で、俺の正面に座っている小絵は悔しそうに拳を震わせた。

 ブルーベリーのサンドイッチとミルクティーを味わいつつも、目下の興味は朝の出来事にあるらしく、こちらを見て先を促すばかりだ。

 俺は塩ラーメンのほうれん草を口へ運びながら、答えた。


「不謹慎なことを言うんじゃない。針のむしろもいいところだったんだからな」


 俺の隣に座り、カツカレーを頬張っていた征士が声を上げ、愉快そうに笑う。


「すげー頬が引きつってたもんな、史也。嬉しそうな顔くらい見せてもよかったんじゃねーか?」

「征士は同じクラスなんだから、止めろっての。……実際、女子に問い詰められた片瀬だって、困ってた」

「あー……、まあ、そうだな。あんなの見せられたら、根掘り葉掘りは無理ってもんだ」


 意味深な征士の言葉に、小絵は小首を傾げた。


「どういう意味です? 誤解は解けなかったんですか?」


 征士は一度、コップの水を口へ含み、やがて答える。


「その場で女子達が尋ねたんだよ、『片瀬さん、市倉と付き合うのッ!? どうして!?』みたいな感じで」

「あははっ、さすが所かまわずプレイヤーランキングに爪痕残して行くゲーム廃人ですね! 信頼度がセージさんとは大違い!」


 俺が苦虫を嚙み潰したような表情で、「やかましい」と突っ込んだ後、征士は続けた。


「そしたら片瀬、居心地悪そうに俯いて、何も言わなくなっちまって」


 そしてクラスに、「しまった」という気まずく、重い沈黙が落ちたというわけだ。

 小絵はおどけた調子を少し消し、手の平でミルクティーのペットボトルをもてあそぶ。


「……まあ、軽音部の新部長とか、サッカー部の先輩とか、察して余りある部分はありますしね。デリケートな部分へ踏み込まれて、愉快な人はいません」


 満面の笑みで試合観戦を望んでいたやつが何を言うかと思ったが、俺も心の中で同意する。

 征士が空になったカツカレーの皿を見やりながら、腕を組んだ。


「何でもかんでも恋愛事にされるのは、確かにいいもんじゃないからな。片瀬ほどになると、そういうのが日常なのかもしれねーし」

「確かに、傍から見るだけじゃ分からない、本人だけの辛さはあるのかもな……」


 思わず呟いてしまった俺の言葉に、小絵と征士が不思議な顔をする。

 今、俺が言ったのは例の、『予知』とか『予見』の方のことだから、通じなくて当然だ。

 けど、そんな感じで、『特別』と『日常』の境目なんて曖昧なものなんだろう。

 だからこそ、他人に面白半分で踏み込まれたら面白くないというのも頷ける。

 俺はコップの水を一口飲んで、続けた。


「ま、妙な誤解はされずにすんだわけだし、結果オーライだろ」

「それは構いませんが……。先輩、一つ聞いていいですか?」

「ん?」

「実際、先輩と片瀬さんって、どう知り合ったんです? 単純に疑問なんですが」

「あー、確かに。全く接点がなかったのに、一緒にゲームは俺もビビった。なんかあったのか?」


 麺を啜る俺の箸が一瞬止まったが、事前に用意してあった答えを口にする。


「少し縁があって、俺が声をかけたんだ。だから朝の件で責任があるとしたら、俺の方」


 その解答に二人は手を止め、少し考えた後、小絵が神妙な口調で言った。


「……なるほど、全部は話せないけど、何かあったら泥を被せて構わないぞ、と」

「そこまで極端じゃないって」


 実際、いろいろ考えたのだが、この辺りが妥当な言い方だろう。

 昨日、昼休みの教室で俺が片瀬に声をかけたのを見ていた女子生徒は何人かいる。

 一方、コンビニで話していた……というかガチャを回していた俺達を見た生徒はいない。

 証言の多い方を事実だと言い張った方が、説得力があるというだけのことだ。

 征士が背もたれをギシギシ言わせながら、呟く。


「俺としては、『少しの縁』の方が気になるが、それこそ下世話ってやつか?」


 俺が苦笑気味に肩をすくめて見せると征士は、パンと強めに手を打つ。


「了解。史也には借りがあるしな、そんな不躾なことはしねーよ。な、小絵?」

「わたしは先輩に恩なんてありませんし、感じてもいませんし、首突っ込みますよぅ」


 俺は机越しに小絵の頭を上から無言でアイアンクローして、力を込めた。


「いたたッ!? ちょっ、何するんですか! 髪が乱れますっ!」

「付き合いのある身としては、俺の方こそ、少しは慎みを覚えて欲しいんだが!」

「慎んでますよぅ! ただ、先輩は例外なので、タガを外してるだけなんです! いたたっ!?」


 より力を込めたせいか、小絵の表情が歪み、俺はやがて手を離す。


「まったく、恥じらいも何もあったもんじゃないな、小絵は……」

「恥じらいとゴシップは乙女の華です! ゲームオタクの先輩には分からないかもですが!」


 小絵は唇を尖らせながら、そんなことを言い、征士が声を上げて笑った。


「反省もへったくれもねーな! 高一の春で、それだけ言えるってのも大したもんだ!」


 俺は残ったラーメンを口へ運びつつ、ため息をこぼす。

 まあ、なんだかんだで、この二人が今の会話を他言することはないだろうし、クラスメイトの誤解も解けたはずだから、一安心といったところだろうか。

 そして背もたれに身を預け、『トリリ』で選ぶ最初のゲームは何にすべきかを考える。


「片瀬は初心者だけど、いろいろと破格だからなあ。何がいいんだろ……?」


 その呟きを聞いていた小絵と征士は、また不思議そうな表情を見せたが、一方の俺は予鈴が鳴るまで頭を悩ますことしかできなかった。

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