4. 三回来たビックリって?

「じゃあ、そろそろ教室へ戻るけど」


 しばらく、ぼんやりと四月の青空を見上げていた片瀬が腰を上げる。

 時間を確認していなかったから、今が何時なのかは分からない。

 けどグラウンドに響いていた生徒達の歓声は消えているし、もう午後の授業が始まる時刻なんだろう。

 背中を向け、ドアノブへ手を掛けた彼女の姿が消える直前に、俺は意を決して声をかけた。


「ごめん、片瀬! 実はもう一つ、頼みごとがあるんだけど……!」


 片瀬は少し驚いた様子だったが、どこかほっとした表情で振り返る。


「……うん、何?」

「今度、友達と一緒にゲームで勝負をしようって話してるんだけど、片瀬も参加してみないか?」

「えっ?」


 その提案が意外だったのか、彼女は目を丸くする。


「ゲーム仲間でさ、話題作があったらいつも集まってるんだ。俺を含めて三人なんだけど、できればもう一人、欲しくて。片瀬が参加してくれるなら、二人共喜ぶと思う。二、三か月時間をかけて、三番勝負」

「ゲームを三つやるってこと?」

「そう。ただ、ガッツリやり込むやつは選ばない。他の二人も忙しいし、一日五分でできるサブゲーで勝負って感じだな」


 サブゲーのイメージが湧かなかったらしい片瀬が、「ううん?」と首を捻ったので、俺は右手の人差し指を立て、説明した。


「手頃なイメージだと、トランプのババ抜きとか、七並べとか。かるたや福笑いでもいい」

「難しくなくて、すぐ終わる?」

「そんな感じ」


 彼女は少し思案し、やがて何かの疑問に突き当たったらしく、こちらへ視線を向けて来る。


「じゃあ、今日は私をゲームに誘うことも考えながら、教室で声をかけたんだ?」

「うっ!? そ、それは……」


 痛いところを突かれ、俺は言葉尻を濁してしまう。

 もちろん一番気になっていたのはガチャについてだが、実際に話をして、誘ってみたいという気持ちが強まったのも事実だ。


「……まあ、うん。そう」


 だからこそ、俺の口調が曖昧なものになってしまう。

 客観的に見たら、随分踏み込んだことをしてないか? という疑問が頭に浮かんでしまったからだ。

 ちらり、と片瀬へ視線を向けると、教室で会った時より少しは柔らかな表情でこちらを見てくれている。

 けど不安もあるはずだから、俺は俺の意思をちゃんと伝えておきたいと思い、口を開いた。


「な、何より、片瀬とゲームできたら楽しいだろうなって、思うからさ」

「えっ……?」

「あ……」


 慌てていたとはいえ、予想外にストレートな言葉が出てしまい、俺はさすがに恥ずかしくなって手で口を塞いでしまう。

 一方の彼女も面食らった表情を浮かべたまま立ち尽くしており、俺は戸惑いながら弁解する。


「す、すまん。急に、変なこと言った」

「え、ううん。……短い間にビックリが三回来たから、ちょっと」

「三回? ビックリ?」

「……んー」


 彼女は曖昧なリアクションを示しつつ、やがて目元をちょっと緩めて答えた。


「まあ、それは気にしないで。……とりあえずどこへ行けばいい?」

「え?」

「その二人と会うんだよね? なら、校内?」


 片瀬の反応に俺は胸を撫で下ろしながら、首を左右に振る。


「いや、学校の近くに市民公園があるのは知ってるか? そこで落ち合う約束になってる」

「ああ、あそこ。……うん、分かる」

「じゃあ、放課後、そこで顔合わせしよう。二人に連絡はしておくから。参加するかの判断もその後で構わない」

「ん」


 彼女は頷き、やがて少し神妙な声音で問う。


「三番勝負……なんだよね? 十番じゃなくて」

「あ、ああ。それだと夏越えるし。……十番だと何かあるのか?」


 俺の返答を受けた片瀬は、わずかに寂しそうな表情で目を伏せた。


「……ううん、なんでもない。少しね、聞いておきたかっただけ」


 俺にその質問の意味は分からなかったが、彼女はそれで気が済んだらしく、背を向ける。


「じゃ、放課後に。……またね」


 片瀬は言外に何かの意味を秘めた間を残し、屋上から去って行く。

 思わず胸に動揺が走ったが、追い立てるように予鈴が鳴り、俺も急いで屋上を後にしたのだった。

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