3.  気持ち悪いって思う方が、普通じゃない?

 10連、20連、30連は大した成果もなく淡々と進んだ。

 原則として確定演出がなければ、ピックアップのキャラクターが出ることはほとんどない。

 俺はその合間を縫って、画面へ視線を落とす片瀬の横顔を、そっと覗き見る。

 彼女の瞳は凪いだ海のように静かで、冷たさすら感じさせる眼差しに何が映っているのか、俺には想像もできない。

 だからつい、


「……集中してる、のか?」


 と率直な気持ちを口にしてしまう。

 聞こえていたのかは不明だが彼女は少し顔をしかめ、無言のまま40連目を指先で促した。


「あ、ああ。分かった」


 俺はその表情にちょっと引っ掛かるものを感じつつ、「集中して分かるものなのか?」と呟く。

 集中という誰にでもできることで、誰にもできない結果を出せるというのなら、それが片瀬の才能なのかも知れないが……?


「まあ、その辺りの判断はこのガチャ結果によって……だな」


 彼女は一度、視線を上げて首を傾げたが、俺は苦笑して次の50連を回そうとする。

 だが、その時、


「……ううん、三秒後の方がいい」


 と不意に淡々と告げられ、俺の心臓は強く高鳴った。

 昨日は突然だったから状況を理解できないまま、勢いで回してしまったが今日は違う。

 ここで出る結果ができる、できないの明確な分かれ道となるのだ。


「……にー、いち」


 片瀬がカウントダウンし、俺の指先が震える。


「ぜろ」


 その声と共に俺は画面をタッチし、次の瞬間、目を見開いてしまった。


「マジか……?」


 俺の口から呆然とした声が漏れ、ガチャ演出が期間限定ピックアップのものへと変わる。

 緑豊かな大樹の葉が揺れ、その背後の空では鮮やかな虹が弧を描く。

 巻き上がる風に煽られた葉が舞い、画面前に落ちて来たが、その中には虹色に輝くものがあり、息が苦しくなるほどの緊張を覚えてしまった。

 一つ一つ結果が明らかになり、いくつかの装備を挟んだ後、虹色の葉が輝いて現れたのは、俺が一番推しているキャラクターだ。


「……っ!」


 再び脳裏に排出率0.5パーセントという数字が過ぎり、言葉を失う俺へ、片瀬は戸惑いと不安の滲む声音で言った。


「えっと……よかったんだよね?」

「あ、ああ、もちろん! ビックリもしてるけど、何よりめちゃくちゃ嬉しいから! 俺、普段ガチャ運悪くてさ、石は貯めたけど出ない覚悟もしてたんだ!」

「う、うん?」

「よかった……! キャラとしていてくれるっていうのは、やっぱ装備と全然違うからさ!」


 拳を握り、喜びを爆発させる俺へ、片瀬は苦笑いを見せている。

 若干引いているのも分かるが、彼女には感謝こそすれ、とがめるのはお門違いだろう。

 空はいつもより広く、青く見え、さっきまで不安を煽っていた屋上の風が心地いい。

 そしてひとしきり世界の解像度が上がる喜びを噛み締めた後、片瀬が静かな口調で俺へ問いを投げかけた。


「それで、何か分かった?」

「え?」


 彼女は、隣に座る俺を真っ直ぐに見つめている。


「ただ見てたって感じじゃなかったから」

「あ、あー……。そう、だな……」


 回す際、気付かれないように横顔を見ていたつもりだったのだが、バレていたらしい。

 流石に気恥ずかしかったが明確な答えが出た以上、それは話すべきだと思い、口を開く。


「結論からいうと、片瀬は未来が見えるのかなって思う」


 片瀬は何も答えず、淡々と再度問う。


「……どうして、そう思うの?」


 俺は口元へ右手を当てて頭の中を整理し、一方の彼女は、じっとその仕草を見ていた。


「昨日も今日も明確に、『五秒後』、『三秒後』、そして、『その方がいい』と言っていた。『いつ』と、『何』が来るのかを分かってる感じだな。だから写真みたいにその瞬間が見えてるのかなって」


 片瀬は右手で左腕の肘を撫でながら、不安げな口調で問い返す。


「現実感ないって、思わなかった? バカバカしいっていうか」

「そりゃあ、思った。けど、実際に起こっている以上、他に考えられるケースとなると……」


 俺は自分が苦い表情になっていることを自覚しつつ、続けた。


「片瀬が、『トリリ』のガチャシステム関係者で、データテーブルを把握してて、秒単位で先を管理できる人間ってことになるんだが……」


 俺の見解に彼女は、げんなりとした表情となり、その返答は推して知るべしだ。


「まあ、それはありえない。第一、そうだったとしても、俺に接触して最高レアを出させる意味がない。まるっきり、根拠のない陰謀論じゃないか」

「ネットの信用できない噂だね」

「そういうこと。……だったら、信じたい方を信じた方がいい」


 俺の言葉に片瀬は、「くすっ」と小さく笑う。


「えー、なにそれ。五十歩百歩って感じする」

「二日連続で目の当たりにしたんだ。疑いたくないのは当たり前じゃないか」


 俺がそう言うと片瀬は一度目を伏せたが、やがて上げた顔には、わずかな憂いがあった。

 そして、思い切った口調で俺へ問う。


「気持ち悪いって思う方が、普通じゃない?」

「え?」


 すぐに反応できなかったが、彼女は俯いて膝を抱き、「何でもない」と首を横に振るだけだ。

 それ以上、気軽に踏み込めない雰囲気だったので、俺は努めて話題を少し戻す。


「で、あってた? 予言っていうか、そんな感じで」

「……大体は。けど、写真みたいに見えたこと、ないよ」

「でも、ストレートに五秒後とか言ってたじゃないか」

「それはケースバイケースだから。……はっきりこんな風に見えてるとは言えないよ」

「そ、そうか……」


 その曖昧な表現に俺は言葉を失ってしまうが、それだけ彼女にとって、『未来を感じ取る』という体験が『日常』になっているだけなのかもしれないと思い直す。

 そして隣へ視線を向けると片瀬は少し沈んだ表情を浮かべていたので、俺は口調を和らげて告げた。


「そこまで不安に思う必要はないんじゃないか?」

「……そうかな?」

「少なくとも俺は二度、助けられた。感謝してるし、気持ち悪いとは思わない」


 その言葉を聞いた片瀬は少しぼうっ、とした視線で俺を見ていたが、やがて静かに微笑んで頷く。


「……そう。ありがと」


 その言葉には不思議な実感があったが、その理由を聞けないまま、俺は気恥ずかしさから視線を逸らすことしかできなかった。

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