2. 10連10回の十番勝負
「……ガチャ? 100連?」
少し間を置いた後、片瀬は怪訝そうな口調で問う。
「ああ。昨日とは違うガチャで、絶対手に入れたい期間限定の推しキャラだから、協力して欲しいなって」
「ちょっと待って。……昨日?」
彼女は軽く首を捻り、薄く眉根を寄せる。
「コンビニで会ったんだけど、覚えてないのか?」
「……?」
片瀬は視線を逸らして俯き、不安げに右手で左腕の肘を撫でた。
俺から見ればかなりインパクトのある出会いだったが、彼女にとって、ああいう出来事は珍しくないということ……なのだろうか?
あの時、起こったことに関して、昨晩いろいろ考え、「もしかしたら、こういうこと?」という予想はある。
だが本人が覚えていないなら、そもそも意味がないので、
「ああ、イートイン」
と、片瀬が納得したような表情を見せた時、俺は思わず、ほっとしてしまった。
「スマホ、触ってたヒト」
「あ、ああ。思い出してくれたか」
昨日の今日なのに、妙なやり取りをしているなと思いつつ、話題を先へ進める。
「何が起こったのか、やっぱり気になって。昨日の夜、かなり悩んだんだけど、本人に聞いてみるのが一番いいなって思ったから」
「だから、呼び出した……と。でも、それと100連がどう繋がるの?」
彼女が率直に問い、俺はスマートフォンを数回横に振って答えた。
「何事も実践あるのみだ。何をどうやったら、あんなことができるのか分からないなら、もう一度やってもらおうって」
「えーと、ごめん、ちょっと整理していい?」
片瀬は少し考えてから、口を開く。
「まず、ガチャだけど、何の?」
「いつも遊んでるアプリゲーなんだけど、さっき話した通り、推しキャラの期間限定ガチャが来てるんだ。『ユリカモメの七変化』ってやつ」
「昨日のとは別のゲーム……だっけ?」
「そう。昨日の排出率は0.7パーセントだったけど、今日は0.5パーセント。つまり」
「150分の1だね」
迷いのない口調だったので俺は反射的に、「うん」と答えそうになったが、寸前で思い止まる。
「いや、0.5パーセントは200分の1じゃないか?」
「え?」
彼女は一瞬、きょとんとしたが視線を逸らし、「あー……」という曖昧な声を漏らした。
「そう、それ。200分の1」
「いや今、何をどうしたら150が出て来たんだ? ……まあ、いいけど。で、ガチャを1回引くために使う宝石は300個。この時のために、70連分は無償のものを貯めてあるけど」
「残りの30連分は有償?」
「元々、足りない分はバイトで間に合わせるつもりだったから、予算に問題はない」
「石、3000個は3000円ていど……で、あってる?」
俺が頷くと片瀬は一旦、視線を外し、柵越しの街を見やり、また戻す。
「それなりの金額……だね。100連で出なかったら?」
「家で泣く」
俺の即答に、彼女は理解出来ないものを見たような表情になった。
「そ、そんな顔しなくてもいいだろ。10連10回の十番勝負だと思えば、捨てたもんじゃない」
「えっ」
不意に、片瀬は驚愕の瞳で俺の顔をまじまじと見つめて来るが、特別変なことを言ったつもりもなかったので、思わず戸惑ってしまう。
「今……なんて?」
問いかけるその声は子供のようにたどたどしく、頼りない。
何か、すがるようなものすら感じてしまい、俺は言葉を選んで答えた。
「えっと、10連10回?」
「そこじゃない。そこじゃなくて……」
首を左右に振って目を伏せる片瀬の声は、どこへ向けられているのかも分からないほど、弱々しい。
やがて彼女は顔を上げ、微かな笑みを見せた。
「ううん、ごめん。気にしないで。……いいよ、やる。100連」
「嫌なら、別に無理はしなくても……」
俺の返答に片瀬は、「くすっ」と小さく笑う。
「大丈夫。別に、私の懐が痛むわけじゃないしね?」
その声音には悪戯っぽい響きもあったので、俺は安心して頷いた。
「ああ。もし出なくても、またバイトして、許される限りで課金すればいいだけだからな。まあ、半分くらいは勝ったも同然の勝負さ」
俺が軽く右手を振りながら言った強がりを聞き、彼女の口元が綻ぶ。
「なにそれ。根拠のない自信じゃん」
「自信ってのは、元々そういうものだ」
「ごもっとも」
俺は、「さて」と息を吐き、給水塔の下の壁を指差す。
片瀬は場所を移そうという意図を読んでくれたらしく、移動して腰を下ろした。
「じゃあ、アプリを立ち上げて……っと」
スマホの認証を解除し、葉の形のアイコンをタッチしてアプリを立ち上げる。
「ふうん、『トリリ』ってゲームなんだ?」
「ああ。結構、有名なやつで……ッ!?」
途端に俺は状況を理解し、「うわっ!?」と声を出して、身体を飛び上がらせた。
「え、どうしたの?」
隣に座っていた片瀬は不思議そうな表情だが、俺は平静でいられない。
目的だけに目が行き、実行すると、どういう体勢になるのか全く予想していなかったからだ。
スマートフォンは一つで、人間は二人。
一つのものを二人で覗き込むことになり、あるていどの接近は必然だ。
「?」
やっぱり、彼女は何でもないような顔。
スマートフォンを持っているのは俺なので、片瀬の方が身体と顔を寄せる形になるのだが、どうにもこうにも、彼女の造形は目に毒だ。
遠目に見ても分かるほど綺麗ではあったが、接近するときめ細かな白い肌や柔らかなラインの目元が際立ち、俺の心臓は不自然に高鳴る。
ライトブルーのネイルやシトラスの香水でクラっとしてしまう上に、ふと、制服の白いシャツの隙間から襟元の首筋が見え、俺は目を逸らし、頭を抱えてしまった。
「どうしたの?」
挙動不審になってしまった俺へ、片瀬が心配そうな声音を向けて来る。
俺は努めて心を無にし、両頬を叩き、何でもなかった風を装って言葉を返した。
「い、いや、いざ100連となると、緊張しただけだ。無償といっても、一年ほどかけて貯めた分だし、多少はな?」
俺の強がりは二度目だったが、彼女は気にした様子もなく、微笑んで頷く。
「じゃあ、責任重大だ。……気になるタイミングがあったら、口を挟むよ?」
つまり昨日のノリと同じでいいということか、と俺は結論付け、気持ちを切り替えた。
状況がどうあれ、片瀬に言った通り、長い時間をかけて無償の石を貯めたのは事実。
バイトだって頑張ったし、ここで引けなかったら本当に泣くと思うので、俺は気合を入れてガチャの画面を開いたのだった。
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