第一章 『期間限定ガチャ ユリカモメの七変化』
1. 冷めた瞳と薄い刺
「よし……行くか」
翌日の昼休み。
手早く学食を済ませた俺は、2年B組のドアの前に立つ。
正直、昨日はあの出来事の意味をいろいろ考えてしまい、あまり眠れなかった。
そのせいか目元に疲れが残っている気もするが、立ち止まるわけにもいかない。
俺と同じように昼食を終えた生徒達の表情は明るく、午前の授業の愚痴やら、やはり午後の授業の愚痴やら、好き勝手な話題で盛り上がっている。
進学し、暦はクラス分けされたばかりの四月中旬。
人間関係が確立されていないため、みんなの口調や仕草に硬さは目立つが、かく言う俺も普段からぼっちでゲームばかりしているから、特に注意を払われることもない。
「……失礼しまーす」
俺はなぜか声を潜めながらB組のドアをこっそり開け、足を踏み入れる。
キョロキョロと周囲を見渡し、やがて窓際の席の周辺で友人と一緒にいる少女を見つけた。
ぴんと伸びた背筋に、首の半ばていどまで伸びた髪、学校指定のブレザーとスカート。
友人と話しているというより、その話を聞いて静かに相づちを打っているという様子だが、昨日コンビニで会った少女で間違いない。
「よ、よし。とにかく話しかけてから、考えよう」
俺は、そんなことを呟きながら、クラス内の生徒に見つからないよう足を忍ばせて進む。
登校時、玄関のげた箱で、それとなく彼女の姿を探し、B組であることを特定はしていた。
教室だとアウェーになると分かっていたが、彼女には聞きたいこともある。
そして俺は、思い切って彼女に話しかけた。
「な、なあ。悪いけど、ちょっといいか?」
すると、彼女と一緒にいた女子達が怪訝そうな……というより刺々しい表情を向けて来る。
いきなり声をかけたのは俺の方だから仕方ないのだが、その鋭さに驚いてしまう。
まして普段の俺は女子と接点がないだけに、いぶかし気な視線は心に刺さって、正直辛い。
俺はしどろもどろになりながら、彼女へ手の平を向けた。
「彼女に……話があるんだけど」
俺の言葉に少女は目を伏せ、やや面倒そうな口調で、「そう」と端的に答える。
女子達もげんなりとした表情で、「またか」と言い、彼女へ同情の視線を向けていた。
思わず俺は、「なんだろう?」と首を傾げてしまう。
極端な言い方だが鬱陶しさすら滲ませる感情を、女子達は俺へ向けている気がしたのだ。
彼女はトーンの低い口調で答える。
「いいよ。何?」
「あー、いや、内容が内容だから。屋上へ行かないか?」
「……」
彼女の瞳の光が一層、冷めたものとなり、女子達もただ肩をすくめるだけだ。
その真意を見抜けないまま、俺はクラスを出て、彼女と共に屋上へ通じるドアを開けた。
冬の間、雪を含む雲を抱いていた空は、その季節を忘れたように明るく、青く、広い。
屋上に人影もなく、俺は背の高い柵の前へ歩み寄り、後ろの彼女へ向き直る。
「……」
相変わらず、彼女は薄い刺を含む空気を滲ませているが、俺は意を決して再び声をかけた。
「あのさ、話っていうのは」
「そういう気、ないから」
俺が言い切る前に彼女は口を開き、苦みのある調子で句を繋ぐ。
「考えてないよ。今」
その物言いには引っ掛かるものを感じたが、俺はそれを遮るように言葉を被せた。
「あ、いや、俺が聞こうとしたのは名前なんだけど」
「え?」
今度は彼女が、きょとんとして数回、目を瞬かせた。
「名前? 私の?」
「そう。知らないから」
「……呼び出しておいて?」
俺は後頭部を掻き、多少の気まずさを覚えながら答える。
「大事な話をするのに、人づてに聞くのはよくないだろ。名前は本人から直接聞かないと」
彼女は何を思ったのか一度、軽く下唇を噛んだ後、頷いた。
「……片瀬水帆(かたせ みずほ)。そっちは?」
「市倉史也だ。2年A組」
「そう」
会話が続かないのか、続かせる気がないのか、どちらとも判断ができなかったが、まあ、初対面のようなものだから、これが普通だろう。
俺だってそんな相手といきなり意気投合なんてできないし、まして全く知らない異性だったら完全に詰みだ。
だから、こういう時は用意してきた話題を先に出し、後は当たって砕けるしかない。
「それで、話って?」
「ああ、大事な話だ。実は俺……」
話の流れに何を読み取ったのか、片瀬はため息を吐き、「やっぱり、それじゃん」と口にする。
そして、俺はブレザーから取り出したスマートフォンを手に、彼女へ言って見せた。
「これから、期間限定のガチャを100連、回すんだけど、良かったら助言をくれないか!?」
「……え?」
俺の発言に、片瀬は鳩が豆鉄砲を食ったような表情を浮かべ、文字通り固まってしまった。
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