緊急クエスト発生
頬が強ばる。
思わず本音を漏らせば、近寄って来た魔術師の青年に最大限に手加減をされつつも頭を叩かれる。
「呆けすぎだ」
力を込めていなかったため痛くは無かったけど口調は本気で怒っている。
「ごめんなさい」
魔術師の青年を見上げて謝ると、遠くでドワーフの集団を相手にしていたリンスールがクスクスと肩を震わせて笑っていた。
「ヒビキ君は一対一は確かに強いです。しかし、チーム戦や敵が複数いる場合は、まるっきり駄目ですね」
そしてリンスールが続けた言葉を聞き確かに、その通りだと自分でも頷いてしまう。
仲間の攻撃にはあたるし助けられるし、何だか仲間の足を引っ張っているだけのようにも思える。
「俺の知ってる奴もチーム戦は、まるっきり駄目だったな。通常の狩りの時にも仲間にとどめを奪われていたし」
ククッと笑う魔術師の青年が言葉を続ける。
「でも、あいつの場合はレベル上げやお金を貯める事には興味が無かったようだし。とろいお前とは、また別か」
そして、一人で納得してしまった青年に、さらっと酷いことを言われた気がする。
「何か否定できない所が辛い……」
自分でもそう思うのだから否定することが出来ない。
クスクスと笑う青年の言葉に納得してしまい頷くと、遠くでドワーフを倒し終えたリンスールがヒビキの元へ歩み寄る。
「このような物を拾ったのですが」
リンスールは次の階層に続く通行許可証を見つけるのが上手い。
差し出された金色に輝く板を覗き込むようにして、リンスールを囲むヒビキやヒナミは興味津々。
4階層への通行許可証と文字が記されている板を裏返すと、レベルが200未満であっても4階層へ行くことの出来る通行許可証と書き記されている。
使用回数は1回のみ。
非常に手に入れる事の難しい通行許可証はレアアイテムであり、ヒナミが興味深そうにリンスールの顔を覗き込む。
「緑色のお兄ちゃんはドワーフに好かれているんだね。滅多にお目にかかることの出来るアイテムでは無いから手に入れる事は難しいんだよ」
「緑色のお兄ちゃんですか」
見た目からリンスールの呼び名が決まったのだろう。
全く予想もしていなかった呼び名を耳にして、リンスールは苦笑する。
リンスールの見た目は黄緑色の髪の毛に黄緑色の瞳が印象的。
黄緑色と白色を基調とした衣服を身に付けているため確かに緑色が良く目立つ。
「だったら、ヒビキとヒナミと緑色のお兄さんの3人で通行許可証を使えばいい。俺は200レベルを越えているので、次の階層へ許可証を使わずに行くから」
ヒナミの呼び名を真似て、リンスールの事を緑色のお兄さんと口にした魔術師の青年は自分で口にしておきながら笑ってしまっている。
「今から4階層に行きますか?」
リンスールの肘が魔術の青年の横腹に深く食い込んだ。
ぐふっと声を漏らして横腹を両手で押さえて痛がる素振りを見せる魔術師の青年に対して、穏やかな笑みを見せて問いかける。
「俺は別にかまわないが……」
「ごめんなさい。今日はもう遅いから明日でもいいかな?」
魔術師の青年は先へ進む気でリンスールの問いかけに対して頷いた。
ギルドカードを出現させて現在の時刻を確認し、首を左右に振るヒビキは申し訳なさそうに眉尻を下げる。
「あまり遅くなると、お母さんに怒られちゃうの。ごめんね」
ヒナミがヒビキの腕を掴み魔術師とリンスールに向かって頭を下げる。
「ああ。俺は明日でも構わないが」
「そうですね。私も今日は早めに切り上げますか。昨夜は夜更かしをしてしまったので」
リンスールと魔術師の青年がヒビキとヒナミに予定を合わせてくれる。
ゆっくりと2階層に向け足を進めるリンスールを追いかけて、ヒナミがパタパタと慌ただしい足音を立て2階層の出入り口を抜ける。
続いてヒビキが2階層に下りて、最後に魔術師の青年が2階層へ足を踏み入れる。
2階層には子供から、お年寄りまで沢山の冒険者が狩りを行うために集まっていた。
通行許可証を使って2階層へ足を踏み入れたのか3人の子供達が、悲鳴や奇声を上げ騒ぎながら2階層を走り回っている。
子供達を追い回しているドワーフが楽しそうにピョンピョンと跳び跳ねる。
子供達は逃げる事に必死になっていて気づいていないけど、その後方で中衛と思われるドワーフが長い呪文を唱えているのが見えた。
前にも見た光景に驚いてヒビキが慌てて口を開く。
「誰でもいいから、そのドワーフを倒してください」
気がつけば咄嗟に大声を上げていた。
それは、咄嗟に出してしまったから先程までの、おっとりとした口調ではなくて声のトーンを元の高へ戻してしまう。
隣で魔術師の青年が、唐突に雰囲気の変わったヒビキを二度見して大きく肩を震わせた。
咄嗟に声を張り上げたけれど間に合わなかった。
何名かヒビキの声に反応を示して、長い呪文を唱えているドワーフの元へ向かう冒険者がいた。
攻撃魔法を唱えようとした魔術師がいた。
しかし、呪文を唱え終えたドワーフが大きく杖を振りかぶる方が早かった。
穏やかだった空間の突然の変化に戸惑い怯えているのだろう。
ドワーフから逃げ回っていた子供達が泣き出した。
辺りが瞬く間に薄暗くなり頭上を見上げると、やはり想像していた通り天井を覆い尽くすほどの巨大な闇が渦巻いている。
やがて、巨大な闇の中からドワーフによって召喚されたトロールが姿を現すだろう。
低レベルであれば良いけど、ここ数日間は立て続けに高レベルのトロールが出現をして不安定な状況が続いている。
ブーブーブーブーと2階層に緊急事態を知らせる警報が響きだす。
緊急クエストが発生しました。
淡々とした口調で何度も繰り返されるアナウンスが、緊急クエストが発生した事実を2階層で狩りを行ってる冒険者達に告げる。
ドワーフの塔2階層で緊急クエストを受けるのは今回が初めてなのだろう。
緊急クエストに戸惑い慌てふためく者。
頭上の渦を睨み付けて唸り声を上げる者。
渦の中から何が出てくるのだろうと期待に満ちた眼差しを向けて目を輝かせる子供達。
皆の反応は、それぞれ違うけど子供達以外の全員が渦に向かって武器を構えている。
警戒心むき出しの状態のまま戦闘準備を終えた魔族達の目の前で黒い渦から巨大な手が出現した。
毛むくじゃらの巨大な手で強引に渦を広げると、満面の笑みを浮かべた巨体が姿を現す。
にんまりと気味の悪い笑みを浮かべて、口を三日月型にして笑うトロールは明らかに知能を持っている。
自ら考えて行動をしているのだろう。
鉄の塊を持ち上げて一気に振り下ろすと、床に打ち付けられた鉄の塊が大きな音を立てる。
地面を砕き破片を冒険者に打ち付けて怯ませる。
音に驚いた3人の子供達の泣き声が、より一層大きなものに変化した所でトロールは先制攻撃を仕掛ける。
「780レベルって書いてありますか?」
すぐ目の前に迫ったトロールから逃れるようにして、リンスールは大きく後退する。
トロール頭上に表示されているレベルを確認する事を忘れない。
「確かに780レベルって書いてあるな」
トロールからの先制攻撃を見事に避けて距離を取るリンスールに対して、感心する魔術師の青年はフードを深く被っているため表情までは見えないけれど、トロールを酷く警戒している様子。
トロールから決して視線を外さない。
ドンッと大きな音がしてトロールのレベルの、すぐ横にヒットポイントのゲージが表示される。
ゲージの表示と共に戦いが始まり、右腕を振り切る勢いと共に持っていた斧を投げつけたトロールは二刀流。
一瞬にして姿を消す。
レベル780のトロールは移動速度が異常に速かった。
姿を消したように見えるほどの移動速度を持つトロールに驚き2階層では悲鳴や泣き声が上がる。
殆どの冒険者がトロールを見失い焦っている。
消えたトロールが次は何処に姿を現すのか分からない。
血眼になって辺りを見渡す冒険者の表情には全く余裕は無い。
顔は血の気が引き青白くなっている。
そんな中で青年魔術師の足元に向かって鉄の斧が放たれる。
780レベルのトロールは武器を自由自在に具現化する能力を持っていた。
魔術師の青年と共に、すぐ隣に佇むヒビキが後方に飛び斧を避ける。
地面に深く突き刺さった斧はトロールの能力により粒子へと変化をすると、トロールの手元に新たな武器が出来上がる。
呆気に取られている男性魔術師の背後にトロールが姿を表した。
死角からの攻撃は見事に男性魔術師に直撃するだろうと、先を予想したトロールが力を込めて拳を振り下ろす。
背後に現れたトロールに気づき慌てた様子の男性魔術師が咄嗟に防御壁を張り巡らせる。
二度、三度と繰り返し放たれる物理的な攻撃は、男性魔術師のフードを取り外してしまうのでは無いのかと思うほどの風圧を与える。
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