鬼灯とヒビキ
フードの隙間から僅かに見える真っ赤な髪の毛が激しく揺れ動く。
防御壁に阻まれて二歩、三歩と後退するトロールに向かって透かさず頭の中で武器の出現を唱え、出現させた赤色の炎に包み込まれた剣を振るう。
深くまでは届きはしなかったけれども、剣の先がトロールを掠めたため真っ赤な炎がトロールを包み込んだ。
トロールに攻撃を与えて、すぐに後方に飛び退くと、弓を構えていたリンスールが矢を放つ。
1本、2本、3本、4本、5本、6本、7本、8本と次々にトロールのヒットポイントを削る。
リンスールの早業は何回みても関心する。
30本の矢は見事にトロールを直撃した。
リンスールの攻撃が終わり、トロールのヒットポイントを3分の1まで減らす事に成功をする。
リンスールの攻撃を受け、よろけていたはずのトロールが気づけば視界から消えていた。
バランスを崩していたのに姿勢を立て直す事なく瞬時に移動したトロールが、次に現れたのはリンスールの背後。
鉄の塊を具現化して振り上げると、一気にリンスールの背中めがけて振り下ろした。
リンスールが振り向くのと、男性魔術師が防御壁を張り巡らせるのは、ほぼ同時だった。
鈍い音を立て防御壁に鉄の塊が阻まれる。
攻撃の邪魔をした魔術師の青年に、攻撃のターゲットを変更したトロールは再び姿を消す。
咄嗟にリンスールを囲う防御壁を解除して、自分の周囲を囲もうとした青年だけど防御壁が完成する前にトロールが、その背後に姿を現した。
「くそっ」
苦々しい表情を浮かべ悔しそうに言葉を吐き出す。
防御が間に合わず足を引いた青年は硬い物体に後退を阻まれる。
「行き止まりですよ。しゃがんでください!」
2階層の中には所々に大きな宝石があり、宝石に
連続で矢を放つ大技を使ってしまったため魔力が残り僅かになっている。
咄嗟に矢を放つ事も出来ず、渋い表情を浮かべるリンスールの目の前で魔術師の青年がトロールの攻撃を受けた。
鉄の塊が青年の体を直撃する。
幾つもの骨の折れる音が辺りに響き渡り、左から右へ凄まじい勢いで飛ばされた青年の体が壁に激突する。
体に強い衝撃を受け地面に倒れ込みながらも、トロールが再び迫ってくるだろうと予想をして、急いで地面に片手をついて僅かに体を起こした青年は、激しく咳き込み血を吐き出した。
「トロールが向かっているわよ!」
動く事の出来ない魔術師の青年に向かって、すぐ近くで腰を抜かしている女性が声をかける。
女性の声に反応をしてはいるものの、立ち上がるどころか顔を上げる事もままならない青年が逃げる事を諦めた。
せめて迫るトロールに攻撃を。
声をふりしぼって魔法を唱える。
「業火」
言葉を吐き出した青年が、カランッと杖を落とす。
杖を持っていられないほど体力を消耗した青年は、やはり立ち上がる事が出来ない。
今にも
青年が発動した魔法は見事にトロールの体を業火の炎で包み込んだ。
トロールの体を包むように渦巻く炎は、赤や黄色やオレンジと様々な色を放つ。
それは次第に黄色から白へ。
白から青白い炎に変化をして青白い炎が青い炎へと変わる。
ぐぉおおおお!
体を炎で焼かれて雄叫びを上げるトロールが、壁に激突して立つ事の出来ない魔術師を鷲掴みにする。
炎に焼かれながらも青年の体を持ち上げた。
そして力を込めて握りしめる。
このままだと、青年の体が握りつぶされてしまう。
ぐしゃりと握りつぶされる青年の姿が頭をよぎる。
頭の中に浮かんだ光景に冷や汗が出た。
助走をつけて地面を蹴ったため体が宙に浮く。
目の前に迫ったトロールに向け咄嗟に剣を振りあげると、背後からの攻撃に気づいたトロールが勢いよく背後を振り向いた。
そして、魔術師の青年を盾にするように剣の先へ差し出したトロールの読み通り、ヒビキは咄嗟に剣を引く。
攻撃を仕掛ける絶好のチャンスだったかもしれないけれど、生きている青年の姿を見てしまったため剣を振り抜くことが出来なかった。
体を捻って突きだされた青年の真横を通過する。
間近で見た青年の顔色は青白く、すっかりと血の気が引いていた。
それでも体を握り潰されて苦しむ青年がトロールの指を開こうと踠いている。
トロールの握る力は弱まらない。
更に強くなる。
ギシッと骨がきしむ音がして、続けて骨の折れる音が響くと、2階層にいた冒険者達が悲鳴を上げた。
子供達が泣き声をあげ、魔術師の青年を助けに行くことも出来ずにガクガクと体を震わせる者もいる。
胸を圧迫されて呼吸のままならない青年の抵抗が徐々に弱まっていく。
遠くでリンスールが、無理に魔力を引き出して大技を放とうとした。
しかし、リンスールの放った攻撃は先に魔力がつきてしまい空振りをしてしまう。
魔力が切れてしまって魔法を使えないリンスールが何を思ったのか、ナイフを取りだしトロールに攻撃を仕掛けようとした。
しかし、短刀が素早い動き見せるトロールに当たるはずがない。
無茶な攻撃をしようとするリンスールを周囲にいた冒険者達が制す。
隣で魔術師の青年が握りつぶされるのを見ていたヒナミが号泣していた。
魔術師の青年を盾にされてしまい剣を振り下ろすことが出来なかったため、一度トロールの側から離れる。
少し離れた位置に着地をした所で、呼吸が出来ずに力尽きた魔術師の青年が力無く腕をたらす。
魔術師の青年が手加減もなく放った魔法は、2階層を熱気に包みこんでいた。
今もトロールの体を包み込みヒットポイントを削る業火の炎には見覚えがあった。
人間界で仲間だった鬼灯と言う青年が使っていた魔法。
動かなくなってしまった青年から興味が無くなったのか。
つまらなさそうに青年の体を地面に下ろす。
仰向けに下ろされたため青年のフードが外れてしまった。
毛先の跳ね上がった真っ赤な髪の毛が現れる。
うっすらと開いた目蓋から覗く真っ赤な瞳は光がなく瞬きどころか、ピクリとも動かない。
「あぁ……仰向けに下ろされたからフードが外れてしまったか。参ったな」
横たわる遺体を眺めていた鬼灯が、ぽつりと独り言を呟いた。
防御壁が間に合わないと判断をした鬼灯は、咄嗟に幻術魔法を発動させていた。
そして自分は2階層に散らばる巨大な宝石の一部に姿を変えて、じっと息を潜めていた。
遺体の再現をした。
幻術魔法を使って骨の折れる音まで表現をした。
トロールの攻撃対象を幻術魔法で再現をした自分に移せば、他の冒険者がトロールの攻撃を受けそうになった時に補助することが出来ると思っていた鬼灯は杖を構えている。
鬼灯の視線の先には剣を構えて佇むヒビキの姿があった。
地面に下ろされた鬼灯の遺体を眺めていたヒビキの武器が大きく歪む。
そして突然、剣が粒状となって消えてしまった。
トロールのターゲットが明らかに動揺をしているヒビキに向く。
鉄の塊をヒビキに向かって投げる。
回転をしながら向かう鉄の塊に驚き、ビクッと大きく体を震わせたヒビキは咄嗟に右手を突きだし、剣を出現させようとする。
しかし、動揺しているからか剣は出現しない。
「お兄ちゃん!」
剣が出現せず戸惑っていたヒビキの体にヒナミが飛び付いた。
ヒビキに正面から抱きつき地面に倒れこむ。
先程までヒビキが佇んでいた場所を斧が凄まじい勢いで通過した。
そして、鈍い音を立てて地面に突きささる。
ヒナミは仰向けに倒れたヒビキの胸元に顔を埋めて、プルプルと小刻みに体を震わせている。
恐怖で体を震わせているのに、勇気を出してヒビキを助けに走ったヒナミが
ヒナミの背中をポンポンっと叩くヒビキは、
沢山の冒険者達に体を取り押さえられ、平常心を取り戻す事の出来たリンスールが呼吸を整える。
さっきは突然の事に頭が真っ白になったため周りを見ることが出来なかった。
「取り乱してすみません」
目蓋を伏せて自分を取り囲む冒険者達に頭を下げたリンスールが我を取り戻した。
よく見ると2階層は濃い霧が覆っていた。
所々で紫色に輝いている蝶が飛び回り藍色の花が蕾を開く。
見る力を持つリンスールが目を凝らして辺りを見渡すと黄色いオーラを放つ宝石に気づいた。
そして、その宝石を眺めていたリンスールが目に気力を集める。
じっくりと宝石を眺めていたリンスールの視線の先で宝石が揺らいだ。
リンスールの目に幻術で姿を変える魔術師の姿が映し出される。
幻術を使い身を隠しているため、まず姿を見られることはないと考えていた。
完全に気を抜いている鬼灯はフードを取り外していた。
真っ赤な髪の毛が印象的な青年も、幻術に気づいた様子のリンスールを真っ直ぐ眺めていた。
目が合い簡単に頭を下げた鬼灯に対してリンスールは深々と頭を下げる。
泣きわめいていた子供達を追いかけはじめたトロールに隙が出来た。
すぐに鬼灯がトロールに杖を向ける。
使用可能レベル100の炎の刃、猛毒を唱えると炎に包まれた刃がトロールの頭上に出現する。
炎に包まれた刃は徐々に数が増え100を越えた。
仰向けに横たわったままトロールの頭上に現れた刃を見つめていたヒビキが、ヒナミの頭をポンポンと撫でる。
「見てよ。魔術師の青年、鬼灯は生きてるよ」
涙を流すヒナミに向かって、ぽつりと呟いた。
ヒナミが上半身を起こして顔をあげる。
「ふぇ?」
死んだはずの青年が生きていると言われても理解しきれなかったのか、ぽかんとした表情を浮かべている。
トロールの頭上に現れた刃がヒットポイントを削り始めた。
幻術を使い遺体を作り出した。
そして身を潜めて攻撃の隙を伺う。
トロールが子供たちにターゲットを移したため、隙がうまれて魔法を発動させたってところか。
これまでの流れを予想する。
トロールのヒットポイントが0になり巨体が砂となって消えた。
そして、壁付近で横たわっていた鬼灯の遺体が消える。
2階層を包み込んでいた鬼灯の幻術がとけた。
トロールが倒されて喜ぶ者もいれば、恐怖で震え上がりながら2階層を抜け出す者もいる。
まぁ、2階層を抜け出していく者の方が多いんだけど、はたして彼らは鬼灯の遺体が幻術だった事に気づいているのか。
ヒナミが嬉しそうに飛び起きる。
周囲を見渡して何かを探す素振りを見せると、その何かを見つけたヒナミが嬉しそうに駆け出した。
「鬼灯お兄ちゃん!」
遺体が倒れていた付近にある宝石に化けていた鬼灯の幻術魔法が解けて、真っ赤な髪の毛が印象的な青年が姿を表した。
全速力で走るヒナミに名前を呼ばれて視線を向けた途端、ヒナミからの強烈なタックルを受けることになった鬼灯が一歩二歩と足を引く。
強い衝撃だったにも関わらず、倒れるような事はなく抱きつくヒナミの頭を撫でていた。
一足遅れて鬼灯の元へ歩みよったリンスールが、泣きつくヒナミの背後に立ち肩に優しく両手をおく。
最後にヒビキが3人の元にやって来た所で、鬼灯がヒナミに問いかけた。
「そう言えば、さっき俺の名前を呼んでたけど」
「うん。ヒビキお兄ちゃんが教えてくれたよ」
リンスールの隣に佇む狐の耳付きのフードを被るヒビキに視線を向けたヒナミが小声で呟いた。
「ユキヒラから今の幻術で逃れたのか?」
魔術師の青年が鬼灯だと知り、本来の話口調に戻したヒビキが声をかける。
「あぁ。逃げることが出来ないと思ったから一か八かユキヒラとドラゴンに幻術をかけた。え、てか……隊長かなと一時期疑いもしたけど、人懐っこくて可愛らしい性格に見事に騙された。どっちが本来の性格なんだ? 普段は淡々とした何の感情も込めていないような冷たい口調で話をするだろ?」
鬼灯の表情に笑みが戻る。
やはり、この少年が討伐隊の隊長で当たっていた。
写真で見た少年の姿を思い起こす。
思っていたよりもボスモンスター討伐隊隊長を務めていた人物は若かった。
そして、少年の見た目も思い描いていたものとは全く違っている。
自分と同じ年頃の話し掛けづらい雰囲気を醸し出す青年が務めているのだと思っていたため、じっくりと狐耳フード付きのケープを身に纏った少年を観察してしまう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます