調査隊とユキヒラ

 調査隊の隊長を務めている青年は汗だくだった。

 謁見の間まで全力疾走を行ったようで髪が随分と乱れている。

 荒い呼吸を繰り返している青年が大きく息を吸いこむと、呼吸を整えるため一気に息を吐き出した。


「魔界に向かっていた調査隊1班がドラゴンと鉢合わせしたようです。東の森の洞窟内に生息していたものと思われます」

 青年が国王に向けて差し出した無線機からは悲鳴や爆発音が響き渡っている。

 遠くで甲高い笑い声やドラゴンの鳴き声が上がっていた。

 爆発音や悲鳴に混ざって聞こえるグチャッと何かが潰れたような音は、普段耳にするような聞きなれたものではなく、顔を真っ青にする青年は無線機のボリュームを下げる。

 国王が青年から無線機を取り上げた。

 ボリュームが下がっているにもかかわらず、フロア内に巨大な爆発音が響き渡る。

 無線機から放たれる巨大な爆発音は調査隊が攻撃を受けている証であり、国王が眉を寄せ険しい表情を浮かべる。

 無線機から流れていた悲鳴が次第に弱まっていき、辺りは静寂に包まれる。


「今すぐ騎馬隊を現地に向かわせる」

 調査隊を一人でも多く助けるため、国王は顔面蒼白の青年に命令を下す。


「は……はいっ、承知しました!」

 国王の命令にピシッと敬礼をした青年がバタバタと慌ただしい足音を立て走り去る。

 突然の緊急事態に国王が背後に佇んでいるギフリードに深々と頭を下げた。


「せっかく訪ねて貰ったのにすまないが、急用が出来た」

 悪いなと一言呟いて国王は素早く身を翻す。




 国王の元に銀騎士団調査員の青年が訪ねる少し前。

 極寒の雪山を抜け地下の洞窟に続く出入り口付近で、銀騎士の調査隊とユキヒラが向かいあっていた。

 人間界の東の森に生息していたドラゴンを探していた調査隊が、ドラゴンの背に乗るユキヒラと鉢合わせしてしまったため、引き返すことも出来ず仕方なくユキヒラに声をかける。

 背後を振り向いたユキヒラは、ニヤニヤと締まりの無い笑みを浮かべて調査隊を見下ろしたため向かいあい、見つめあう形になった。


「あれぇ? どうして銀騎士が、こんな所にいるのぉ?」

 クスクスと楽しそうに笑うユキヒラとは違って調査隊は険しい表情を浮かべている。


「まぁ、いいや。やつけちゃおうか!」

 自分から問いかけたのにユキヒラは銀騎士からの返事を待つことなく大声を上げる。 

 突然の攻撃の指示により、調査隊は慌ててナイフを取り出し構えをとる。

 彼ら調査隊は情報を売りお金を稼ぐ集団だった。

 基本的にモンスターと接触しないように気配を殺し移動する彼らの武器といえば、ご信用に持ち歩いているナイフだけ。

 中には果物ナイフを手にする調査隊もいる。

 そんな彼らを嘲笑うようにユキヒラは奇妙な笑みを浮かべている。


「あ、お兄さん達もしかして銀騎士の調査隊だったぁ?」

 ナイフを取り出した調査隊を見下ろしてニヤニヤと笑うユキヒラが肩を震わせる。


「そんな小さなナイフで僕に勝てると思ってるのぉ?」

 声を大きくして頭は大丈夫かなと問いかけたユキヒラが、ツンツンと自分の頭を人差し指で突っついて見せる。

 クスクスと笑うユキヒラは調査隊達の感情を逆撫でするような態度と発言を繰り返す。

 しかし、調査隊はユキヒラの相手をする気は全くなかった。

 調査隊から全く合図にされずに憤るユキヒラは、大声を張り上げてドラゴンの背中を叩く。

 相手にされず気分を害しているようで調査隊を睨み付ける。


「騎馬隊が到着するまで持ちこたえるぞ!」

「ドラゴンに負けるな!」

「おー!」

 なおもユキヒラの相手をする気のない調査隊員が、それぞれに口を開く。

 完全に無視をされてしまってるユキヒラが唇を尖らせる。

 イライラし始めたのかドラゴンの背中を叩いたユキヒラは、すぐ背後に腰を下ろしていた女性の体を押し、地面に突き落とした。


「ドラゴンの相手だけじゃなく、この子の相手もしてあげてよ!」

 ドサッと地面に倒れる形で調査隊の前に姿を表した女性が無言のまま、その場に立ち上がる。

 今までユキヒラの影で大人しくしていた女性が渋々と調査隊の前に姿を現した。


「僕の新しいお人形さんだよ」

 クスクスと笑うユキヒラが無理やり女性に魔力を与える。

 強引に魔力を注ぎ込まれて体の自由がきかない女性は涙を流していた。

 ドラゴンに踏み潰されて息耐えたはずなのに気がついたら、自分を殺したはずのドラゴンとユキヒラが目の前にいた。

 そして、ユキヒラに君は僕の奴隷になったからと告げられる。


 僕が君の身体を動かすからと、淡々とした口調で呟いたユキヒラの言葉通り、自分で体を動かそうと試みたものの腕どころか指先までピクリとも動かなかった。

 ドラゴンに踏み潰される直前に自分を助けようとしてくれた鬼灯と、狐の面を着けた討伐隊隊長の姿を思い起こす。

 ユキヒラの話によると、ボスモンスター討伐隊は壊滅したらしい。

 隊長の体に攻撃を当てて骨を砕いた。

 そして意識を失った隊長を崖の下に突き落としたと、自慢気に語るユキヒラに対して殺意を抱く。

 鬼灯はユキヒラの剣が胸を貫いたため激しい出血の後に息耐えたと言う。

 許せない。大好きなお兄ちゃんを奪われて憤りを感じるのに体は言うことを聞かず、ユキヒラの指示に素直に従ってしまう。


 実は崖から突き落としたはずの討伐隊隊長が生きている事を、ユキヒラは女性に伝えなかった。

 彼女の絶望した顔が見たかったから。

 ユキヒラの思惑通り仲間が全て死んでしまって愕然がくぜんとする女性は、ただ涙を流すばかりで抵抗をする気力も失っていた。


 目の前に現れた女性を見た調査隊が驚きのあまり、目を見開き固まってしまう。

 確かに自分達が彼女を見つけた時、彼女は息耐えた状態だった。

 ボスモンスター討伐隊の遺体を城まで運んだのは自分達だったのだから、手で触れて討伐隊員達の脈の確認をした。

 確かに変わり果てた女性の姿もあった。

 それなのに自分達の目の前で佇み涙を流す女性は生前の美しい姿のまま、生気を感じることは出来ないけど自分の足で立ち、無理やりとは言えユキヒラの命令に従って動いている。


「彼女に何をしたんだ?」

 杖を持ち今にも魔法攻撃を仕掛けてきそうな女性を指差して、調査隊の一人が声をあげる。


「何って魂を体に戻してあげただけだよ。僕の術でね。ただし彼女の体は、もう僕のものだから僕の命令でしか動かないけどね。あと、僕の魔力が尽きたら彼女も遺体に戻っちゃうからね」

 不気味な笑みを浮かべるユキヒラが長々と説明をする。

 ニヤニヤと締まりの無い笑みを浮かべながら、女性を強引に操るユキヒラに対して調査隊は渋い顔をした。


「さぁ、彼らをやっちゃって!」

 元々仲間だった女性に指示を出したユキヒラが調査隊をピシッと指差した。


 本当は彼らと戦いたくはない。

 しかし、強引に体を操られてしまう。

 ユキヒラが特殊魔法を発動している間は、抵抗を試みるものの手足が勝手に動く。

 カンッと音を立てて杖を地面に打ち付けると、たちまち空が薄暗く曇り始める。

 灰色の雲が頭上に集まりはじめて、雷を発生させる。

 生前この大技は一度使うと激しく魔力を消耗したため、数時間は同じ技を使うことが出来なかった。

 ユキヒラは膨大な量の魔力を持っているようで、この大技を何度も連続で発動させた。


 殺したくないのに。

 彼女の放った落雷が調査隊の体を直撃する。


 死なせたくはないのに。

 落雷を受けた調査隊が数名、全身を焼かれ遺体となり、その場にくずおれた。


 ドラゴンが女性の隣で暴れだす。

 女性の記憶の中にある、死の瞬間の恐怖がフラッシュバックした。

 ドラゴンは何度も仲間に尻尾を打ち付けた。

 仲間を踏みつけ体を引きちぎった。

 死ぬ直前に見た光景は、それはそれは悲惨なものだった。

 次から次へと仲間を失っていく中で、近くで戦っていた鬼灯にも徐々に疲れが見え始めていた。

 精神的にダメージを受け、残りが鬼灯と自分の二人だけだと思った時は愕然とした。


 一番最初にドラゴンの木のツルに弾き飛ばされた隊長が姿を表した時には、微かに希望を持った。

 しかし、そのすぐ後に自身がドラゴンの攻撃を受けてしまう。


 ドラゴンに踏み潰される直前に、こっちに向かってくる隊長と遠くで防御魔法を張ろうとしていた鬼灯を見た。

 二人とも間に合わなかったけど。

 それでも嬉しかった。


 最後まで諦めずに助けようとしてくれたのだから。

 せめて二人が、あの後ドラゴンから逃げ切ってくれていたら良かったのに。

 考え出したらあふれだす涙が止まらない。


 調査隊が次々と倒れていくのを見つめながら女性は目蓋を閉じる。

 仲間に会えないのなら、人を殺してしまうくらいなら息絶えたままでいかったとなげいた。


 騎馬隊が到着した時には既に調査隊1班は全滅。

 地下洞窟の入り口付近には、とても悲惨な光景が広がっていた。


「くそっ、間に合わなかった」

 騎馬隊の一人が声を絞り出す。

 体を焼かれて息耐えた者。

 踏み潰された者。

 体を引きちぎられた者。

 死因はそれぞれ違うけどむごい殺され方をした仲間を眺める。

 中には昨日まで言葉を交わしていた友の姿もあった。




 ユキヒラが地下の洞窟に足を踏み入れた頃、ヒビキは飛行術を手に入れるためお金集めにいそしんでいた。

 新たに仲間に加わった魔術師の青年と共に3階層のドワーフを倒していく。


「お兄ちゃん! 後ろ、後ろ!」

 前方から無数の槍が迫り来る。

 右へ左へ体を動かし避けるけど、避けきれそうにない槍を剣ではじいていると、突然ヒナミが大声を上げる。


「後ろ?」

 ヒナミの言葉に反応をして背後を振り向いた途端、勢いよく額にドワーフからの頭突きを受ける。

 斧を振り上げて迫ってきたドワーフが、振り向いたヒビキとの距離を詰めすぎていたため互いに頭突きをする事になった。


「痛……」

 額を押さえて尻餅をついたヒビキの目の前で同じく額を押さえて倒れ込んだドワーフが、じたばたと足を動かして踠いている。

 周囲で狩りを行っていた冒険者達がドワーフからの頭突きを受けたヒビキを見て笑っている。

 ドワーフに頭突きをされた奴なんて初めて見たと言うけど、ヒビキも頭突きを受けるなんて夢にも思っていなかったため放心状態に陥っていた。


「お兄ちゃん! 上、上!」

 周囲の冒険者からの視線を集めていると突然ヒナミが声を上げる。


「上?」

 今度は上かと思い顔を上げると沢山のドワーフが嬉しそうに降ってくる。

 目の前に迫るドワーフに驚き顔を引きつらせて無意識のうちに足を引く。

 咄嗟に頭が働かず、体を縮めこむ事しか出来ない。

 どうする事も出来ずにいると、魔術師の青年がカンッと音を立てて杖の底を地面にあてる。

 突然ヒビキの身体が透明な防壁に囲まれた。

 すると上から、にこやかに降ってきたドワーフが顔面からブチュッと壁に激突する。

 顔を両手で覆って地面に背中から落ちたドワーフが、じたばたと踠いている。


「うわ……痛そう」

 顔面を強打って……。

 随分と間抜けなドワーフもいたもんだ。

 

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