城内での再会
ギフリードと別れて自宅に戻った青年は、こっそりと自分の寝室の窓から室内に足を踏み入れた。
許可を得ること無く勝手に自宅を抜け出してギルドに赴いてしまったため、速やかに身形を整えなければならない。
青年は急ぎ足でベッドの上に脱ぎ捨てた衣服の元へと移動する。
広大な敷地の庭では、銀色の鎧を身につけた銀騎士が大きな掛け声と共に剣を振るっていた。
剣を振るう騎士達から少し離れた位置では、魔術師が呪文を短縮する事により速さを重視した攻撃魔法かまいたちを発動する。
威力の弱まった風属性攻撃魔法を、防壁を張り巡らせる事により素早く受け止める騎士がカウンター攻撃、炎の刃を発動する姿がある。
また寝室の向い側に設置されている窓からは広大な草原が見える。
銀色の鎧を身に纏った騎士達の姿が、ちらほらとあり得意武器を自由自在に操る騎士は長い槍を振り回す。
白馬に乗り草原を颯爽と走る騎士達は
そして、各国に赴き調査を行い情報を集める役割を持つ調査隊が、建物内を急ぎ足で行き来する。
ばたばたと慌ただしい足音を立てて廊下を走る騎士は大忙し。
ボスモンスター討伐隊壊滅の情報を求めて、東の森や隣街にある学園都市へ赴き情報収集を行っている。
この3つのチームから成り立つ銀騎士団は、国王の指示によりモンスターの討伐を行ったり、各国へ赴き情報収集を行ったりする優れた逸材を集めた精鋭部隊である。
ボロボロの服とボロボロの靴を木箱に入れる。
ボロボロの鞄は木箱の上に乗せ、木箱ごとベッドの下へ。
簡単には見つけられないようにするためにベッドの下へ潜り込み、奥へ奥へと押しやると四つん這いのままベットの下から抜け出して素早くその場に立ち上がる。
ボサボサの髪の毛は
目を覆っていた前髪は手で豪快にかきあげて横へ流すと右耳にかける。
宝石や金の装飾品が幾つも付いた服を身に付け、その上に白いファーの付いた赤いマントを羽織る。
高さが7センチほどある銀色の靴を履き、頭に金色の
大きな鏡の前へ素早く移動をして全身をくまなく確認した所で、コンコンと寝室の扉がノックされた。
「失礼します」
青年の返事を待つ事も無く、がちゃっと音を立てて開かれた扉から、金色の髪の毛が印象的な銀騎士団特攻隊隊長を務めている女性が室内に足を踏み入れる。
深々と頭を下げて一礼をする女性に対して青年は鋭い眼差しを向ける。
「用件は何か?」
銀騎士団特攻隊隊長が自ら訪ねてくると言う状況は、ただ事ではない事態が起こった事を示しており、青年は早々に用件を問いかける。
ギフリードと会話をしていた時の、ほのぼのとした口調では無くて威圧的な物言いをする青年に対して女性騎士は真剣な顔をする。
顔を上げて青年に視線を向けると女性は、ゆっくりと口を開く。
「魔界からの使者が、お見えになりました」
「銀髪の青年か?」
「え……えぇ」
寝室内に一歩足を踏み入れて佇む銀色の鎧を身に付けた金髪の女性が、青年からの思わぬ問いかけに対して驚き唖然とする。
魔界からの使者と聞き、ギルド内で出会った銀髪の青年を思い浮かべた青年がコツコツと足音を立てて歩き出す。
「
「承知いたしました」
女性騎士に素早く指示を出して、ピシッと謁見の間を指差した青年は足早にならないように心がける。
今すぐに全速力で駆け出したい気持ちを押し殺して足を進める青年は焦る気持ちを落ち着かせる。
青年が指差した方向に素早く身を翻した女性はパタパタと足音を立てて走り去る。
魔界からの使者は魔族である。
長々と待たせてしまうと気分を害してしまう可能性があるため、早急に謁見の間へ案内する必要がある。
緊張した面持ちを浮かべる特攻隊隊長を務める女性の後ろ姿が見えなくなったところで、青年は服の裾を両手で持ち上げると、がに股である事を気にすること無く慌ただしい足音を立て建物内を駆け出した。
青年と別れて、すぐにギルドでボスモンスター討伐隊壊滅の情報を集める事を諦めたギフリードは人間界を統べる王様、国王に会うため城へ移動した。
ギルドの受付嬢はギフリードの姿を見るなり顔を真っ青にして怯えてしまった。
到底話をする事の出来る状態では無かった。
そんな受付嬢から情報を聞き出すには時間がかかると判断をしたギフリードは、城の入り口に佇む銀色の鎧を身に纏った騎士に声をかける。
魔王の名前を出せば、すんなりと城の中に入れてくれた。
城の門から玄関まで案内をしてくれた青年騎士が、玄関入り口で佇む金髪の女性騎士に頭を下げる。
警護のため長い間、持ち場を離れる事が出来ないのだろう。
城の門へ素早く身を翻して戻る青年の背中を、大人しく見送っていると
「こちらへ」
金髪の女性騎士に声をかけられる。
女性騎士の案内のもと、玄関を抜けて廊下を通り
「こちらに」
一際大きな扉の前に移動をしたギフリードが女性騎士に視線を向ける。
一礼をしてギフリードと扉の間に体を移動した女性騎士が大きな扉をノックする。
ゆっくりと大きな扉を開くと、そこにはダンスホールのような空間が広がっていた。
いや、ダンスホールよりは少し狭い造りになっているか。
二階に上がるための階段もない。
入り口から玉座まで伸びる真っ赤な絨毯など魔王城には無いため、絨毯の上を歩くべきかそれとも絨毯の上を避けるべきか。
迷っていると玉座に腰を下ろしていた国王が、ゆっくりと立ち上がりギフリードの元へ歩み寄る。
「ご苦労。下がって良いぞ」
「しかし……」
国王を護衛するために謁見の間へ足を踏み入れようとした女性騎士は、立ち止まり躊躇う素振りを見せる。
女性騎士はギフリードと国王を交互に眺めて、この場から立ち去ることを渋る。
魔界からの使者は魔族。
二人きりにして大丈夫だろうかと考える女性騎士は国王の指示に従うことを躊躇っている。
見たところ国王は武器を携えてはいない。
魔族の気が変わり襲われた時に果たして対処する事が出来るのだろうかと考える女性騎士が国王に視線を移す。
国王は黙って女性騎士を見ているだけ。
何を言うわけでも無く、ただ黙って女性騎士に視線を向ける国王は無表情。
「承知いたしました……」
国王の命令だから仕方がない。
人形の魔族は強いため、出来れば主である国王と魔族を二人きりにしたくは無い。
しかし、国王の命令には逆らう事が出来ずに女性騎士は渋々と頷き重たい足取りで持ち場に戻る。
不安な表情を浮かべて、何度も何度も背後を振り向きつつ謁見の間から廊下へ足を踏み出した。
女性騎士の背中を見送った国王が大きな扉を閉めると、背後を振り向き真っ直ぐギフリードを見る。
ギフリードは想像していたよりも随分と若い国王の姿に、表情には爽やかな笑顔を浮かべつつも内心では酷く驚いていた。
立派な白ひげを携えた貫禄のある男性を予想していたギフリードが、まじまじと国王の顔を観察する。
切れ長の鋭い目。
水色の瞳が揺らぐこと無く、真っ直ぐギフリードを見つめる。
前髪を耳にかけ眩い服に身を包み込んでいる国王が、ゆっくりと口を開く。
「まさか、お城に来ちゃうなんてね」
女性騎士に指示を出していた時よりも声のトーンが高い。
左手を腰に当て、苦笑する国王の表情の変化に驚きギフリードは唖然とする。
急に雰囲気の変わった国王の口調が穏やかなものへと変化する。
「おま……いや、貴方は」
見覚えのある態度、聞き覚えのある声。
穏やかな口調を耳にしてギルド内で出会った、ぼろぼろの身形をした青年の姿を思い浮かべたギフリードは声を上げる。
「ユタカって名前で呼んでよ。ここには君と僕の二人だけだから咎める人はいないよ」
「しかし……」
急にコロッと態度の変わった国王の言葉通り名前呼びを実行していいものだろうか。
いや、駄目だろうと考えた結果すぐに結論を出したギフリードが渋る。
「いいんだよ。自分で言っちゃうけど人間界を統治する王様は優しくて思いやりがあって可愛らしい一面があるって評判でしょう? 畏まった話し方で無くても怒らないよ」
「現国王は冷酷、無慈悲。人を人とも思わない化け物じみた性格の人物だと聞いているが?」
おちゃらけた口調で言葉を続けた国王に向かって、はっきりと事実を突きつける。
現国王の評判は頗る悪い。
「化け物じみた性格と言われている事実を初めて知ったんだけど。冷酷、無慈悲と言われる事はあったけど、ユタカとして身分を隠して街へ出た時に国民達は優しく接してくれたよ。街で盛大に転んだ時は国民が駆け寄ってきてくれて治癒魔法をかけてくれた事も……」
ギフリードの前で、おちゃらけてしまったため話が脱線してしまった。
国民達の評価を耳にしてショックを受けつつも、困ったように笑う国王が口を開く。
「おちゃらけている場合では無かったね。情報を求めて城まで来てくれたのに、ごめんね。僕の所にも大した情報は入っていないんだけどね。ボスモンスター討伐隊が壊滅してから行方をくらましている子達が3人いる事は機密事項だから言おうか言うまいか迷っていたんだけど、お城まで来てくれたから君を信用して話すね。一人目は討伐隊の隊長。二人目は鬼灯って言う赤髪の子。世間では死んだと思われているけど遺体が見つからなかった。3人目は副隊長を務めていた子。討伐隊壊滅の情報を持ち込んだのが、この子なんだけど数日後に行方をくらましたんだ」
国王の話は続く。
3人目のユキヒラって名前の冒険者が消えたとき一緒に姿を消したものがあった。
それは雷を操る魔術師の女性の遺体だった。
消えたのはギルドランクSクラスの彼女の遺体だけ。
紙と筆を取り出した国王が壁に紙をあてて筆を走らせる。
謁見の間で墨を使い魔王にあてた手紙を書く国王を二度見して、ギフリードは信じられないものを見るような視線を向ける。
もしも、見るからに高級な壁紙に墨がついてしまったらどうするのか。
いくら紙質がしっかりしているとは言え、墨が紙に染み込み壁に付いてしまう可能性もある。
不安を抱くギフリードの目の前で、国王は魔王に宛てた手紙を書き終えた。
「これを魔王に渡してよ」
筆をテーブルの上に戻し手紙の入った封筒を差し出す国王は満足そう。
魔王に一つ頼みたい事があるのだと言う。
君からも魔王に頼んでよ、と笑顔で言葉を続けた国王の性格は人懐っこいのかも知れない。
手紙の内容が分からない状況ではあるもののギフリードは国王と口約束を交わす。
「分かった。頼んでみよう」
やるか、やらないかは魔王が決める事。
手紙を受け取り封筒を懐にしまう。
壁にもたれ掛かる国王は随分と気を抜いている。
衣服に縫い付けられた装飾品の重さが全て国王に、のしかかっているのだろう。
握り拳を作り肩を、とんとんと叩く国王は疲労感に苛まれている。
城内にいる間は気を抜く事が出来ないのだろうと考えるギフリードの目の前で、国王が大きく伸びをする。
不意にコンコンと扉をノックする音が聞こえた。
完全に気を抜いている国王は、どのような反応を示すのだろう。
疑問を抱くギフリードは謁見の間、出入口の大きな扉に視線を向ける。
「失礼します」
国王が返事をする前に、ゆっくりと扉が開かれて銀色の鎧を身に纏った青年が謁見の間へ足を踏み入れる。
「用件は何か?」
先程までの緩い口調が一変した。
切れ長の鋭い目。
水色の瞳が揺らぐこと無く、真っ直ぐ男性騎士に向けられている。
先程まで隣で壁にもたれかかり気を抜いて肩を叩く素振りをしていた国王は慌てた様子も無く、澄ました顔をして態度をコロッと変えていた。
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