国王とギフリード

 険しい表情を浮かべるギフリードが、人間界を治める国王から預かった資料を魔王に差し出した。


「ご苦労であったな」

 腰まである長い髪の毛は漆黒。

 赤色の瞳が印象的な女性は長い前髪を手で豪快にかきあげる。

 ギフリードに向かって笑いかけると、目の前に差し出された資料を手に取って深々と頭を下げる。


 白い封筒に描かれている紋様もんようは白色の竜をモチーフにした複雑な模様をする。

 人間界を統べる王様だけが扱うことの出来る紋様を一目見た女性は、驚きと共に大きく目を見開いた。


「まさか国王がみずから手紙を書いたのか?」

 すぐに手紙の裏面を確認した女性が顔をあげる。

 手紙には人間界の国王の名前が記されていた。

 実際に顔を合わせた事は無く書物に記されていた似顔絵を見た事がある程度。

 殆んど城から出る事の無い国王は、そう簡単に出会う事の出来る人物では無い。

 ギフリードがどのようにして国王が自ら書き記した手紙を受けとる事が出来たのか、本当に国王が自ら書き記した手紙なのか疑問を抱いた魔王の問いかけに対して、ギフリードは事情を説明する。


「はい。数日前に起こったボスモンスター討伐隊の壊滅。その隊長を務めていた人物の裏切りについて、国王も自ら城を抜け出して調べ回っているようでした。街中でみすぼらしい格好をした青年が声をかけてきたのですが。その方が後々分かった事ですが国を治めている人物でした」




 数時間前。


 人間界の東の森に生息していたはずのドラゴンの捜索と、ドラゴン討伐のクエストを魔王に相談する事も無く受けてしまった事を報告したギフリードは、魔王からの指示を受けて人間界に赴いた。


 人間界に突如とつじょ現れた人形ひとがたの魔族を見て一時、街は騒然そうぜんとなった。

 街路を歩いていた人々は突然の来客に逃げ出すことも声を上げる事も出来ずに、遠巻きにギフリードを眺めている。

 魔界のギルドとは違い、人間界のギルドは古びた大きな木造の二階建て。

 室内は薄暗い。


「だーかーらー、どうして僕がクエストに参加する事が出来ないのか理由を説明してよ!」

 魔界の住人である魔族の登場に驚き、戸惑いと恐怖心に苛まれた受付嬢や冒険者達が身動きを取る事が出来なくなり、ギルド内は静寂に包み込まれる。

 緊迫した雰囲気の中で一人、呑気な青年が対面する受付嬢に向かって大声を上げる。


 ところどころ破けている布切れを身に纏い、古びた刀を背負っている。

 クリーム色の髪の毛が印象的な青年は長い前髪が顔を覆い隠しているため、その表情を確認する事は出来ない。

 ギフリードを見つめたまま恐怖心に苛まれている受付嬢は、ガクガクと小刻みに体を震わせる。

 両手を胸元の高さで組み合わせたままの状態で、身動きを取る事が出来なくなってしまった受付嬢は顔面蒼白のまま、ぼろぼろの身なりをした青年の言葉に対して返事をする余裕も無い。


「もう、人が大事な話をしてる時に何?」

 とつぜん恐怖心に苛まれてしまった受付嬢の視線を目で追って、勢い良く背後を振り向いた青年が、ギフリードの存在を確認する。


「はぁ? なんで魔界の住人が人間界にいるのさ?」

 ギフリードの姿を視界に捉えるなり、あんぐりと口を開き本音を漏らした青年は、恐怖心と言うものを知らないのか。

 魔族の神経を逆撫でる発言をする青年の行動に対して、周囲を囲む冒険者や受付嬢に緊張が走る。

 おいおい、殺されるぞ。


 人差し指をギフリードに向けて指差す青年を見て、誰もが同じ考えを持つ中で

「ちょっと来なさい!」

 受付嬢に声をかけていた時と同じテンションのまま、全く躊躇う事も無く魔族の腕を掴み引き寄せた青年がギフリードに指示を出す。

 訳も分からないまま唖然とする冒険者や受付嬢の視線の先で、強引に魔族を建物の外へ引っ張り出す事に成功をした青年は一体何者なのか。

 パタンと音を立てて扉がしまった事により、無言で青年とギフリードを見送っていた冒険者達が緊張感から解放されて、ざわめき立つ。


「何あいつ、怖いもの知らずかよ」

「うっわー、怖かったぁ」

人形ひとがたの魔族は初めて見たけど容姿端麗だったわね!」

 それぞれに思った事を口にする。




 ぼさぼさの髪の毛は寝癖なのか、それとも地毛なのか見分けが付かないほど毛先が四方八方に跳ねあがり纏まりがない。

 素足が見えるほど大きく破けた靴は長いこと使い込んだのだろう、そろそろ買い換え時だと思う。

 転んだのか青年の頬には、ところどころ土がついている。


「どうして魔族が人間界にいるの?」


 人通りの激しい街路を抜けて人気の無い森の中に足を踏み入れた所で、勢い良く背後を振り向いた青年に人間界にいる理由を問いかけられる。

 人間界にいる理由を青年に説明したところで、へぇーそうなんだと簡単な返事をされそうな気もするけれど、答えておくべきか。

 ぼさぼさの髪の毛が目元を覆い隠しているため青年の表情が全く見えない。

 信用をしても良い相手かどうか雰囲気から判断をする事も出来ずに考える。

 人間界にいる理由を口にしても良いものだろうかと考え込んでいると、しびれを切らしたのだろう。

 再び青年が口を開く。


「ねぇ、聞いてる?」

 種族の違う者を目の前にしてもおくすることなく声をかける青年が、横腹に手を当てて首を傾げるものだから何だか害はないように思えてしまって、ギフリードは小さく頷き口を開く。


「別に悪さをしようとしているわけでは無い。ただ、数日前に起こったボスモンスター討伐隊の壊滅について調べに来ただけだ」

 長い前髪が顔を覆い隠しているため、青年の表情は全く見ることが出来ない。

 口調から青年の感情を推測する。

 ほのぼのとした雰囲気を醸しつつも、決して隙を見せる事の無い青年は威圧的な物言いをする。

 ぼろぼろの身なりをしているため見た目は、ひ弱そうな青年は実力を隠しているだけで戦闘力は非常に高いのだと思う。

 青年に酷く警戒心を抱かれている事を口調から予想する。

 人間界に魔族が何の前触れもなく現れたのだから、警戒心むき出しになる気持ちも分からなくもない。

 もしも、魔界に堕天使が現れたら自分も青年と同じ反応を示すだろうと考えるギフリードは、少しでも警戒心を解いてもらおうと考える。

 ボスモンスター討伐隊壊滅の情報を手に入れるために、自分が人間界に来た理由を青年に告げる。


 ボスモンスター討伐隊の壊滅と言葉を口にした途端、見るからに青年の表情が変化する。

 唖然とする青年は、視線を地面に移すと眉尻を下げて俯いてしまう。

 長い前髪が覆い隠しているにもかかわらず、青年が今にも泣き出しそうな表情を浮かべている事が分かってしまう。


「もしかして、ボスモンスター討伐隊隊員の中に身内や友人がいたのか?」

 両頬に両手を添えて何とか心落ち着かせようとしている青年に対して、ギフリードは浮かんだ考えを問いかける。


「身内がいたよ。僕もボスモンスター討伐隊の壊滅について知りたくて、ドラゴン討伐のクエストを受注しようとしたんだ。隊長が裏切ったって世間には広まってるけど、僕は真実は別にあると思ってる」

 うつむく青年は更に言葉を続ける。


「討伐隊を壊滅に追い込んだドラゴンの捜索、そして討伐のクエストは既に他の団体が受けたから僕が受注する事は出来ないと言われちゃったんだけどね」

 俯かせていた顔を上げた青年が、小さな声で言葉を呟いた。


「ドラゴンのクエストを受ければ、行方不明になってる討伐隊隊長の情報も入ってくるかなって思っていたんだ」

 そして、黙ってしまった青年に対してギフリードは考えを伝えるために口を開く。


「ドラゴン討伐依頼のクエストを受けた団体と言うのは我々の事だな。魔王の許可を得て人間界の東の森に現れたドラゴンの討伐依頼を暗黒騎士団である我々が受注させてもらったんだ」


「なぜ魔王に仕える暗黒騎士団が人間界に出現したドラゴン討伐の依頼を受ける事になったの? 経緯が知りたいのだけど、機密事項になるのかな?」

 魔界の住人である魔族と人間は基本的に関わる事は無い。

 魔界と人間界が遠く離れているため情報は伝書鳩を飛ばす事により行き来する事はあるけれども、魔族が人間界に直接足を踏み入れる事は殆んど無い。

 もしも、魔族が人間界に足を踏み入れたとしても白昼堂々と人間の前に姿を表すことは無い。

 人間を拐かして食らう事はあっても、情報を仕入れるために冒険者の屯うギルドに足を踏み入れる事なんて前代未聞である。

 どのような経緯で人間界の東の森に出現したドラゴン討伐の依頼を受ける事になったのか、駄目元で理由の説明を促してみれば、魔族の青年は意外と友好的。

 事情を説明しようとして口を開く。


「私は魔王に仕える暗黒騎士団の隊長を務めているんだが、ある少年を暗黒騎士団に勧誘した。その少年が希望したドラゴン討伐のクエストの発注と受注を行ったんだ」

 きっと、機密事項を無理して話してくれたのだろう。

 暗黒騎士団に新たなメンバーが加わった事を、人間である自分が知っても良かったのだろうかと不安を抱きつつも、ぼろぼろの身なりをした青年は更に情報を求めてギフリードの側へと歩み寄る。


「その少年は仲間の敵を討ちたいと言っていたから、殺されたボスモンスター討伐隊の中に知り合いがいたんだろうな」

「ねぇ、その少年の特徴を教えてよ。どんな子だった?」

 ギフリードの言う少年と、自分の探し求めている人物が同一人物であって欲しい。

 淡い期待を抱きながら祈るような気持ちで暗黒騎士団の新メンバーに加入した少年の特徴を問いかける、ぼろぼろの身形をした青年は必死。


「フードを深々と被っていたから容姿は分からないけど、手触りの良さそうなクリーム色の髪の毛がフードの隙間から僅かに見えていた。宴会の会場で熟睡するような奴って事しか分からないんだが」

 正直に言ってしまうと少年とは出合ったばかりのため、どのような人物なのか分からない。

 魔族の身に付けている衣服を鷲掴みにして他に情報は無いのと首を傾げる青年にとって、探し求めている人物は大切な存在なのだろう。

 形振り構わなくなっている青年に対して、伝える事の出来る情報が殆んど無くてギフリードは申し訳なさそうに頭を下げる。


「その少年に会わせてくれない?」

 ぼろぼろの身なりをした青年との会話は終わるだろうと考えていたギフリードが唖然とする。

 予想外の頼み事をされたため戸惑うギフリードの事などお構い無し、青年は期待に満ちた眼差で再び口を開く。


「宴会会場で熟睡をしていたんだね。クリーム色の髪色も僕の探している子と共通するから会ってみたい。話もしてみたい」

 どきどきと心臓が何時もよりも早く脈打つ。

 探している人物と共通した点があるため期待をしてしまう。


「その少年は魔界にいるから会いたいのなら魔界に来ればいい」

 魔族の青年が話す少年と、自分の探している人物が同一人物でありますようにと願う青年が、少年の居場所を耳にして急に肩をすくめて表情を曇らせる。


「魔界は遠すぎるよ。僕も気軽に遠出する事が出来たら良かったんだけど……その少年を人間界に連れて来てくれない?」

 自分が傲慢な頼み事をしている事は理解している。

 初対面の魔族相手に非常に失礼な態度を取っていることも分かっている。

 両手の平を胸元の高さで合わせて恐る恐る頼み事をする青年に対してギフリードは苦笑する。


「その少年が飛行術を身につけたらな」

 魔界は遠すぎる。

 愕然とする気持ちのまま自分が気軽に遠出する事の出来る立場では無い事を口に出してしまった青年の本音を耳にして、ギフリードは無茶な願いを一蹴すること無く保留にする。

 50,000,000Gを支払う事により身に付けることの出来る飛行術を思い起こして苦笑する青年が、ぽつりと一言呟いた。


「一体いつになるのやら」

 人間の寿命は短い。

 50,000,000Gもの大金を手にするのが先か、天寿を全うするのが先か。


「ん?」

 あまりにも小さな独り言だったためギフリードの耳には、ぼろぼろの身なりをした青年の独り言は届かなかった。


「ううん。何でも無いよ」

 首を傾げるギフリードに、慌てて両手を左右に振る素振りを見せる青年が苦笑する。


「ごめん。ギルドに用があったのに無理やり連れてきてしまって」

 そして、ギフリードに向かって深々と頭を下げた青年が素早く身を翻す。


「君と話せてよかったよ」

 最後にギフリードに視線を向けて気持ちを伝える。

 一歩、二歩、三歩と三歩目で一気に空中に飛び上がった青年が高速移動をする。

 瞬く間に空へと消えていく青年を呆然と見送っていたギフリードは、ふと我に返り。

 興味深そうな表情を浮かべて、ぽつりと考えを口にする。


「空を飛べるのか」

 ぼろぼろの身形をしているけれども、それは偽りの姿。

 一体何者なのだろうと青年に対して興味を抱いたギフリードは、数時間後に再び青年と再会をする事になる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る