同一人物か?

 人間が使う光の回復魔法とは違って闇の回復魔法は近くにいる人の魔力を少しずつ吸い取り対象の相手を回復する。

 手を添えると魔力を少しずつ吸いとられていくような感覚がある。

 初めて目にする闇魔法に感心をしていた鬼灯が、ふと思い出す。


 ヒビキと言う名前に聞き覚えがあった。

 人間界を出る少し前に耳にした名前である。

 ギルドの受付嬢が人懐っこくて、おっとりとした口調で喋る少年の名前をヒビキと言っていた。

 鬼灯が探している仲間と言うのはボスモンスター討伐隊の隊長を務めていた人物であり、普段から狐面を身に付けていたため顔を見ることは叶わなかったけれど寡黙な人だった。

 受付嬢が言うには寡黙なボスモンスター討伐隊隊長と、おっとりとした口調で話をする人懐っこい少年は同一人物であるらしい。


 鬼灯の知るボスモンスター討伐隊隊長は人と余り喋らず人に頼らず一人でも生きていけそうな、そんなイメージを人に与える人物のため、話を聞けば聞くほど同一人物には思えなかったのだけれども受付嬢はヒビキという少年の写真を見せてくれた。

 写真で見たヒビキという少年は、まだ幼さが残る顔立ちで、正直ボスモンスター討伐隊隊長を務めていた人物の顔を見た事が無かったため同一人物であるかどうか判断する事は出来なかった。

 実際に会えば別人か、それとも受付嬢の言う通り本当に同一人物なのか分かると思っていた。

 目の前に倒れている少年を自分の知っている討伐隊の隊長と比較する。

 声のトーンや話口調や雰囲気から判断をしてみるものの、どう考えても別人としか思えない。

 どうしたものかと考えていた鬼灯の目の前で、女性魔術師の一人が名前を呼んでも一向に反応を示す事の無いヒビキのフードを取り外そうとした。


「あ……こいつ顔を見られるのを嫌がるんで」

 女性魔術師の行動を鬼灯が制す。

 

 理由は適当につけたけど、もしも落雷を受けて倒れた少年が受付嬢の話していたヒビキと同一人物だった場合、フードを外すと魔族では無く人間である事がばれてしまう。

 魔族達に人間が魔界に紛れ込んでいる事が知られた時、どのような反応を示すのか予想する事が出来ない。

 しかし後々、厄介なことになる事は明確で咄嗟に狐耳フード付きケープを身に纏っている少年を庇ってしまう。


「あら、そうなの?」

 首を傾けて鬼灯を見た女性がフードから手をはずす。

 魔術師の女性と鬼灯の会話を興味が無いふりをしながらも、こっそりと盗み聞きをしている人物がいた。


「トルネード」

 片手を伸ばし、ぽつりと呟いたリンスールの指先が白い光に包まれる。

 目の前に迫るドワーフ達の足元に巨大な魔方陣が現れて、現れた魔法陣から巨大な竜巻が発生した。

 ちらっと鬼灯とヒビキを横目に見たリンスールが目を細める素振りを見せる。

 ヒビキと同じ黄色いオーラを体に纏う鬼灯の種族が人である事をリンスールは気づいていた。

 しかし、二人の種族が同じってだけで、まさか顔見知りであるとは思ってもいなかったリンスールが鬼灯の言葉に興味を示す。


 あ……こいつ顔を見られるのを嫌がるんで。

 そう言ってヒビキのフードが取り外されるのを阻止した鬼灯が、何者なのか知りたくなった。

 ヒビキとどのような関係なのか探るために、先程から聞き耳を立てているのだけれども、なかなか二人の関係性が分からない。

 兄弟では無さそうだし友人同士とも違う。

 鬼灯が口を開き言葉を続ける事を期待していたリンスールの視線の先で、意識を失っていたヒビキの指先が僅かに動く。

 どうやらヒビキの意識が回復し始めているようで


「お兄ちゃん?」

 ヒビキの僅かな反応を見逃しはしなかった。ヒナミが素早くヒビキの元に駆け寄った。


 横たわるヒビキの顔を覗き込むようにして声をかけると

「頭がくらくらする」

 右腕で目を覆い隠したヒビキが、ぽつりと体調が悪いことを口にする。

「お兄ちゃん、ごめんなさい」

 今にも泣き出しそうなヒナミの声を聞き、仰向けだった体を横に向ける。

 そして地面に両手をついて上半身を起こそうとしたヒビキが途中まで体を起こしたところで、ぴたりと身動きを止めてしまう。

 突然どうしたのかと疑問を抱いたヒナミがヒビキの顔を覗き込んだ。

 四つん這いのまま身動きを止めてしまったヒビキが、その場に立ち上がろうとしている事が分かる。

 しかし、中途半端な姿勢のまま身動きを止めてしまったヒビキは気づいてはいないけれども、3階層にいる冒険者達が心配そうに様子を伺っている。


「ごめん、吐きそう」

 ヒビキが弱々しい声で、ぽつりと呟いた。


 きゃあああと悲鳴をあげた女性魔術師がヒビキの背中をさする。

 お兄ちゃん横になってと、慌てるヒナミがヒビキに横になるように指示を出す。


 魔術師の男性が吐き気を催してるヒビキから、そっと離れて遠くで

「我慢だ、我慢! 吐くなよ!」

 何やら大声で叫んでる。

 ヒビキを取り囲んでいた冒険者達がパニックになるのを眺めていた鬼灯は大きなため息を吐き出した。


「やはり、同一人物とは思えんな」

 そして、ぽつりと呟いた独り言に対して、ずっと聞き耳を立てていたリンスールが反応を示す。


「どういう意味ですか?」

 鬼灯の独り言の意味を知りたくて、リンスールは真顔で問いかけた。

 鬼灯が声の主に視線を向けると、そこには薄い緑色の瞳と薄い黄緑色の髪の毛が印象的なエルフの青年が佇んでいた。


「貴方はヒビキ君とお知り合いですか? どうして魔界にいるのですか?」

「えっと……」

 突然の青年からの問いかけに対して、言っている意味を理解する事の出来なかった鬼灯が首を傾げて口ごもる。


「貴方の種族はヒビキ君と同じですよね?」

「あぁ。思い出した。妖精は人のオーラで種族を判別出来るんだったな」

 3階層にいる冒険者達がヒビキを囲み右往左往している中、鬼灯とリンスールが神妙な面持ちで話し合う。


「仲間を探すために来た。狐の面を身に付けているから、すぐに見つけられると思っていたんだが」

「ん? 狐の面ですか?」

 鬼灯の言葉に反応を示したリンスールが、ぽかんとした表情を浮かべると、首を傾げて問いかける。

 そして、吐き気を催しているヒビキに視線を向ける。

 2階層に980レベルのトロールが現れた時にヒビキがつけていたお面が、確か狐の形をしていた。


「貴方の知る狐の面を付けた方は、どのような人物なのですか?」

「どのような人物か正直、共に狩りを行っていた時は話す事も無かったし、いつも狐の面を身に付けていたから顔を見た事が無くて俺も詳しくは分からないんだけどさ。人と一緒に行動をするよりは一人でいようとする奴だったかな。いつも狐の面をつけていたから容姿は分からないけど髪色はクリーム色。青い炎を纏う刀を何処からとも無く出現させて戦う姿が印象的だったかな」

 鬼灯の言葉を真剣に聞いていたリンスールが、青い炎に包まれた刀を使って戦うヒビキの姿を思い起こす。


「ヒビキ君も青色の炎を纏う刀や赤色の炎を纏う剣を使って戦いますよ」

 少しずつ乱れていた呼吸が整い始めて吐き気がおさまり、ゆっくりと腰を上げて立ち上がったヒビキが覚束ない足取りで歩き出す。


「あなたの探している仲間と同一人物かは私には分かりませんが、しばらく一緒にいれば分かるのでは?」 

「ああ、そうだな」

 泣きべそをかくヒナミの頭を撫でながら、ゆっくりとリンスールや鬼灯の元へ足を進めるヒビキの顔色は血の気が引いて青白い。

 ヒビキを指差して考えを口にしたリンスールの問いかけに対して鬼灯は苦笑する。

 正直なところ行動を共にしてもボスモンスター討伐隊隊長と、目の前の少年が同一人物であるかどうか見分ける自信は無い。

 不安を抱きつつも鬼灯は小さく頷いた。


 ピロンと高い音がして鬼灯が瞬きを繰り返す。

 リンスールにパーティーに誘われています。加入しますか?

 目の前に現れた文字を読み


 はい


 左下にあるボタンを押すとリンスールに視線を戻す。

 リンスールは鬼灯と共にパーティーを組んでいた猫耳が印象的な女性も仲間に誘う。


 しかし、猫耳が印象的な女性は両手を胸元の高さまで持ち上げて左右に振る素振りを見せると

「私は遠慮しとくよ。この後行くとこがあるからね。誘ってくれて有り難う」

 パーティーに入る事を断った。

 そして、鬼灯が新たな仲間を見つけてパーティーを組んだ事を確認して安堵する女性は、輪を抜け出してドワーフの塔を後にする。

 塔を抜け出し大きく息を吐きだした女性は遠くに見える魔王城を見つめる。


「寄り道をしすぎたなぁ」

 そして、ぽつりと独り言を呟くと勢い良く走りだして助走をつける。

 勢いが付いたところで強く地面を蹴りつけて、空へと飛び上がった彼女は瞬く間に魔王城の建つ方角に消えていった。



 

 その頃、魔王城では。

 数日前に人間界で起こったボスモンスター討伐隊の壊滅。

 チームの隊長による裏切りについて調べていたギフリードが情報を手に魔王の元を訪れていた。

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