SSSクラスの冒険者

 ユキヒラが不気味な笑みを浮かべて人間界を出た頃。

 魔界ではトロールの討伐をしゅくして宴会が行われていた。

 ギルドの2階にある一部屋ひとへやを貸しきって行われた宴会は、ドワーフの塔の2階層でトロールの討伐に参加をした冒険者以外にも、魔界で名を馳せている冒険者が情報を手に入れるために密かに参加しているらしい。


 ギルドランクSSSクラスのギフリードは魔界のトップである魔王に仕える直属の騎士である。

 暗黒騎士団の隊長を務める青年が城の外へ出ることは滅多になく、その姿を見ようと城におもむく魔族も少なくは無いと言う。

 漆黒の鎧を纏い同じく黒色のコートを羽織っている。

 背中には大きな剣を背負う、銀色の髪の毛が印象的な青年は調査員の役割も果たす。

 魔王の指示で今回はドワーフの塔に出現したトロールと、そのトロールを倒した者の情報を集めて宴会に参加している冒険者に声をかけている。


 同じくギルドランクSSSクラスの有名人。薄い緑色の髪の毛に緑色の瞳が印象的なエルフの少女も、調査員の役割を果たすために宴会に参加していた。

 妖精の森から魔界に情報を集めに来たようで、人見知りなのだろう。

 不安そうに眉尻を下げている。

 アイリスと名乗った少女はヒナミの側を離れようとしない。

 滅多にお目に掛かる事の出来ない最高ランクの冒険者を、近くで見ようとトロールの討伐に成功をした冒険者達が取り囲む。

 普段魔王の側近として城にいるギフリードは人に囲まれる事に慣れていないため、何だか居心地が悪そうである。

 それは妖精の森から魔界にやってきたアイリスも同じ事で、ヒナミの腕にしがみつき怯えた表情を浮かべていた。


 トロール討伐に成功をした冒険者達がギフリードとアイリスを囲む中でヒビキはというと、部屋の片隅にあるソファーの上に力なく腰を下ろし騒がしい室内で深い眠りについていた。

 宴会が開始したのは午前0時を迎えようとしていた頃。

 その時すでに眠たそうにしていたヒビキは宴会が始まって、すぐに眠気に耐えきれずソファーに腰かける。

 しばらくの間は虚ろ虚ろとしながらも何とか眠りにつくこと無く抵抗を試みていたヒビキは数分間、頑張った後にソファーにもたれ掛かるようにして熟睡してしまう。

 ヒビキの隣に傷は完治したとはいえ沢山の血を吐き出したため、血が足りていないリンスールが腰を下ろす。


 ヒビキは眠たいから。

 リンスールは血が足りず体が重いから。

 それぞれに理由をべてトロールの討伐が終わり、ドワーフの塔から抜け出した後すぐに帰宅しようとした。

 しかし、帰ろうとする二人を他の冒険者達が無理やり引き止める。

 ヒビキに関しては眠気に負けて目蓋を閉じた状態でギルドに連れてこられたため討伐後の記憶は殆ど無いだろう。


 騒がしい室内で熟睡するヒビキを呆然と眺めて

「それにしても、よくこんな騒がしいところで熟睡する事が出来ますね」

 リンスールが信じられないものを見るような視線を向ける。

 隣で本音を口にしてみても起きる気配はない。

 整った呼吸を繰り返している。

 お腹をポンポンと音を立てて指先で叩いても身動みじろぎ一つしない。

 暇をもて余すリンスールが、ため息を吐き出した。


 リンスールの視線が熟睡しているヒビキから床に移り、つまらなさそうにしている頃。

 部屋の中央にあるテーブルの上に沢山の料理が並びだす。

 魚の煮付けや豚の角煮を皿によそう大人たち。

 デザートを真っ先に口にする子供達の姿もある。

 そして、テーブルの上に並べられたお酒は飲み放題。

 大人達が我先にと酒を手に取り口にする。

 自分の周囲を囲む冒険者達を見て、ギフリードは随分と仲の良いチームだなと考えていた。

 男性も女性も子供も部屋の一ヶ所に集まって楽しそうにはしゃいでいる。


 冒険者に囲まれてしまっているため部屋全体を見渡すことが出来ないギフリードは、部屋の片隅にいるヒビキとリンスールの二人には気づいてはいなかった。

 アイリスに至っては怯えるばかりで周りを見渡す余裕もない。

 そろそろ話の話題をトロールの討伐に持っていきたいなと考えていたギフリードが、どう話を切り出そうか迷っていた時。


「それにしても、今回のトロール戦で死人が出なくて良かったな。リンスールが危なかったけど」

 酒を飲んだ事により上機嫌になった冒険者が声をあげる。


「そうだな。リンスールが骨を砕かれ倒れた時は、正直もうダメかもしれないと思ったな。呼び掛けても反応がないし血は吐き出すし」

 狼男が冒険者の言葉に大きく頷いた。


「あの……その、死人が出なかったって事は、そのリンスールって人は助かったのですよね?」

 狼男の話にピクッと反応を示したアイリスがヒナミの後ろから顔を覗かせる。

 恐る恐る問いかけたアイリスに対して狼男は笑顔を浮かべて頷いた。


「おう、そこにいるぜ」

 狼男が部屋の片隅で、つまらなさそうにしているリンスールを指差した。


 ここで、やっとリンスールとヒビキの存在に気づいたアイリスとギフリードが驚いたように互いに顔を見合わせる。

 部屋の隅に設置されたソファーに腰を下ろしてくつろいでいるリンスールと、その隣で熟睡する少年の姿を眺める。


「今は元気そうに見えますが?」

 ソファーに腰を下ろすリンスールに視線を移したアイリスが、言葉を漏らすようにして呟いた。

 眉尻を下げて今にも泣き出しそうな表情を浮かべている。


「うん。お母さんが全回復魔法を使って回復をしたからね」

 アイリスの質問に対してヒナミが笑顔で返事をする。

 自慢のお母さんだよと言葉を続けたヒナミにアイリスは更に身を寄せる。


「君達が途中参加で来てくれなければ、きっと私達は全滅をしていたでしょうね。トロールの動きが速すぎて目で追う事で精一杯だったし攻撃もあてられず、もう駄目だと諦めかけていたときに彼女達が来てくれました」

 知的そうな魔術師の青年がヒナミの言葉を耳にして苦笑する。


「彼女達が途中参加で来てくれたとは?」

 魔術師の言葉に疑問を持ったのはギフリードだった。

 いまいち魔術師の青年の言葉だけでは状況を理解する事が出来ずに、首を傾けて問いかける。 


「緊急クエスに親子3人が途中参加をしてくれたのです。侵入者としてトロールから優先的に狙われてしまいましたが、そのお陰で私達は生き延びることが出来たのです」

 魔術師の青年がヒナミと、ヒナミの母親と、ヒビキの3人を指差した。

 話の話題が自分達の事に変わってもヒビキは熟睡したまま、心地良さそうに眠りについている。

 フードを深く被ったまま熟睡をするヒビキは起きる気配がない。


「トロールは敏捷びんしょう性が高かったので、まともに戦えたのは数名だけでした」

「私は目で追う事で精一杯でした」

「私もです」

 4名の冒険者を指差した魔術師の青年。

 指差しを受けて驚いたように目を見開く冒険者達が苦笑する。見えてはいたけれども目で追うので精一杯だったため、攻撃を放つ余裕も無かったですと正直に手も足も出なかった事実を口にした。


「正直なところ、俺も防御をしていただけで攻撃は一度も届かなかったからな」

 狼男も、素直に攻撃が届かなかった事実を口にして苦笑する。


「出現したトロールは敏捷性が高かった……と」

 トロール討伐に携わった冒険者達の情報を元に、ギフリードはペンを懐から取り出すと黒い紙に白い文字を書き記す。


「防御力は弱かったな。でも攻撃力は高かった」

 狼男の言葉に続くようにして魔術師の女性が口を開く。


「ヒットポイントが残り僅かとなったトロールの動きが急激に変化をしてからは、目で姿を捉える事も全く出来なかったわね」

 魔術師の女性が素早い動きを見せたトロールを思い起こして苦笑する。

 2階層にいた殆どの冒険者がトロールの動きを目で追うので精一杯だったと言う。


「トロールの動きが激変してからは、その少女とソファーの上で熟睡をしている少年が戦ってくれたんだ」

 ヒナミとヒビキを指差した狼男の言葉を耳にして、まさか話を振られるとは思ってもいなかったヒナミが慌てて首を振る。


「私にも見えて無かったよ。だって、トロールの拳が目の前に迫って来るまで気付かなかったもん。お兄ちゃんは私に迫るトロールを止めようと剣を振っていたから見えてたと思うけど……私には目で追うことも出来なかったよ。あ、でもリンスールさんは見えてたと思うよ。攻撃を受けそうな私に防御壁を張って、なおかつトロールの身動きを拘束魔法、木のツルを発動することにより封じてくれたから」

 両手を目の前で左右に振り、狼男の言葉を否定したヒナミが困ったように言葉を続けるとギフリードの興味がヒビキやリンスールに移る。


「ほう。だったら、あの二人に話を聞いてみるか」

 素早く身を翻し部屋の隅にいるリンスールやヒビキの元に移動をするギフリードは何だか嬉しそう。

 ヒナミはヒビキを指差して、さりげなくお兄ちゃんと呼ぶ事を忘れない。

 100歳未満であるヒビキは成人をしていないため、夜中に出歩くのには保護者同伴が義務付けられている。

 ヒナミはリンスールの名前も出した。

 喋り相手が居なくて、つまらなさそうにしているリンスールに強引な形で話し相手を押し付ける。

 ヒナミの思惑通りギフリードは、ヒビキとリンスールの二人に興味を持ち歩み寄る。


 無表情ではあるけれどリンスールは面倒な事をしてくれたとヒナミに視線を送り、実際に言葉には出せないため口から危うく出かかった文句を飲み込んだ。

 へへっと笑うヒナミは、最初から二人を巻き込むつもりだったらしい。

 嬉しそうにギフリードの後を追いかけるヒナミが、ヒビキとリンスールの目の前に移動をする。


「トロールに止めを刺したのは?」

「彼です。私はトロールを目で追うので精一杯でした」

 暗黒騎士団隊長を務めるギフリードに問いかけられてリンスールはヒビキを指差した。

 面倒事をヒビキに丸投げする。


 「この少年にも話を聞きたいんだが……」

 熟睡するヒビキの肩を試しに揺すってみる。

 ピクリとも反応を示さないヒビキに対して、ギフリードが困ったように呟いた。


「起きないと思いますよ。さっきから揺すったり叩いたりしていますがピクリともしませんし」

 リンスールが言うようにヒナミがヒビキの横腹をくすぐってもアイリスが、ぐいぐいっとヒビキの腹を押しても全く反応がない。


「朝になるまで待つか……」

 ヒビキが起きないのなら仕方がない。

 小さなため息を吐き出すとヒビキの隣に腰を下ろす。

 料理の並んだテーブルを囲み騒いでいる冒険者を見つめて、ギフリードは再びため息を吐き出した。


「助かった。人の多いところは苦手でな人の輪の中から、どうやって抜け出そうかと考えていた」

「へへっ!」

 笑顔を見せるヒナミがリンスールの隣に腰を下ろす。


「人に囲まれて、すぐに心の色が変化をしたから、お兄ちゃんが困っているのが分かったの」

 ギフリードに笑いかけるヒナミは人懐っこい。

 アイリスとは対照的。

 ヒナミの隣にゆっくりと腰を下ろしたアイリスは、ヒナミの側を離れる気は無いようで身を寄せる。

 怯えるアイリスを安心させるためにヒナミが大丈夫だよと声をかけるけれども、アイリスは不安そうな表情を浮かべたままである。

 随分と警戒心が強い。

 それでもリンスールに向かって小さく頭を下げてお辞儀をしたアイリスの態度から、ヒナミは二人は知り合いなのだろうかと考える。

 リンスールは笑顔を浮かべてアイリスにお辞儀を返す。

 やはり二人は顔見知りらしい。


「ヒナミさんは、人の心が見えるのですね」

 リンスールが無表情のままアイリスからヒナミに視線を移して問いかけた。


「うん。リンスールさんが、つまらなさそうにしていたから、このお兄ちゃんを連れていけば話し相手が出来るかなって思って」

 笑顔を見せるヒナミに対してリンスールが苦笑する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る