決着。鬼灯は再会を願う
地面が大きく揺れ動く直前に見たヒナミは、恐怖心に苛まれて力無く地面に腰を下ろして泣きべそをかいていた。
魔術師の青年が咄嗟に呪文を唱える事により、防壁を張り巡らせようとしていたものの間に合わなかった。悲惨な光景を想像する。
ヒナミの上に落とされた巨大な拳を茫然自失のまま見つめるていると
「うぅ……」
地面に力無く座り込み、大粒の涙を流すヒナミの姿が視界に入り込む。
一体、何がヒナミを守ったのか。
周囲を見渡してみると、魔術師の女性に体を支えられるような形で何とか上半身を起こし、トロールに向かって右腕を伸ばしているリンスールの姿が視界に入り込む。
頭を抱え込んで泣き叫んでいるヒナミの母親は、すぐ隣でリンスールがトロールに向かって拘束魔法を発動したことに気づいてはいない。
リンスールが咄嗟に発動した木のツルはトロールに巻き付くことにより、その身動きを見事に封じ込んでいた。
魔術師の女性が、ヒナミの母親の背中に手を添えて娘さんは大丈夫ですよと声をかける。
「あまり持ちません!」
巨大なトロールを一人で拘束しているリンスールは苦しそう。
トロールの拘束には成功をしたものの長時間、拘束をしているだけの余裕も無いため大声を出して拘束魔法が持たないことを仲間達に伝える。
トロールの背後に素早く移動したミノタウロスが勢い良く斧を振り上げる。
トロールが背後を振り向く前に斧を振り下ろしたものの、力業で木のツルを引きちぎったトロールが大きく前進することにより斧を避ける。
斧は目標を見失い深々と地面に突き刺さる。
「お兄ちゃん! とどめを」
ミノタウロスによる、トロールの死角からの攻撃は見事に失敗をした。
しかし、チャンスを見逃さなかったヒナミが大声で叫ぶ。
ミノタウロスの攻撃を勢い良く避けたため身体のバランスを崩して、よろめいたトロールが今にも顔面から地面に倒れそうになっている。
じたばたと手を動かす姿は何だか滑稽に思えて、放心状態のまま佇んでいたヒビキに向かってヒナミの母親が声をかける。
「早く!」
ヒナミの母親に急かされて、すぐに助走をつけ地を蹴りトロールの真上に飛び上がる。
刀をトロールの胸にめがけて振り下ろすと、咄嗟に腕を横向きに振り払ったトロールが剣から身を守ろうとして防御をとる。
目の前に迫った腕に驚いて慌てて刀でいなす。
体を回転させて刀に勢いをつけ、そのままトロールの首めがけて刀を振ると初めてトロールに攻撃があたった。
攻撃があたったと喜ぶヒビキの視線先で、胴体から離れたトロールの首が飛ぶ。
まさか首を切断してしまうとは、トロールに攻撃を当てた本人が一番驚いている。
あんぐりと口を開いて大きく傾くトロールの胴体を眺めるヒビキは間抜け面を浮かべていた。
2階層には子供達もいるから、出来るだけトラウマにならないような戦い方をしようと思っていた。
しかし、最終的にはトロールの首を切断してしまうとは、間違いなく子供達にはトラウマを与えることになってしまっただろう。
ヒットポイントがゼロになりサラサラとトロールの巨体が砂になって消えていく。
ちらっと、親子に視線向けると男の子は母親と父親の間でピョンピョンと跳び跳ねて喜んでいた。
魔術師の少女に視線を向けると、彼女も他の魔術師に囲まれて笑顔で笑っている。
そんな子供達の様子を見て安堵する。
両手を掲げて勢い良く巨大な斧を頭上で振り回したミノタウロスが、ゆっくりと右手に斧を持ちかえると、ご主人であるヒナミの目の前に移動をする。
「ありがとう! お疲れ様」
ミノタウロスに抱きついて手触りの良い、ふさふさのお腹にギュッと顔を埋めたヒナミが微笑むと、ミノタウロスが煙となって消えてしまう。
巨大な召喚魔が消えたのを合図としたように、一斉に2階層に歓声が上がた。
周囲を見渡すと仲間達の体が光輝いている。
母親が涙を拭う事もなく、ヒナミの元に一目散に駆け寄った。
「ヒナミちゃん! 本当に良かった!」
1メートル手前で高々とジャンプをしたヒナミの母親は、ヒナミのすぐ隣にいたヒビキまで巻き込んだ。
「きゃ!」
「わっ!」
ヒナミと共に間の抜けた声を上げて、飛び付いた母親を支えきる事が出来ずに背中から地面に倒れ込む。
魔族の体重は人間の何倍なのだろうか。
内臓を圧迫される感覚と共に呼吸をすることが出来なくなりジタバタと手足を動かして、もがいていれば周囲に沢山の冒険者達が集まってきた。
背中から地面に倒れた反動でフードが取れなかったから良かったものの、もしもフードが外れてしまっていたら集まってきた冒険者たちに人間であることが知られてしまっただろう。
息苦しさと共に仰向けに倒れたまま冷や汗を流していると、完全復活とは行かないものの何とか歩くことの出来る状態まで回復したリンスールが、冒険者達の間を抜けて歩み寄ってきてくれた。
リンスールがヒビキの上から体を退かすようにとヒナミの母親に声をかけてくれる。
続けてヒビキに視線を向けると
「一体どうやって閉鎖されている、この階層に?」
ヒナミの母親に押し潰されずに済み、安堵したのもつかの間。
ヒビキは顔面蒼白となりながらリンスールに向かって謝罪をする。
「ごめんなさい。3階層への通行許可証を使いました。3階層に行くには2階層を通らないといけないから入れるかなと思って……」
素直にレアアイテムを使ってしまったことを、早口だったけれども伝える事が出来た。
怒られることを前提に考えていれば、リンスールは驚き慌てふためく姿を見せてくれる。
「謝る必要はありませんよ! お陰で助かりましたし」
驚いたように目を見開き、そして吹き出すようにして大きく肩を揺らして笑いだしてしまったリンスールが首を左右に振る。
全快ではないリンスールは頭を振ったことによりフラついていたけれど、ヒナミの母親に支えられるようにして何とかその場に佇んでいる。
「本当にありがとうございます」
深々と頭を下げたリンスールに続き、共にトロールと戦った仲間達が周囲に集まってきた。
「ありがとう」
「助かったわ」
周囲に集まった冒険者達に、それぞれ頭を下げられて礼を言われてしまう。
今にも泣き出しそうな母親が、何度もヒナミの無事な姿を確認する。
我が子が危機的な状況の中で咄嗟に助け船を出してくれたリンスールに対して、まるで子供をあやすかのような態度をとる。
ヒナミの母親がリンスールの頭を撫で回したため動揺した様子のリンスールが唖然とする。
戸惑った表情を見せるリンスールに向かって本当に有り難うと心から感謝を口にした。
「ヒビキ君も押し倒した挙げくに押し潰しちゃいそうになってしまって、ごめんなさい」
うっすらと目に溜まった涙を指先で
魔界にあるドワーフの塔に980レベルのトロールが出現した事は魔界だけでなく人間界、妖精の森、天界にも瞬く間に知れ渡った。
そして、そのトロールが倒された事もすぐに各地に広まっていく。
今回は魔界に980レベルのトロールが出現をしたけど、今から約15年前には天界で780レベルの堕天使が出現している。
その時も情報は各地を飛び交った。
15年前780レベルの堕天使が出現した時には多くの死者が出た。
そして今から37年前には人間界でレベル610の盗賊が出現をして街一つを焼き払った。
その時も情報が各地に飛び交い沢山の死者が出たことを伝える。
60年前には妖精の森に540レベルのピクシーが現れたことがあった。
540レベルのピクシーが倒されたのはピクシーが出現してから約1か月後だったらしい。
「緊急クエストに出現するモンスターのレベルは約150~300程度。それが今日は580レベルに続いて980レベルのトロールまで現れてさ、何か不吉な事が起こる前触れじゃなければいいけど」
魔術師の一人が呟いた言葉に冒険者達が恐怖心からブルッと体を震わせる。
「本当に……」
「天変地異の前触れだったりしてな」
「やめてよ。怖いこと言わないでよ」
周囲で
2階層に初めて上った時は皆それぞれのグループに別れて戦っていた。
それなのに気づけばヒビキとヒナミと母親の3人を含めた計17人で一ヶ所に集まり、わいわいと騒いでいる。
ヒビキは仰向けに寝転がったままの状態でギルドカードをとりだした。
白峰ヒビキ
age.16
rank.F
level.150
使用可能レベル50.炎の刀
使用可能レベル150.
money.2,279,000G
レベルが150になった事より、使用可能レベル100の剣舞が消えて変わりに使用可能レベル150のスキル剣舞、改が記されていた。
どのようにスキルが進化をしたのか文字を見ただけでは分からない。
深呼吸をして呼吸を整える。文字を見ただけでは分からないのであれば、実際に術を発動してみればいい。
剣舞と頭の中で唱えると差し出した右手の平に添うようにして赤い炎に包まれた剣が現れる。
剣をしっかりと握りしめた所で気がついた。
「おわっ!」
「ちょっ」
「えぇ?!」
「ふふふっ」
仰向けに横たわったままの状態で何の前触れもなく剣を出現してしまったため、周りを囲んでいた冒険者達が驚き飛び退いた。
仰向けに横たわったままの状態で武器を発動する何て一体、何を考えているのか。
ヒビキの行動に対して驚きはしたものの、意外と間の抜けたところもあるのかと納得をしてヒビキの行動に対して笑ってしまっている冒険者もいる。
片手で軽々と持ち上げる事の出来る剣は使用可能レベル150剣舞、改に変わってから随分と軽くなっている。
青い刀と変わらないほどの重さになった事はすごく助かった。
剣を慌てて引っ込めて勢い良く上半身を起こす。
「ごめんなさい」
驚いて飛び退いた冒険者達に深々と頭を下げて謝ると何故か周囲が笑い声に包まれた。
ヒビキが突然、笑い始めた周囲の反応に唖然とする。
きょとんとするヒビキが首を傾げている頃。
ビッグベアと共に極寒の雪山を超えた鬼灯は人間界と魔界の丁度、真ん中にある街にたどり着き宿に泊まっていた。
夜食をとるために宿の1階にある飲み屋に移動をした鬼灯が、空いている席を探すためにテーブルを囲み食事をとる冒険者達を見渡した。
カウンターの前が一ヶ所だけ空席になっている。
素早くカウンター前に移動をして椅子に腰を下ろすと、すぐ隣に腰を下ろして夕食をとっていた猫耳が印象的な女性が鬼灯に声をかける。
「お兄ちゃん! もしかして、これから魔界に行くのかい?」
満面の笑みを浮かべる女性は魔族。
人の姿に擬態する事が出来るほど強い魔族に出会うのは今回が初めての事で、焦る気持ちを表情に表すこと無く平常心を演じつつ小さく頷いた。
「ああ」
頷きはしたものの、すぐ間近に迫った魔族と視線を合わす事が出来ない。
視線はテーブルの上に置いた両手を見つめたまま過去に読んだ事のある文献の内容が、ふと脳裏を過る。
魔族は共食いをする。
好物は人間であると書き連ねられた文字を読み震え上がった記憶を思い起こす。
「お兄ちゃん知ってる? 今魔界に行くのは危険だよ」
鬼灯の恐怖心を知ってか知らずか、なかなか視線を合わそうとはしない鬼灯の顔を覗き込み、強引に視線を合わせる。
言葉を続けた女性に対して、鬼灯は瞬きをする事も忘れて問いかける。
「危険とは?」
平常心を装って首を傾げる鬼灯の腕は恐怖心から鳥肌が立っている。
幸いコートを身に付けているため鳥肌を見られることは無いとは言え、テーブルの下に隠れて見えてはいないものの膝はガクガクと震え足は小刻みにリズムを刻む。
「980レベルのトロールが出現したらしいよ」
緊迫した状況の中で魔族と初対面し、恐怖心に苛まれていた鬼灯が急に不安を抱く。
衝撃的な事実を告げられることにより、浮かんだのはボスモンスター討伐隊隊長を務めていた少年の姿。
魔界にいる隊長が巻き込まれていなければ良いけれどと考える鬼灯が猫耳が印象的な女性に声をかける。
「980レベルのトロールが?」
「うん。980レベルのトロールは討伐されたらしいけどね。980レベルのトロールが現れる前には580レベルのトロールが出現して暴れまわっていたようだよ」
「580レベル」
女性の話を耳にして、唖然とする鬼灯が人間界で戦ったドラゴンのレベルを思い浮かべて愕然とする。
人間界に現れた木属性のドラゴンの頭上に表示されていたレベルも580レベルだった。
ボスモンスター討伐隊を壊滅に追い込んだドラゴンと同じレベル。
急に黙りこんでしまった鬼灯を女性は心配する。
「大丈夫?」
首を傾げて問いかけた。
「ああ。仲間が魔界にいるから大丈夫かなと思ってな」
真剣な顔をする鬼灯は、ボスモンスター討伐隊の隊長を務めていた人物との再会を願う。
どうか無事に出会えますようにと、祈る気持ちで目蓋を閉じる鬼灯が恐怖心と不安に苛まれている頃。
同時刻、人間界でも
「凄いねぇ! 魔界に現れたトロールを倒したのって、やっぱりギルドランクがS以上の人達だったのぉ?」
ギルドの受付の男性に声をかけるユキヒラが魔界に現れたトロールの情報を仕入れていた。
「Sクラスの冒険者は2人しかいなかったらしいよ。止めを刺したのは無名の少年って聞くし」
「へぇ、少年ってどんな子?」
人懐っこい笑みを浮かべるユキヒラの問いかけに対して
「狐の面をつけていたらしいよ。青い刀を使う子だったらしい」
お兄さんは情報を与えてしまう。
「狐の面って、そっかぁ。お兄さん、情報をありがとぉ」
ヒビキが生きていることをユキヒラが知ってしまった。
不気味な笑みを浮かべたユキヒラが鼻唄を歌いながらギルドを後にする。
「魔界の住人である魔族達からしたら、うちの隊長は少年に見えちゃうのかぁ」
ヒビキの素顔、年齢を知らないユキヒラがニヤニヤと締まりの無い笑みを浮かべる。
「魔界に向かおうかなぁ。レアアイテムの狐の面は魅力的だし、目的のために手に入れたいな。必須アイテムだからなぁ」
空を見上げて呟いた。
ゆっくりと足を進める。
age.23
rank.S
level.179
使用可能レベル50.骸召喚術
使用可能レベル100.モンスター1体捕獲術
money.559,000G
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