目覚め
「確かに暇ではありますが、暗黒騎士の隊長である彼を、暇潰しの相手には出来ませんよ」
クスクスと口元に手を添えて笑いだしたリンスールに、ヒナミが満面の笑みを見せる。
「ご謙遜を。あなたこそ……」
「それ以上は言わないでください。身元は明かしてはいないので」
言葉を返すように続けたギフリードだけど、それをリンスールが慌てて制す。
苦笑するリンスールに対して
「そうか」
ギフリードは一人、納得すると小さく頷いた。
「お兄ちゃん、おはよう」
今まで無色だった心の色にポッと色づいた。
突然ヒビキの顔を覗き込み声を掛けるヒナミ対して、覚醒しきる前の頭で考える。
「ん……おはよう」
身動ぎをして挨拶を返す。
うっすらと目蓋を開けると、窓から朝日が差し込み部屋の中を明るく照らしていた。
そうだった。
トロールの討伐を祝して宴会が行われていたんだと、昨夜寝ぼけたまま冒険者達に腕を引かれてギルドに足を運んだ事を思い出す。
ソファーの上に腰をかけ直した所で
「おはようございます」
リンスールが満面の笑みを浮かべて挨拶をしてくれる。
「おはよ……う、え?」
リンスールの満面の笑みに、つられて笑顔で挨拶を返したヒビキは未だに頭が覚醒しきっておらず。
リンスールの白い服が血で真っ赤に染まっている事に気づいて、思わず間の抜けた声を出す。
「すみません。傷は完治しているので気にしないでください」
ヒビキの視線の先を目で追ったリンスールは服の裾を持ち上げると、眉尻を下げて苦笑する。血を洗い落とす作業が大変ですと、さりげなく本音を呟いた。
「それよりも、ヒビキ君と話をしたいと言っている方がいますよ」
苦笑をしながら服についた血を手で覆い隠す素振りを見せたリンスールが、そっと右腕を伸ばしてギフリードの肩に触れる。
服は全体的に血で染まっているため全く隠しきれてはいないのだけれども、話題を変えようとするリンスールの示す方向に視線を向ける。
「おはよう」
視線の先に漆黒の鎧を身につけた銀色の髪の毛が印象的な青年が入り込む。
見事に目が合うと、一体いつの間にソファーに腰を下ろしたのか、すぐ側に魔族の青年がいることに全く気づかなかった。
頭で考えるよりも先に無意識のまま深々と頭を下げる。
「おはようございます」
今までヒナミの母親やドワーフの塔の中で、さまざまな魔族を目にする機会があったけれども、その中でも目の前の青年は、ただそこに座っているだけなのに威圧感がある。
身分の高そうな魔族だなと考えながら呆然と青年を眺めていると、まじまじと顔を見られて観察をされる事に対して気まずさを感じたのか、ゆっくりと視線を逸らされる。
「彼は魔王に仕える直属の騎士。暗黒騎士団の隊長を務めているギフリードさんだよ」
初対面の相手に対して戸惑っていると、ヒナミが彼の紹介をしてくれた。
魔王に仕える直属の騎士は人間界の書物や文献に記載されるほど有名な少数精鋭部隊。
人気があるけれども彼らは神出鬼没。
滅多にお目にかかる事が出来ないと、過去に目を通した書物に書き記されていた。
暗黒騎士団の隊長を目にする事が出来たのは、きっとヒナミやヒナミの母親と出会う事が出来て本来なら経験出来るはずもない魔界で狩りを行うという体験をさせて貰えたため。
唖然とするヒビキは思考が停止したのか放心状態のまま身動きを止めてしまっている。
「宜しく」
ギフリードがヒビキの目の前に右手を差し出した。
笑顔で握手を求められてしまっては返さなければならなくて、このまま腕を引かれて頭から食われはしないかと思ってしまうのは、魔族が共食いをする種族だとヒナミの母親が言っていたのを思い出したため。
確か好物は人間だと言っていた気がする。
「宜しくお願いします」
暗黒騎士団隊長を務めるギフリードの手を恐る恐る握り返す。
深々と頭を下げて宜しくお願いしますと言葉を続けると、そのまま力を込めて腕を捕まれる。
表情から笑みを取り外して真剣な眼差しをヒビキに向けるギフリードの態度の変化に驚き、本当に頭から食われるのでは無いのかと不安を抱いたヒビキが咄嗟に腕を引こうと試みる。
力では到底、魔族には敵わないためギフリードは澄ました顔をしてヒビキの腕を引き寄せる。
「君の返事次第で、この手を離すかどうか決めるので真剣に答えてくれ」
ギフリードが真面目な顔をして考えを口にする。
強制的に身動きを封じ込められて一体、何を指示するつもりでいるのか出来れば難しくは無い自分にも出来るような事だといいなと考えるヒビキは、自信の無さそうな表情を浮かべて頷いた。
ヒビキの隣に腰を下ろしているリンスールは今の状況を楽しんでいた。
ギフリードに何を言われるのか分からずに身構えるヒビキが、戸惑い混乱中である事を表情から読み取って肩を振るわせて笑っている。
「昨晩ドワーフの塔に出現した980レベルのトロールに止めを刺したのは君だと聞いたのだが」
「あ、はい」
暗黒騎士団の隊長を務めている青年は、昨晩ドワーフの塔に現れた980レベルのトロールについての情報を集めているようで、とどめを刺した人物から情報を得ようと声を掛けるタイミングを見計らっていたのだと言う。
面倒事には巻き込まれたくはない。
しかし、嘘をつくにも目撃者が大勢いるため素直に首を縦に振る。
「ヒットポイントが残り僅かとなったトロールの動きを、彼らは目で追う事が出来なくなっていたと言うが君は?」
部屋の中央でテーブルを囲み料理を手に取っている冒険者を指差しながらギフリードが首を傾げて問いかける。
問いかけに対してヒビキは迷わず顔を左右に振った。
正直に言うと狐面をつけていたためトロールの動きは見えていた。
しかし、素直に見えていたと答えると、ギフリードの持つメモ用紙に書き記されそうな気がして嘘偽りを口にする。
「殆んど見えていなかったです。がむしゃらに攻撃をしていました」
悪びれた様子もなくヒビキは嘘を口にした。
魔族に情報を与えること無く、済みそうだと考えて気を抜いたヒビキの表情の変化を呆然と眺めていたリンスールが、不意に表情に奇妙な笑みを浮かべて口を開く。
「真面目な顔をして嘘は駄目ですよ。何度もトロールに攻撃を避けられてイライラし始めていたように思いましたよ」
クスクスと肩を震わせて笑うリンスールは確信犯である。
真実をギフリードに伝える事により、暗黒騎士団隊長の興味をヒビキに向ける事に成功をして状況を面白おかしくしようとする。
リンスールの思惑通り、ギフリードが手にする黒いメモ用紙にヒビキの名前や、特徴や、性格が書き連ねられる。
「貴方にも彼がトロールに攻撃を避けられている場面が、しっかりと見えていたと言うことになるな。2人ともトロールを目で追うことが出来た……と」
そして、ヒビキがトロールに攻撃を何度も避けられていた事を伝えたリンスールが自滅する。
遠回しに自分もトロールの動きを目で、しっかりと追えていた事を伝えてしまう。
ギフリードの言葉を耳にしてリンスールは唖然とする。
「あ……」
表情から笑みが引き、ぽつりと声をもらしたリンスールの姿にヒビキが腹を抱えて笑いだす。
しかし、ギフリードが続けた言葉によりヒビキの笑みは消え、あんぐりと口を開く事になった。
「トロール討伐の情報は後日まとめて魔王に報告するとしよう。もう一つ問いかけたいことがあったのだが、暗黒騎士団に入らないか? 君は魔王が好きそうな見た目をしているから、きっと連れて帰ると魔王が喜ぶだろう」
いきなり何を言い出すのやら。
全く予想をしていなかった問いかけに対して危うく思考が停止しかけた。
「遠慮します」
首を左右に振る事により即答する。
真面目な顔をして問いかけてくれたギフリードには申し訳ないけど、そもそも種族が違う。
今は狐の耳付きのフードを身に付けているから上手いこと魔族に擬態することが出来ているのかもしれないけど、フードが外れて正体を知られた時が怖い。
「何故だ? 暗黒騎士団に志願する冒険者も少なくはないが?」
悩むことも無く断られるとは思ってなかったようで、ギフリードに理由を求められる。
魔王が好きそうな姿とギフリードは言ったけれど、今のヒビキの格好は狐耳つきのフードをかぶり、膝下まであるケープを身に纏っているため決して強そうには見えない。
そもそも、魔王の好きそうな姿とは一体どのような意味なのか。
意味が分からないと混乱するヒビキが、それでも何とか気持ちを切り替える。
「やりたい事があるんです。暗黒騎士団に入ると、そのやりたい事が出来なくなってしまいます」
仲間を裏切ったユキヒラを思い浮かべて首を左右に振る。
暗黒騎士団に入隊すると魔王の指示にしたがって身動きを取ることになる。
ドラゴンに命を奪われた仲間の姿を思い浮かべる。
仲間の敵を打つために魔界でレベル上げを行った後、人間界へ移動するつもりでいるヒビキは、暗黒騎士団に入隊する事により行動を制限されることを恐れている。
「やりたい事とは?」
理由があってヒビキは暗黒騎士団に入隊することを拒んでいるようで、ギフリードはヒビキに対してやりたいことを問いかける。
ヒビキを仲間にする事を諦めてはいない。
「お金を貯めてクエストを発注して仲間の敵を討ちたいんです」
ギフリードはヒビキの腕を掴んだまま。
手を離すつもりは無いのだろうかと考えていると、何やら考える素振りを見せたギフリードが口を開く。
「君が暗黒騎士団に入るのなら、その仲間の敵を打つために発注したクエストを私達、暗黒騎士団が受けると言ったら考え直してくれるか? 君の好きなように妖精界や天界や人間界と動き回ってくれて構わないから」
「それは心強いです。もちろん暗黒騎士団に入ります」
人間界の東の森に現れた木属性のドラゴン討伐クエストを暗黒騎士団が受けてくれるのであれば、間違いなくドラゴンを討伐する事に成功をするだろう。
魔族である暗黒騎士団に、種族が人間であると知られてしまう可能性があるけれども、絶対に仲間の敵を打ちたい。
自分の命が危険に晒される可能性があるけれども、暗黒騎士団に入ることが仲間の敵であるドラゴン討伐の近道になる。
暗黒騎士団に入る事を伝えると、ギフリードは満足したように大きく頷き手を離してくれる。
「では、そのクエストの発注も私がしよう。どのようなクエストを発注しようと考えているのか詳しく教えて欲しい」
ギフリードに手を離してもらったため安堵する。
気を抜いていたため、危うく聞き流してしまうところだった。
ギフリードの言葉の内容は簡単に聞き流してしまえるようなものではなくて、慌てて首を左右に振る。
「え……お金を貯めてクエストの発注は俺がするよ。そこまで迷惑はかけられないし」
慌てて懐からギルドカードを取り出して手持ちの金額を確認する。
白峰ヒビキ
age.16
rank.F
level.150
使用可能レベル50.炎の刀
使用可能レベル150.
money.2,279,000G
「因みにですが暗黒騎士団にクエストを依頼する場合、クエストの発注はいくらかかりますか?」
2,279,000Gよりも安い金額でありますように。
心の中で願いながらギフリードに問いかけると、すぐに返事があった。
「クエストの発注は金持ちや、団体が金を出しあってする物だからな。高額だが暗黒騎士1人につき1,000,000Gの報酬として、私を抜いても3人。3,000,000Gに加えてクエスト発注時に発生する登録金を合わせて5,000,000Gか」
簡単に計算をしたギフリードの上げた金額を耳にしてヒビキは唖然とする。
肩を落とすヒビキの反応は、お金が足りていない事が丸分かりである。
「やはりクエストの発注は私がしよう。恩は後々しっかりと返してもらうからな」
さりげなく本音を言葉にするギフリードに対してヒビキは苦笑する。
話をしていると忘れがちになってしまうけどギフリードの種族は魔族である。
魔族に対して借りを作っても良いものだろうかと考えてみるけれど暗黒騎士団に入隊してしまった今、種族の事を考えていても仕方がない事だと思う。
借りは後々、返していこうと考えるヒビキはギフリードに向かって深々と頭を下げる。
もしも、種族が魔族では無いことが知られてしまった時が怖いけど借りは、絶対に返す事を心に決めたヒビキが口を開く。
「ご迷惑をお掛けします。お金の分は働きます。このような身なりをしているので頼りなく感じるかもしれませんが、宜しくお願いします」
ドラゴン討伐依頼の発注をギフリードに頼むため、人間界の東の森に現れたドラゴンの詳細を事細かに説明する事になるだろう。
しかし、魔族に擬態している最中のヒビキは、人間界で名を馳せていたボスモンスター討伐隊と関わりがある事を伝える訳にはいかなくて、どのように事情を説明するべきかと悩みはじめてしまう。
「事情を説明する事が出来ないのであれば、それでもいい。無理強いはしないから」
ヒビキの複雑そうな表情から他人には話づらい内容なのだろうと、考えて事情を無理に聞き出そうとはしないギフリードは早速クエストを発注するために、ギルド1階にある受け付けカウンターへ向け素早く身を翻す。
颯爽と歩くギフリードを呆然と見送っていたヒビキの元へ素早く移動をしたリンスールが身を寄せる。
「魔族に借りを作って本当に良かったのですか?」
リンスールはヒビキの種族が人間である事を知っているから、問いかけに対してヒビキは口ごもる。
ヒビキの何とも複雑そうな口元を間近で眺めていたリンスールは小刻みに肩を振るわせる。
人が困っている姿を見て楽しんでいるリンスールは、もしかしたら性格が悪いのかもしれない。
「もしも、俺が頭から食われそうになった時は助けてください」
「え……」
穏やかな笑みを浮かべているものの明らかに人の不安を煽り、その反応を見て面白がっているリンスールに対して、危機的な状況に陥った時には助けてくださいと口にする。
まさか、助けを求められるとは思ってもいなかったのだろう。
全く予想もしていなかった言葉を耳にしてリンスールは、きょとんとする。
しかし、数分間の沈黙後に分かりました、困った時はお互い様です。
その時は気軽に頼ってくださいと言葉を続けたリンスールは穏やかな笑みを浮かべていた。
暗黒騎士団に新メンバーが増えた事は、午前中のうちに魔界全域に広がった。
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