ボスモンスター討伐隊

「ありがとぉ!」

 元気よく勢いに任せて礼を口にした副隊長は、人懐っこい笑みを浮かべている。

 透き通るような心地の良い声と共に、副隊長はヒビキの差し出した用紙を手に取った。

 副隊長を務める中性的な顔立ちの人物は性別を秘密にしているようで、ユキヒラの性別を知る者は仲間内ではいない。


 藍色がかった髪の毛は毛先まで見事なまでのストレート。

 さらさらと手触りの良さそうな髪は軽く肩にかかる程度の長さ。

 藍色の瞳をしており長い睫毛が印象的。

 見た目からも性別を読み取る事の出来ないユキヒラが頭を下げると、髪の毛が顔をおおい隠す。

 顔を覆った横髪を耳にかける素振りをするユキヒラから女性を連想する。

 しかし、立てた右膝に右肘を乗せるユキヒラの姿勢は男性を連想させる。

 誰に対しても優しくて武器を持たせれば強くて、それなのに気どってはいないユキヒラは女性からも男性からも人気があった。

 ユキヒラに憧れてボスモンスター討伐隊に参加をした者は少なくはない。

 ユキヒラの周りには常に多くの冒険者が集まっていた。


「隊長がクエストを持ち帰ってくれたよぉ!」

おっとりとした口調でユキヒラが周囲に呼び掛けたためユキヒラの周りには一層、人が集まり何だか暑苦しそう。

 ヒビキは居心地の悪さを感じて、人の密集しているユキヒラの元を離れて一人、部屋の片隅に移動する。

 壁に背中を預けると小さなため息を吐き出した。

 腕を組み静かにユキヒラと隊員達によるドラゴン攻略の話し合いに耳を傾けていれば、テーブルの上にクエストの紙を置きドラゴンを指差したユキヒラが目を瞬かせる。


「この緑色のドラゴンは木属性の魔法を使うんだけど、範囲攻撃が得意なんだってぇ。だから、至近距離からの攻撃を得意とする剣士は、ドラゴンの周囲に現れるゴブリンを倒してほしいのだけど、お願いしてもいいかな? 魔術師達で、ある程度ドラゴンの動きを封じて貰いたいんだ」


 愛らしさを意識して首を傾ける仕草をしたユキヒラの仕草は女性を思わせる。

 討伐隊の皆に好かれているユキヒラに対して隊員の中に逆らう者はいない。

 本来は隊長が行う作戦を練る役目は、副隊長であるユキヒラが行っていた。


「魔術師がドラゴンの拘束に全力を注げるようにドラゴンに出会ってからも、しばらくの間は次々に現れるだろうゴブリンや、それ以外の魔物を剣士である俺達が狩っていきます。ドラゴンの拘束が完了するまで魔術師は無防備になりますし、魔物を寄せ付けないようにしますよ」

 ユキヒラが指揮をとると自然と隊員達も意見を口に出し始める。

 瞬く間に室内は賑わいを見せる。

「ありがとぉ! そう言ってもらえるとすごく心強いよ」

 ユキヒラが嬉しそうにしている姿を見て、頬を緩める隊員達も何だか嬉しそう。

 強敵に挑む算段を講じる中で笑顔を見せる者もいる。


「ドラゴン討伐にかかる前に念のため周囲に結界を張った方がいいわね」

 魔術師の女性が用紙に描かれているドラゴンを指差しながら小さな声で呟いた。

「だったら、その結界を張る役目は俺に任せてくれ」

 そして、女性の言葉に続き結界を張る役目を申し出た人物が小さく片手を上げる。


 毛先が跳ね上がっている真っ赤な髪の毛が印象的。

 整った顔立ちをしている青年は真っ赤な瞳を持つ。

 仲間達から鬼灯ほおずきと呼ばれ親しまれている青年は爽やかな笑顔を浮かべている。

 鬼灯が本名なのか、それとも偽名なのか、知る者は彼の妹のサヤだけである。

 非常にまれなスキル、幻術魔法を扱うことが出来るSSランクの魔術師は二十代後半。

 彼の作り出す炎の刃には速効性の毒薬が、べっとりと塗りたくられている。

 そのため幻術を見せられながら攻撃を受け死に至る魔物も少なくはないのだけど、チーム内でも1位2位を争う実力の持ち主である彼が前線に出て戦うことは滅多にない。


 鬼灯の申し出に対して驚いたのだろう。

 ユキヒラは瞬きを繰り返しながら唖然とする。

「いいのぉ? 強力な結界を張りながら自分の身を守るための防御を張ることは出来ないんだよねぇ?」


 ドラゴンはランクSのモンスターのため、弱い結界では何の役にも立ってはくれない。

 それなりに強い結界を張る必要があるのだけど、強力な結界を張っている間その魔術師は無防備な状態になる。

 そのため、モンスターからの攻撃を受けやすい状況に陥ってしまう。

「一人で戦うわけじゃないんだ。お前らを信頼してるから」

 鬼灯が爽やかな笑顔を浮かべて呟いた言葉により、隊員達の士気が上がる。


「ありがとぉ! 結界は鬼灯に任せるとしてドラゴンを拘束する魔術師も最低4人は欲しいね」

 考える素振りを見せたユキヒラに対して素早く反応を示したのは4人。


「私がやります!」

「俺も!」

「僕でよければ!」

「やってみたい……」

 すぐに名乗り出る者は現れた。

 木属性のドラゴンを拘束したいと名乗り出たのは闇属性の魔法を操る冒険者である。

 闇魔法を操ることの出来る魔術師は影を操る者が多い。

 ドラゴンの影を縛って拘束をするのが一番手っ取り早いだろう。


 魔術師達の申し出にユキヒラが嬉しそうに口を開く。

「ありがとぉ! 4人でドラゴンの影を縛ってくれる?」

 おっとりとした口調のユキヒラの問いかけに対して4人は、すぐに首を縦に振って肯定する。


「私たちがドラゴンを縛ったら、剣士の皆さんも含めてドラゴンを一斉攻撃といきましょう!」

 そして、ドラゴンを拘束すると申し出た女性が握りこぶしを作った片手を掲げると、同じく握りこぶしを作り片手を掲げた隊員達の姿が視界に入り込む。


 彼らの様子を横目で眺めつつ、ゆっくりと組んでいた腕を外したヒビキは部屋の出入り口に向かって足を進める。

 本当に居心地が悪い。

 ドアノブを回して扉を開いた所で、室内から抜け出そうとしている隊長の姿に気づいたユキヒラが大声でヒビキに声をかける。

「あ、隊長。またね。明日は東の森の入り口に集合だよ。待ってるよぉ!」

 ユキヒラが笑顔で手を振ってくれる。


 手を振り返すべきか、それともこのまま立ち去っても良いものか。

 悩んでいるうちにユキヒラが仲間に声をかけられて背を向けてしまう。

 胸元まで上げていた右手を何事も無かったかのように、ゆっくりと下ろしたヒビキは素早く身を翻す。

 自宅に向け足を進め始めると扉を隔てた建物内では、ユキヒラを含めた討伐隊隊員が盛り上がっている様子。

 大きな笑い声が聞こえてきた。

 その笑い声を耳にして、上手に仲間達の輪の中に入ることの出来ないヒビキは虚しさを抱く。


 クエストを受けるため受付嬢に声をかける時には、気を使う事も変に緊張をする事も無かった。

 それなのに何故、討伐隊の仲間の前だと緊張して上手く喋ることが出来なくなってしまうのか。

 大きなため息を吐き出すと素早く頭の中を切り替える。

「帰ってさっさと寝てしまおう」

 後悔をしていても状況が改善するわけではない。

 既に外は日が沈み暗闇が支配している。

 街路には人通りは殆どなく不気味な雰囲気を醸し出していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る