それは、偽りの姿。冒険者達の物語。
しなきしみ
ドラゴンクエスト編
冒険者
ほんのりと薄暗い室内は多くの冒険者で賑わっていた。
木造二階建ての長い年月を経た建物は人々の行き交いと共に、ギシギシと不気味な音を立てる。
今にも崩れてしまいそうな古びた建物内で、Aランクの魔物を対象にしたクエストの成功を大声で語る男達が、意気揚々と空っぽになったジョッキを掲げていた。
ダイニングテーブルを囲み食事を取っている者達が、不満げな表情を浮かべている。
大声を出して騒がしくする男達をチラリと一瞬だけ横目に見て溜め息を吐き出した。
クエストに挑戦しようと掲示板を眺めていた冒険者が、酔いが回り足元が覚束なくなった男達を避けるようにして、3番受付所と記されている受付カウンターに移動する。
3番受付所の隣には2番受付所があり、2番受付所にはカウンターテーブルに肘をつき受付嬢と話をしている少年の姿があった。
手触りの良い柔らかそうなクリーム色の髪の毛に薄い水色の瞳を持つ、戦いに不向きなか弱い印象を人に与える少年は白い肌に華奢な体つき。儚げな風貌をしている。
クエストを受けるために受付嬢と話しをしている少年の周りを大勢の女性達が取り囲んでいた。
少年に触れようとする女性が何人もいるけれど、手を伸ばして少年に触れようとすると透明な防御壁が彼女達の手を弾く。
女性冒険者達に囲まれる少年の姿を、周囲に屯っている男性達が羨ましそうに眺めていた。
「あいつ知ってる?」
レアアイテムである巨大な剣を見せびらかせるようにして床に突き立てる男性が、共にパーティを組む魔術師に声をかける。
いままで女性に囲まれるどころか会話をする事もなかった剣士が、ただそこに立っているだけで周囲に女性が集まる少年に嫉妬する。
「いや、知らない」
即答した魔術師の視線の先には女性に囲まれる事に慣れているのか、笑顔を浮かべて受付嬢と会話を続ける少年の姿があった。
「きっと、
今までに目の前に広がる光景を一度でも見ていたなら、その異様な光景は目に焼きつき忘れる事など出来はしない。
言葉を続けた魔術師に同意をするようにして剣士が苦笑する。
「だよな」
ぽつりと言葉を漏らすようにして呟いた。
彼らは少年の事を知らないと言うけれど、実はこの少年。
国王が
見た目からは考えられない戦い方をする少年は防御魔法は使えないので、剣や刀で攻撃をいなしながら敵にどんどん突っ込んでいく接近戦を得意とする人物である。
攻撃重視の戦い方を可能にする特殊なアイテムを所持していた。
周囲の冒険者達に話題にされてるにも
困ったように眉尻を下げて一枚の資料を指差した。
少年の指さした先には、その見た目から推測すると木属性を持つ防御魔法が得意そうな緑色のドラゴンが描かれていた。
「うーん、どうしようかな。報償金が100万だから魅力的だけど……」
「今までにドラゴンの討伐に挑戦したチームは、たったの3チームだけよ。挑戦したチームは多数の死者を出しているのよ」
受付嬢は少年にクエストを勧めることを渋っている。
多数の死者が出ていることを特に強調し、真剣な眼差しを少年に向けて言葉を続けた受付嬢は、良く考えてから決めましょうと言葉を付け加える。
出来れば可愛らしい性格をした少年に、ドラゴン討伐という危険すぎるクエストを受けて欲しくはない。
しかし、決めるのはボスモンスター討伐隊隊長や、その仲間達。
少年もクエストを受けることを迷っているようで、なかなか話が前にすすまない。
「副隊長がドラゴンのクエストを
困ったように苦笑いを浮かべる少年は乗り気ではない様子。
少年はSランク以上あるドラゴンの討伐は、国王に仕える銀騎士団が行うものと思っていた。
国王に仕え国を守る彼らの部隊にかかれば討伐はあっという間だと。
しかし、銀騎士団は精鋭部隊。
えり抜きの優れた逸材が集まるため彼らの人気は高い。
そんな彼らに金がかかってもいい、財産を全て手放してまでモンスターの討伐依頼をする村人もいるため、東の森に現れるドラゴンの討伐まで手がまわってはいなかった。
「ドラゴンはボスモンスターではあるけど、俺達が相手にするには手強すぎる相手だと思うんだよね。国王にも聞いたけど、俺達にはまだ早いって言ってたから」
大きなため息をつく。
少年はクエストの詳細が表記されている紙を眺めていた。
「副隊長に国王の旨は伝えたの?」
詳細を何度も読み返す少年に受付嬢が問いかける。
「伝えたよ。でも、自分達なら出来ると言って既にやる気満々なんだ」
眉尻を下げて苦笑する少年の反応を間近で見ていた周囲の女性達が互いに身を寄せ合い、ざわめき立つと共に仲の良い友人と相づちを打ち色めき立つ。
明らかに周囲を取り囲んでいる女性達の態度が変わった。しかし、うっとりとする女性達を気にすることもなく少年は受付嬢と会話を続けている。
「副隊長の子は自信があるのね。ちなみに討伐隊にはランクS以上の子は何人いるの?」
少年が隊長を務めている討伐隊は人の出入りが激しい。
そのため受付嬢が把握しているSランク以上の隊員は一人だけだった。
「えっと、3人かな」
少年が上げた人数に驚き、目を大きく見開き瞬きを繰り返す。
受付嬢の問いかけに対して、ヒビキの頭の中に浮かんだのは3名。
剣術を使う剣士。
幻術を得意とする男性魔術師。
雷使いの女性魔術師。
「3人もいるのね。だったら、挑戦をしてみるのも良いと思うわよ。万一、危険な状態に陥ってもSランク以上が3人もいるのなら逃げることも可能だと思うし」
受付嬢の表情に笑みが戻る。
Sランク以上の冒険者が一人いるだけでも凄いのに3人もいるのは予想外だったため、安堵した受付嬢の言葉を聞き少年の顔にも笑顔が戻る。
「挑戦をしてみようかな」
人懐っこい笑みを浮かべて、ポツリと呟いた少年に
「ええ。クエストを発行するわね!」
受付嬢は小さく頷いた。
人懐っこい笑みを浮かべる少年は受付嬢に対して深々と頭を下げる。
「お姉さん有り難う!」
「気を付けてね」
素早くその場で身を翻し、勢い良く手をふり室内を立ち去ろうとする少年に、受付嬢は微笑み手をふり返す。
少年の名前は
ボスモンスター討伐隊の隊長を務めている。
パタンと音を立てギルドの出入り口の扉がしまると、少年は空を見上げる。
ほんのりと赤みがかった空は夕方を示しており、クエストを受けるか受けまいかで悩んでいる間に予想以上の時間が経過していた事を知る。
「こんな時間か」
少年はポツリと独り言を呟き、小さなため息を吐き出した。
地面を蹴り宙に浮かんだ少年の体が空中で一回転する。
近くにあった大きな木の枝に着地をした少年が木の
突然、騒がしくなったギルド内に疑問を抱きヒビが足元に視線を移したタイミングで、足元の扉が大きな音を立てて開いた。
受付嬢からクエストを発行してもらい、不意に笑った少年に見とれていた女性達。しかし、我にかえって慌てて少年の後を追おうとしたけれども一足遅かった。
「あぁ、見失ったぁ」
「一足遅かったわね」
扉を勢いよく開き、周囲を見渡した女性達が声を上げる。
扉の向こうには既に少年の姿はなく女性達が肩を落として項垂れる。
渋々と重たい足取りで歩く女性達はショックが大きかったのか顔を俯かせて、しょんぼりとしながら建物内に戻っていく。
その足取りは重い。
少年は一部始終を無言で眺めていた。
「はぁ……嫌だな」
チームの集まる古びた建物に戻ることを考えたら、ついつい本音が漏れ出てしまう。
先ほどまで浮かべていた人懐っこい笑みを取り外した少年の声は、先ほどまでの可愛らしい声から一変し、低いものへと変わっていた。
少年は受付嬢とは笑顔で会話が出来るものの、仲間の前になると急に黙りこんでしまう。
表情も固くなり緊張から声を出すことが出来なくなる。
仲間を目の前にすると途端に緊張から口を開くことが出来なくなってしまうヒビキを、討伐隊の仲間達は無口な人物だと思いこんでいた。
渋々と肩にかけていた鞄の中から白を基調とした狐面を取りだして顔に取り付ける。
紐を後頭部に回し、しっかりと蝶々結びをする。真っ黒いマントを羽織れば完成。
黒いマントはヒビキが所属するボスモンスター討伐隊の証であり、紋様が描かれていた。
多少の魔力なら弾いてくれる心強いアイテム。
そして狐面をつければ、ビビキは特殊な能力を使うことが出来るようになる。
能力の一つは今から少年が見せる高速移動をすること。
クエストの詳細が書かれた紙は、無くしてはいけないため鞄の中にしまう。
大きく息を吐き出し、集中力を極限まで高めたヒビキが木の枝を力強く蹴りつけた。
風を切るような音を立てたと思った瞬間、ヒビキは数メートル離れた屋根に着地をする。
屋根を蹴り飛び上がると空中で一回転。
近くの木の枝に飛び移る。
すぐに木の枝から建物のベランダの柵を踏み台にして屋根に飛び移る。
勢いのまま屋根づたいに走るヒビキは、一直線に目的地の古びた建物に向っていった。
ギルドから溜まり場に戻るのは屋根を伝い移動をしたヒビキには、あっという間の出来事で扉のドアノブに手をかける。
ボスモンスター討伐隊の仲間達は基本的に仲が良い。室内は話し声や笑い声によって賑わっていた。
しかし、ヒビキが扉を開き建物内に足を踏み入れたため、賑わっていた室内が静寂に包まれる。
それは、すぐに隊員達が話を始めることにより元の騒がしさを取り戻すのだけど。
誰に話しかけるわけでも無く室内の端に移動するヒビキは、クエストの記載された紙に目を通す。
受付嬢と共に何度も内容を確認したけれど、もう一度見逃している内容はないかと目を通したヒビキは、読み間違えが無いことを確認すると部屋の中央で話し込んでいる副隊長の元に向かう。
そして、内容を理解した上で持ち帰った紙を副隊長に手渡した。
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