第24話 噂

 聖堂での説教を聞き、各々しばらくの自由時間を過ごしたのち、夕食の時間を知らせるベルが廊下に鳴り響いた。


「夕食のお時間になりました。皆様、食堂へとご案内しますので、廊下へ出てきてください」


 シスターたちにそう呼ばれ、部屋にいた生徒たちや、寄宿舎の周りを巡っていた生徒たちが皆外へ出てきた。

 周囲の人間と話してざわざわしつつも、シスターを先頭にして廊下を歩く。


「夕食は何かしらね」

「そうですね……学園で出される程度の物でしたら、良いのですが」


 エリーヌの言葉に、ベネディクトはあまり期待していない様子で返答をした。

 まさかこんなところで、豪華な食事が出てくるはずもない。

 エリーヌとてそんなことは期待していないが、それならそれで、どんな食事が出されるのかは気になる所である。


 だが、周囲はやはり不安そうな面持ちである。

 対して、平民出身と思われる者達は、この状況をそれなりに楽しんでいる様子。

 その傍らにクロエを見たが、彼女も特に変わった様子はない。


 そうこうしているうちに、食堂に到着した。


「どなたか数名ほど、手伝ってくださる方はいますか?」


 一人のシスターが、集まった生徒たちに向かってそう声を掛けた。


「はい」


 どうすべきか、と皆が顔を合わせている間に、真っ先に手を挙げた者が一名。

 クロエだ。


「私も手伝います」

「私も」


 そう言って次に手を挙げたのは、クロエの周りにいた数名。


「では、こちらに来てください」


 手を挙げた4名は、シスターたちについて行く。

 その様子を見ていたエリーヌは、その奥にテレーズが立っていることに気が付いた。


「……どうやら、先を越されてしまったみたいね」

「そうですね。ですが、エリーヌ様がなさるようなことでは……」


 謙遜するベネディクトに対し、エリーヌは首を振る。


「シスターは『経験しろ』とおっしゃったわ。恐らくああするのが正解でしょう」


 聖女模範賞はテレーズ含めた修道女たちの推薦によって選ばれる。

 こういった行動を重ねていくことが、加点に繋がるのだろう。


 彼女たちの手伝いの下、長い食卓に食事が配られた。

 パンと、スープと、菜が一皿。

 これ以上に無い質素な料理だ。

 貴族の中には、顔を顰めている者もいる。


「食事を始める前に、簡単な祈りを捧げましょう」


 テレーズの指導の下、皆一様に胸の前で手を組み、祈りをささげた。


 食事は決して豪華なものではないが、夜空の下でベネディクトたちと食事をするのは新鮮な機会だ。

 決して不味い料理ではなかった。





***






「食事が済んだ方から部屋にお戻りください。浴場へは順番に案内いたしますので、鐘がなりましたら部屋で待機していてくださいね」


 そんな案内がされ、食事を済ました者から順次食堂を後にし始めた。

 残り半数ほどになったところで、エリーヌ達も席を立ち、食堂の外へと向かった。

 不満そうな顔をしている貴族たちを横目に、部屋へと戻っている時だった。


「エリーヌさん、ベネディクトさん」


 後ろから声を掛けられて振り返ると、そこには鳥蝶会の代表、イヴェットが立っていた。


「まあ、イヴェットさん。どうされました?」

「たまたま見かけたので、声を掛けた次第ですわ。お隣よろしくて?」


 そう言われ、ベネディクトは半歩下がり、イヴェットとエリーヌが横並びになって歩き始めた。


「先の料理、とても食べられたものではなかったですね」

「ですが、食べねば飢えてしまいますよ」

「ええ。仕方がないですが」


 フロスティアでも屈指の家柄である彼女にとって、先ほどの料理は大いに不満だったようだ。


「でもこうして、普段夕餉を共にしていない者達と食事を取るのは、新鮮でよかったですね」

「ふふ。そうですわね」


 エリーヌの言葉は、世辞として受け取られてしまったようだ。

 イヴェットからは渇いた笑いが返ってきた。


「ところで、エリーヌさん。1つお聞きしても?」

「?」


 イヴェットが何やら改まった様子で、耳打ちするように顔を近づけてきた。


「……華月会が、シスターの買収を計画している、とは本当のことですか?」

「えっ?」


 思いもよらぬ言葉に、エリーヌは思わず驚きの声を上げた。

 後ろにいるベネディクトの方を見ると、彼女もまた驚いた様子で、『何も知らない』と首を振った。


「いいえ……まったくもって、その気はございませんが」


 一体どういう風の吹き回しなのか。

 困り顔でイヴェットを見ると、彼女は肩を竦めた。


「無論わたくしとしても、エリーヌさんがそのような行為に走るとは到底思っておりません。いくら何でも無鉄砲ですし、そもそも限りなく不可能なことでしょうから」


 『シスターを買収』とは、言葉通り、シスターにお金を払って聖女模範賞を手に入れようということだろう。

 そのような計画は、エリーヌ達の間で持ち上がりすらしていない。

 学校外であるから……などと言った言い訳は通らない上、買収するお金をどう用意するのかという疑問も残る。

 ましてや、あのテレーズを相手に金で勝ちを取ろうなど、無謀にもほどがある話だ。


「どこでそのような話を?」


 この噂は、特別講師の予想とは打って変わり、全くもってデマである。

 ならば、出所を調べる必要があるだろう。


「食事の前に、たまたま耳にした噂なのです。ですが……」


 イヴェットはもったいぶりながら、再びエリーヌの耳元に口を寄せた。


「噂をしていた者は、『湖白会の方々が言っていた』と申しておりました」


 エリーヌは目を見開く。


「あくまで又聞きですので、真偽のほどは分かりかねます。ですが、華月会の方々にとっては、捨て置けない話でしょうから」


 イヴェットはそう言って、にこりと笑った。


「評議会の際は大変お世話になりました。此度も共に全力を尽くしましょうね」


 彼女はそれだけ言って、分かれ道でエリーヌ達とは真反対へと進んでいった。




***




「心外です。我々が贈賄を試みているなど」


 部屋に戻ってすぐ、ベネディクトはそう切り出した。


「一度、湖白会に声を掛けてみるべきでしょうか」


 彼女の言葉に、エリーヌはしばらく考えたのち、首を振った。


「逆に、鳥蝶会がわざとこのようなことを言っているかもしれないわ」


 鳥蝶会としては、華月会と湖白会のぶつかり合いは悪い話ではない。

 このデマが湖白会から流れたと言うことによって、二者の衝突を試みているのかもしれない。


「でも、最後に評議会のことについて触れてきたあたり、情報を渡して借りを返したつもりなのかもしれないわね」

「そうですね。それを含めて一石二鳥を狙っているのだとしたら、少々倫理観を疑う行為です」


 今の段階で、鳥蝶会からの攻撃と考えるのは早計だ。

 しばらくは様子を見るべきだろう。


「浴場へ呼ばれる順番を考えれば、恐らく湖白会の方々とすれ違うでしょう。その時に、やんわりと話を聞いてみましょうか」

「そうですね」


 湖白会のクリステルが泊っている部屋は、エリーヌ達の部屋に近い。

 浴場へは部屋の並び順で呼ばれるようなので、どこかですれ違う。

 一体、噂の正体は何なのか。エリーヌ達はそれを探ることにした。

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