第18話 第一回評議会
評議会は、案内の連絡が届いてから二日後。
その間、エリーヌは活動報告をまとめた。
交流会の事、その他勉強会などの日常的な活動も含めて、無難な活動報告書は出来上がった。
とはいえ、間に設けられた時間は二日。報告書が完成するのに早くても一日かかる。
エリーヌがクロエを伝手に聞いた話を易々と周囲に話すことはできず、会議に起こるであろうことに対して、念入りに準備ができなかった。
ここからは、クロエのヒントを基にエリーヌが臨機応変に対応するしかない。
「皆様、揃いましたでしょうか」
口火を切ったのは、生徒会長、シャルロット王女。
会議は生徒会が用意した会議室で行われる。
サロン集会とは打って変わり、部屋は入った時からシンとしており、緊張した空気が流れていた。
無理もない。これが今年初めての評議会であり、派閥として対立している者たちが一挙に集まる唯一の機会だからだ。
「ではこれより、第一回評議会を始めます」
彼女の透き通る声で、会議の始まりが合図された。
「本会議は今年の第一回ということもあり、会議の内容や参加している者たちについて、まだ分からないことが多いと思います。なので初めに、自己紹介と簡単な説明をさせていただきます」
淡々とした進行の元、会議は進む。
「まず初めに、わたくしが会議の進行を務めさせていただきます、シャルロット・クフェア・フロスティアです。披露式でもあった通り、今年度の生徒会長を務めさせていただきます」
王女の自己紹介の後、他の生徒会の人員も名乗りを上げる。
順はサロン側にも廻り、エリーヌも含めた各サロンの代表と副代表が名乗りを上げ、自己紹介は終わる。
「では、今年の評議会のメンバーが分かったところで、本会議の簡単な説明をさせていただきます」
シャルロットの手元には、この会議の進行に必要なことがびっしりと書き記されている。
だが彼女がその書面に視線を落とすことはなく、その一挙手一投足全てに神経が注がれていた。
王族の外面を整える能力は、貴族をはるかに凌駕していると言えよう。
「評議会は、学内の小集団として存在するサロンの代表を集め、学校運営などについて話し合う機会となります」
これは案内に合った通りだ。
こういった機会を設けなければ、学校運営は生徒会に依ることになり、とても民主的とは言えないだろう。
クロエが指摘したようなことも含めると、生徒会が派閥の状況を知るための機会にもなり得る。重要な場だ。
「特に学校行事などの前には、大衆の意見が必要となるため、必ずこの会議を設けようと考えております。皆様の意見を参照し、よい学園生活が送れるよう、努める次第でございます」
評議会は例年通りであれば年に三回。
第三回を除き、この会は行事の前に予定されている。行事の際には運営をするのに、サロンの力を借りる。
他にも注意事項などが述べられて、説明が終了する。
「長々と説明をするよりも、実際に始めてみた方が良いでしょう。早速ですが、会議を始めさせていただきます」
そんな生徒会長の音頭で、会議が始まった。
始めの活動報告は、纏めてきた報告書を提出するのみだ。皆持ってきたものを、生徒会長の所に回して終了。
「では次に、学校運営に対する今後の計画についてのお話をさせていただきます」
これは、生徒会から一方的に、サロン代表者に向けて説明がされるだけだ。
近く行われる"星下寄宿"についての事や、その期間中のサロンの活動についてが、今回の話の主旨であった。
詳しい内容は割愛しよう。
「ここで、本会議は他サロンとの意見交換の場を設けさせていただきます」
長々とした説明の後、やってきたのはこの会議におけるメインイベント。
エリーヌは人知れず姿勢を正した。
「葉月に行われましたサロン交流会では、いつもと違う活動を通して、新しい視点を手に入れたことと思います」
サロン交流会の元々の目的は、違う趣味を持ったサロンとかかわりを持つことだ。
自分たちの趣味を他の趣味の持ち主と共有する。
あるいは趣向の変わった現在でも、交流会は情報交換の場と捉えることができるだろう。
「ここでは、より多くのサロンから意見をもらうことで、よりよい活動につなげることができるでしょう。ひいては活動における他サロンへの要求等ございましたら、この場を用いて言っていただいても構いません」
生徒会長の何気ない発言。だがこの最後の言葉が、今後を示す重要なキーワード。
「では、何か意見のある者はいますか?」
ただ意見と言われても、すぐに言葉が浮かぶものは少ないだろう。明確に目的が挙げらていないだから、なおさらだ。
少しの沈黙。代表者は、周囲を見渡して、誰が一番に手を上げるのかを探っている。
この沈黙を破るべく、一人が先陣を切って手を上げた。
「では、『風紀会』から、どうぞ」
生徒会長に指名され、風紀会代表のクロエは立ち上がる。
わざわざ一度沈黙を介して手を上げるあたり、彼女はやはりやり手と言わざるを得ない。
「生徒会長のお言葉に甘え、我々からいくつか、他サロンへの要求をさせていただきます」
彼女の言葉を聞いた平民側のサロン代表者たちは、皆真剣な眼差しでクロエを見上げた。
反対に貴族側のサロン代表者は、怪訝そうに彼女を見る。
「我々は交流会の際に、交流した他のサロンから、特に風紀にまつわる意見を集めました。よろしければ、生徒会の方々も御一聴ください」
「わかりました」
彼女はそう言って、以前エリーヌに見せてくれた書類を手に取る。
「以前から問題となっていることですが、学内では貴族階級出身の者による、下級層出身者への横暴な行為が多数見られます」
疾うの昔から、風紀会が訴え続けていること。
それを生徒会の前で堂々と意見するのは、今年に入って初めてのことだ。
「事例といたしましては、『低学年、下級層に対する命令行為』、『注意に対する報復行為』、『暴言』、など」
クロエの視線が動く。
彼女の鋭い目は、鳥蝶会に向けられた。
「今挙げた事例は全て、鳥蝶会に所属している者から受けたと報告があったのですが、このことについて、代表者はどうお考えだろうか」
見下ろす形で視線を向けられた鳥蝶会代表のイヴェットは、至極侮蔑の籠った目でもって睨み返した。
「記憶にございません。一体、何時そのようなことが行われたのでしょうか?」
イヴェットはいけしゃあしゃあと言ってのける。
記憶にないわけがない。彼女たちは日常的にそう言った行為をしている。
「明確な日時が知りたいと? 此処に書いてあるが、あまりに多くて、読み上げるのに骨が折れる。必要か?」
いつの間にやらクロエの敬語は外れ、論争に火が付く。
この場にいる人間は理解したはずだ。今からすべきことは何かを。
「一つ、いいですか?」
「どうぞ」
風紀会とは違う別のサロンの者が手を上げた。
平民派閥のサロンだ。
生徒会の指名により立ち上がる。
「その事例、私たちのサロンの者から挙げられた意見もあると思います。意見者の名前と、具体的な内容を証言できますが」
ここで、クロエに助け舟を出すサロンが現れた。
恐らく、前々から話し合っていたのだろう。
いよいよ、会議が裁判のようになり始めた。判事は生徒会だ。
「……」
追い打ちをかけられた鳥蝶会は押し黙る。
イヴェットは今にも舌打ちをしそうな表情でクロエを睨んでいる。
「わたくしからも一つ、よろしいでしょうか」
ここで手を上げたのはエリーヌ。
「どうぞ」
生徒会に指名され、他の二名と同じく立ち上がる。
クロエからは、エリーヌ達華月会への意見書を先に見せてもらった。
恐らく今後鳥蝶会への指摘が終わったのち、こちらへと向けられることだろう。
今ここで鳥蝶会が潰えるのを待てば、ある意味敵を一つ減らすことになり、エリーヌにとっては都合がいい。
だが同時に、貴族派閥全体としての味方を一つ失う。
そしてクロエたちは、あくまで対貴族派閥という姿勢をとっている。ここでエリーヌが意見しなければ、貴族派閥代表としての格が下がる可能性がある。
(仕方がない)
口元には笑みを。だが目元は真剣に。
今日はエリーヌとクロエ、二人の真っ向勝負である。
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