第19話 VS

 エリーヌは鳥蝶会のイヴェットを助けるため、手を挙げて立ち上がった。


 事前にクロエから、どういう指摘をするのかは聞いている。そう言った点で真っ向勝負と言えるのかは怪しいが、以前のように互いに何を言い合うかまでは決めていない。

 本当は仲良くしたいところだが、致し方ない。


「風紀会の方々からのご指摘についてですが、わたくしの方からも一つよろしいでしょうか」

「どうぞ。皆様ご自由に発言してください」


 生徒会長からの言葉は、その場であったことに対して、生徒会は何も触れないと言っているようなものである。

 エリーヌは発言を許されたことに対して少しだけ頭を下げつつ、クロエの方に顔を向けた。


「貴女方の指摘は、鳥蝶会の横暴な行為に対する訴え、と言ったところでしょうか」

「別に鳥蝶会に限った話じゃない。澄ました顔して立ってるが、そっちのサロンに対してもいくつか指摘があるぞ」


 貴族派閥の代表が立ち上がった。

 そのことに対して、平民派閥の面々はより鋭い面持ちになり、クロエも拍車が掛かった様子を見せている。


「以前に廊下であったことは、立派な命令行為だ。あと、そっちのサロンにいる双子の姉妹の迷惑行為はよく目立つな」


 前者はエリーヌのよく知っていることだが、後者の具体的な話は知らない。

 家でクロエに指摘されて、その行為が割と頻発していたことを知って呆れたものだ。

 隣で額を押さえているベネディクトの様子を見れば、エリーヌの気持ちもわかるというものだろう。


「後者については、わたくしも詳しく存じ上げません。監督不行き届きであることは謝罪します」


 分からないことに対しては、素直に受け流した方が良い。今取り立てて何か言ったところで、解決できるとは到底思えない。

 問題はそこではない。


「ですが、廊下の件に関しましては、その場で解決し、和解したと認識しておりますが」


 廊下の件とは、クロエが家に来る日の前にあったことだ。

 その場にはクロエもエリーヌもいた。詳しく知っている。


「和解の前に、命令行為をするという前提についてこちらは指摘している」

「そうですね。我々貴族層がそのような行為を頻りに行っているとあれば、注意すべきでしょう。ですが、価値観の相違についても、理解していただきたく存じます」

「価値観の相違? 己の驕りに気づくべきだな。それは偏見ってやつだ」

「それを顧みるのもまた、学園における一つの学びだと言うべきでしょう。我々もまたその真っ最中なのです。お手柔らかにお願いします」


 次第に論点が根本的な問題へとずれていく。

 これでは話に終着しないばかりだ。

 エリーヌは一呼吸おいて、再び静かに手を上げた。


「貴女方の指摘は、我々が省みるべき項目であることに違いはないでしょう」


 価値観の相違などと言ってはいるが、基本は悪意か、己の利益の為にしていることは間違いない。

 そこを掘り下げてしまえば墓穴となる。そして堂々と謝罪しては、己の面子が保たれない。


「ですが、価値観の相違というものは、我々ばかりではないでしょう」

「何が言いたい」

「こちらもいくつか指摘させていただきたいと」


 貴族ばかりが悪いのではない。

 目には目を。指摘に対しては指摘を返す。


「以前勉強会の際に、我々が実家の権力を行使し、己を優先的に物事を行っていると、根も葉もないことを言われてしまいました」


 エリーヌは少し悲しげな表情を作りそう言う。

 つい最近起きたばかりの、平民から貴族への悪意。

 風紀会もその場に居合わせた、紛れもない事実だ。


「学外における権力を学内で行使するという行為。これは学園掟を読まずとも、広く知られている重要事項です。我々がそれを犯すことは決してないと、ここに宣言させていただきます」


 わざわざ大袈裟にそう言うのは、これが生徒会の前だから。

 そして、エリーヌの知る限りでは、ちゃんとした事実であるからだ。


「勉強会の際に限らず、度々このような発言を受けることがございます」


 指折り数えているわけではないし、その時々を覚えているわけではないが、そんな陰口は聞き慣れている。

 事実として語っても問題ないだろう。


「風紀会の方々は、暴言を貴族層の者から平民層の者へのことに限って指摘をしていましたが、これもまた暴言に当たるのではないでしょうか」


 エリーヌが言いたいことはつまり、何故風紀会は、平民の迷惑行為を見逃しているのかということ。

 これに対して風紀会が何も言えなければ、今度は彼女たちの面子が保たれない。

 自分のことはあえて棚に上げて指摘する。

 彼女たちはいつだってお互い様だ。


「確かにそうだな。だが、こちらが受けている被害はそちらの比じゃない」

「それについては分かりかねます。我々は貴女方とは違い、明確に調査したわけではない。それともこの事実について、貴女方は調査をしたのでしょうか」


 エリーヌのその問いに、クロエは言葉を詰まらせた。


「互いに、周囲への厳重注意をしなければならない。そうではないでしょうか、皆様方」


 ここでエリーヌは、周囲への賛同を求めた。


「その通りですわ、何も我々ばかりではない。風紀活動は貴女方が行っているのですから、特に周囲への注意喚起は貴女方の仕事でしょう?」


 これ見よがしに、イヴェットがエリーヌの言葉に賛同してきた。

 もちろんこれは、エリーヌの予想通り。むしろ、エリーヌの意図がイヴェットに伝わったと言うべきか。


「それは、今丁度行ってる。お前達鳥蝶会に向けての訴えは、注意喚起のつもりだ」

「その件に関しましては、鳥蝶会としてではなく、個人に向けての働きかけをお願いいたします。わたくしの知る限りではなかったので」


 いけしゃあしゃあと言ってのける鳥蝶会に対し、クロエは睨み、他の平民派閥サロンは悔しそうに唇を噛んだ。


「……私の言いたいことは、兎に角集団の長として、周囲の者達に振舞い方を再度師事してほしいということ」


 眉間に皴を寄せながらも、クロエはそう言って周囲を見渡した。

 生徒会からの反応がないこと、そして鳥蝶会への制裁ができそうにないことから、彼女は話を区切ることにしたらしい。


「我々からは以上です」


 彼女はそう言って着席した。

 平民派閥の者達は悔しそうにしている。


「……他に何か意見のある者はいますか?」


 意見を述べる者が座ったため、生徒会長がそう言って周囲に問いかけた。

 既に意見を申す者はいないようだ。


「では、他に無いようなので、これにて会議を終了とさせていただきます」


 ここで派閥に対するアクションがないということは、どうやらこの場において、彼女たちは中立の立場を譲らない模様。


「先程も申しました通り、上級生は来る星下寄宿に向けての準備と、下級生への引継ぎを怠らぬように。それでは、解散」


 派閥という言葉を一度も出さず、第一回評議会はお開きとなった。





***





「シャントルイユさん」


 サロンの代表者たちがぞろぞろと会議室を出る中、エリーヌを背後から呼び止める者がいた。


「これは、シャルロット殿下。どうなさいましたか?」


 エリーヌの事をラストネームで呼ぶ人間は珍しい。

 だが彼女の事を、宰相である彼女の父伝いに知っている者は、時折そう声を掛ける。

 この場でその距離感で話しかけるのは、王女である生徒会長だけだ。


「そのように畏まる必要はありませんよ。学園にいる以上は、同じ生徒ですから」


 学園で過ごしている間は、王族に対する多少の無礼は許される。本来ならば跪く必要があるにもかかわらず、それをしないのが証拠だ。

 

「貴女と直接話をする機会は、今までほとんどなかったものですから、少し声を掛けてみようと思った次第です」

「まあ、わたくしのような者に。恐悦至極にございます」


 そう言ってエリーヌは頭を下げる。

 いくら畏まらなくて良いと言えど、普段人と接する以上に気を遣う必要があるのは言うまでもない。


「此度の会議、前に出、意見を述べる積極的な姿勢に、御父上の面影を感じました。今後の評議会の活躍に必要不可欠な人材であると」

「まだまだ未熟な身の上でございます」


 随分と持ち上げると様な発言だ。その裏が読めない言動に、エリーヌは内心訝しむ。

 一体彼女は何を欲しているのか。父の後ろ盾か、あるいはエリーヌ自身か。


「今後の行事においても、その手腕を発揮してくださると助かります」

「大変恐れ多い言葉でございますが、望まれるのであれば微力ながらもお力添えさせていただきます」


 ただの他愛のない世間話なのだろうか。

 そう思った矢先だった。


「ところで、とは、ずいぶん仲が良いのですね?」


 唐突な彼女の言葉に、エリーヌの心臓は今までにないくらいに跳ねる。

 己の意思とは異なる自我を持っているかのように、鼓動が早くなる。

 額に浮かびそうな冷や汗も、思わず揺れそうになった肩も何とか抑え、笑顔を固める。


「はい。とは、サロンは異なりますが、仲良くさせていただいております」


 学年一位を取ったエリーヌの脳みそは、この無難な言葉を咄嗟に生み出すことができた。


 シャルロットの言う彼女とはいったい誰なのか。

 この場でクロエの名前を出すのは、論外だ。今まで協力姿勢を見せていないのにそう言えば、自分から白状しているも同義。

 だからと言って、その三人称の相手は誰なのかを問えば、これもまた怪しい。評議会におけるエリーヌの味方は、イヴェットか精々ベネディクトくらいだろう。


「そうなのですね。傑物の血縁が揃っているとは、今年の行事は益々良いものになりそうです」


 エリーヌの言葉に、シャルロットが訝しむ様子はない。

 どうやら、切り抜けたようだ。


「唐突な声掛けに応じてくださり、誠にありがとうございます。もう、閉門の時間ですね。このへんにしておきましょうか」

「こちらこそ、貴重なお時間を頂き、誠にありがとうございました」

「ではまた」


 頭を下げつつ、エリーヌはシャルロットが去るのを見送った。


「……わたくしたちも行きましょうか」

「はい」


 未だに鼓動は早いまま、エリーヌは帰りの馬車へと向かった。

 

 王女のあの目は、試すような目であった。

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