第20話 一難去って
「おせぇ」
馬車で迎えに行って開口一番、クロエはそう言った。
「ごめんなさい。ちょっと立て込んでしまって」
遅れたのは事実だ。エリーヌは素直に謝って、馬車の中でクロエを迎えた。
エリーヌが来るまで、彼女は律儀に待っていてくれたらしい。
「結局、あまり動きはなかったわね」
馬車が動き出したのを見計らって、エリーヌはクロエにそう言った。
クロエたちは評議会の為に事前準備をしっかりと行っていたが、今回明確に勝負の差ができるほどの動きはなかった。
「まあ、分かってたけどな。今までの事例を考えれば、この程度じゃ生徒会は動かない。眉唾だ」
視線を窓の外に向けながら、彼女はそう言った。
「でもこれで、貴族内で要注意の派閥を、生徒会に知らせることはできた」
「鳥蝶会のこと?」
「ああ。しばらくは生徒会の監視の目に晒されるだろ。多少の牽制にはなる」
今回挙げられたのは、主に鳥蝶会への意見だ。
いくら生徒会が傍観者とはいえ、限度はある。しばらくは過激な行為はできないだろう。
「牽制、ね。正直なところ、鳥蝶会には多少の沙汰が下ると思っていたのだけれど」
エリーヌは頬に手を当てながら、考えるようにしてそう言った。
あそこまで丁寧な意見書が出されたにもかかわらず、生徒会からは注意喚起の一つもなかった。
エリーヌが反論したとはいえ、それくらいはあっても何らおかしくはない。
「あれだけじゃ動かねぇよ。散々投書箱に意見入れてんのに、一回たりとも返事がないんだからな」
ため息交じりにそう言ったクロエを、エリーヌは驚いた表情で見た。
「一度も?」
「今年はまだな」
投書箱とは、生徒会室の前に設置してある、学校への意見を集めている箱の事だ。
風紀会はその組織柄、何度か意見しているのだろう。
今回評議会で挙げられた事例も、もしかするとすでに投書していたのかもしれない。
「いや、あれの仕組みは分かってる。あそこに入れられたもので通るのは、第三者的な意見か、学校全体への意見だけだ」
つまり、対貴族派閥の意見を風紀会が投書したところで、その意見は通らないということだ。
逆に、ほとんど派閥に関わっていない者や、同派閥内などからの意見であれば、通るかもしれないということだろう。
「ところで、なんで遅れてきたんだ。評議会で何かあったか?」
クロエにそう指摘されるくらいには、遅れてやってきてしまった。
エリーヌは小さく溜息を吐く。
「生徒会長に、少し話しかけられたの」
エリーヌのその言葉に、クロエの片眉がピクリと動く。
「決して、派閥がどうこうという話ではなかったから、安心して。ただ……」
「なんだ?」
クロエが神妙な面持ちで、言葉の続きを促す。
「……少し、勘付かれたかもしれないわ。わたくし達について」
エリーヌの言葉に、クロエは若干の考える間を置きつつ、その意味に気が付いて苦い表情をした。
「……まじか。どれくらい?」
「そうね、繋がりを、あくまで疑われているくらいかしら」
エリーヌとクロエが裏で繋がっている。そのことを確信しているわけではないのだろう。
ただ少しその疑いがあったので、わざわざ声を掛けてきたと言ったところか。
「派閥同士の争いにおいて、生徒会は中立。ただ、その目的と理由を鑑みれば、もしかしたらわたくしたちのつながりは、生徒会にとっては面白いものではないのかもしれないわね」
エリーヌは肩を竦めながらそう言った。
以前エリーヌは、生徒会はあえて派閥の争いを黙認し、王族が事実上牛耳っているという学校制度に疑問が向かないようにしているのでは、という見解を述べた。
あくまでエリーヌの個人的な予想の範疇であり、確たる証拠もない、不敬な話である。
だがそれを鑑みれば、本来敵対しているはずのエリーヌとクロエが繋がっているのは、生徒会としてはさして面白い話ではないだろう。
「派閥内だけじゃなくて、生徒会にも気を遣えってか。面倒臭いな」
「学校内では常に、と考えればいいだけのことよ」
エリーヌの視点が鋭いと言えど、所詮は未成年が集まっているだけの学内の事。
治めるにしてはちゃちな規模だ。
エリーヌの見解を眉唾だとして、単純に情報が洩れないようにすることは、今までやってきたことと何ら変わりはない。
そんな話をしつつ、二人はシャントルイユ家へと戻ってきた。
「おかえりなさいませ、お嬢様方」
成年のメイドたちに紛れて、カミーユが二人を出迎えた。
「星下寄宿についてお話があります。紅茶をご用意しておりますが、どちらのお部屋にお持ちいたしましょうか?」
エリーヌとクロエは顔を見合わせた。
「そうね。じゃあ、わたくしの部屋にお願いしようかしら」
「畏まりました」
***
テーブルに置かれたティーカップに湯気が立ち、フルーティーな紅茶の香りが漂う。
「寄宿に必要ないくつかの物品を、お二人分ご用意いたしました。加えて、可能な限りのパッキングを済ませましたので、ご確認を」
ティーセットの準備を終えたカミーユが、淡々とそう述べた。
随分と簡単な報告だ。
「あー……それなんだけど」
「はい、存じております」
クロエが何を言おうとしているのか、カミーユにはお見通しだったらしい。
わざわざ二人を部屋に呼び出して話したいのには理由がありそうだ。
「奥様や他の使用人の目もありましたので、同じように用意させていただきました」
「あら、何か問題でも?」
エリーヌの言葉に、クロエは頬杖をつきながら溜息を吐いた。
「大ありだろ。私が新しく用意された綺麗なもん持ってったら、大分怪しい」
「……そう言えば、そうね」
エリーヌにとっては盲点であった。
まず、星下寄宿とは何か。
評議会でも話題になったのは、これが所謂派閥争いで重要となる、『イベント』の1つであるからだ。
参加するのは高等部の三年生限定。
王都郊外の田舎にある教会に赴き、そこで三泊四日、修道女として洗礼を受ける。
王都、そして親元から離れた生活を送ることで、人間としての成長を促す――といった内容だ。
外泊なので、それなりの準備が必要であり、今に至るというわけだ。
「予備の制服は、学校貸与のやつをもう借りてきた。下着類は元から持ってるやつを持っていけばいい。鞄は……ここに来るときに使ったのがあるな」
「そうおっしゃるかと思い、愛用品であるなどと適当な理由をでっち上げ、そちらの鞄に荷造りさせていただきました。中身の方は、後ほどご自分で確認が必要かと思いますが……」
「お、そりゃ助かる。もし新しいの用意されてたら、当日どう言い訳しようか考えねぇと、って思ってたんだ」
思えば、気を遣わなければいけないのは、学校内だけではない。
クロエの事をエリーヌと同様に扱おうとしている母や使用人の目も気にする必要がある。
「準備については、問題なさそうだな。正直、気は進まねぇけど」
そう言って、クロエは部屋の扉に目を遣った。
その視線で、大体彼女が思っていることは察することができる。
「我々が寄宿に赴いている間に、お医者様を呼ぶようです。現在は容態も安定しておりますし、ジュリエンヌ様から『無理のない範囲で、積極的な学校参加をしてほしい』と仰せつかっております」
「母さん本人にも、行け行け言われた。どのみち、私に行かないなんて選択肢はねぇよ」
この行事は、高等部三年生にのみ用意された行事であるが、参加は自由である。
家業を手伝っている生徒や、そもそもこの行事に興味のない生徒などは、不参加の場合が多い。
だが、成績上位者であり、派閥争いにおいて前線に立っている者達は、この機会を逃すわけにはいかない。
「『星下寄宿』、だしな」
再び、火花飛び散る派閥争いが始まるようだ。
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