緑月1 星下寄宿

第21話 要の行事

 近々行われる星下寄宿。

 評議会を終えた二人は、成績の要所となるこの行事に向けて準備を始めるのだった。


「で、どうすんだ。今後の協力体制は」


 ティーカップを持ちながら、クロエがそう言った。

 今まで学校では、互いの関係が表沙汰にならぬよう、また、派閥争いを穏便且つ円滑に進めるために協力してきた。

 星下寄宿では学校では違う環境に置かれることになる。荷物の準備と同様に、慎重になる必要があるだろう。


「協力……は、難しいでしょうね。何に対して協力すればいいのかが、まず分からないんですもの」

「……確かにそうだな」


 二人は互いに肩を竦め、溜息を吐いた。


 実は、星下寄宿の内容というのは、当日になってみないと分からない。

 宗教学についての授業と試験があるのは確定だが、他に何をするのか分からない。

 寄宿では教会に宗教活動家の講師を呼ぶ。その講師の指導によって、毎年変わるのだ。


「こうやって話し合う機会を作るのは、ほぼ不可能でしょう。他に目があることが確実だから」


 参加するのは、基本的に派閥争いに積極的な者達だけだ。

 だが、その手の集団に知られることこそ、二人の関係の終焉を意味する。


「もし、何か困ったことがあった時。協力できる環境と時間があるのなら、協力しましょう。それ以外は、むしろ接触を避けた方が良いわ」

「ま、そうだな」


 常に協力したいわけではない。

 リスクを冒してまで手を結ぶ必要はないだろう。

 今回は安全にこなすことを優先すべきだ。


「それに、わたくしはきっと、そんなことをしている余裕がないでしょうから」


 エリーヌは眉をハの字にしてそう言った。


「別に、大丈夫だろ。貴族にも平民にも、『受賞』の前例はある」


 不安そうなエリーヌに対して、クロエはそう言った。


 星下寄宿が要の行事となるのには理由がある。

 それが、『聖女模範賞』の授与だ。

 その年の寄宿で、最も模範的な生徒を、教会の修道女シスター達が選び、賞を授与する。

 この賞は成績に大きく加点される。このことは、首席学士の称号授与式の際に、授与の理由として挙げられており判明している。


 そして、星下寄宿というのは、いわば野外活動だ。だからこそ"星の下"である。

 普段と違う環境で生活するにあたって、毎日裕福に過ごしている貴族は不便な思いをすることになる。

 宗教学の勉強以外で何が行われるかは分からないが、話を聞くに、毎年自然に由来した活動をするとのこと。

 世間知らずな貴族からしてみれば、苦行極まりないこともあるという。


 要するに、今回のイベントは平民派閥にとって大きなチャンスと為る。


「貴女にとっては、又とない機会でしょう」


 クロエにとってみれば、逃したくない点だろう。

 彼女は今回のテストで黒星を取ってしまった。


「まあな。他の派閥に取られれば痛手だ。つっても、内容が分からないから、身構えようが無い」


 クロエは存外気の抜けた様子だ。

 確かに彼女の言う通り、派閥として争うには、少々情報が足りない。


「当日の特別講師が誰かにもよる。場合によっちゃ、貴族寄りな講師もいるし、こればかりは運だな」


 そう言って、彼女はクッキーを頬張った。

 先ほど例を挙げた通り、寄宿の内容は、その年に呼ばれた特別講師が多くを計画する。

 その講師の思想や行動によって、今後の展開は大きく左右されるだろう。


「ところで、さっきの口ぶりから考えりゃ、お前も参加すんのか」


 クロエが、紅茶を注いでいるカミーユを見ながらそう言った。


「はい」

「派閥争いに関しては蚊帳の外なんだろ? なんで参加するんだ?」

「お嬢様と、ペアを組みますので」


 カミーユは姿勢よく立ちながら、端的にそう言った。

 その言葉に、クロエはぽかんとした表情を浮かべる。


「……はぁ? おい、どういうことだよ。いつも一緒にいる腰巾着はどうした」


 寄宿内の行動は二人一組と相場が決まっている。

 その場合、普段の事を考えると、エリーヌにふさわしいのはベネディクトだ。

 怪訝そうなクロエの言葉に、エリーヌは澄まし顔を作った。


「あら、腰巾着だなんて失礼な。ベネディクトはわたくしの親友よ。彼女とは班が一緒だけれど、今回はペアじゃないわ」


 エリーヌはクッキーを手に取る。


「ほら、星下寄宿では、私たちのような貴族の生活に染まったものは、なかなか馴染めないでしょう? そういう時に頼りになるのは、カミーユしかいないと思って」

「要は普段のごとく、こいつに身の回りの世話をさせようって魂胆だろ」


 平然と言ってのけるエリーヌに対し、クロエは呆れた様子でそう言った。


「作戦と言ってくださいな。既に勝負は始まっているのよ」

「それとこれとは話が別だろ! てか、お前はそれでいいのかよ!」

「私はお嬢様の言葉が全てでございます」


 クロエの指摘に、カミーユも無表情でそう答えた。


「それに、道中危険がないとも限りません。なので、護衛も兼ねて」


 星下寄宿の目的地にたどり着くまでに、少々時間がかかる。

 普段学校という場所は、柵と警備によって囲われているが、今回はその限りではない。

 親元と普段の警備を離れた隙に、貴族の子女を誘拐するような輩も存在するかもしれない。


「良いご身分だな」

「あら。では貴女にも付けましょうか?」

「したらバレるっての」


 クロエは肩を竦めながらそう言った。

 彼女もエリーヌと同じ生活に慣れてきたはずだが、やはり価値観の相違というのはある。


「ま、お前がそうやって悪知恵を働かせてんなら、こっちも手加減はしねぇ」

「ふふ。臨むところよ」


 運が絡む勝負において自信はあまりない。

 なので、できうる限りの対策を今のうちに練っておくのだ。

 エリーヌは紅茶にミルクを注いだ。

 

「兎にも角にも、何とかなるといいわね」


 白濁して底が見えなくなったティーカップを、口元に運んだ。

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