第17話 休む間もなく
テストという一大イベントを終えて、派閥争いは落ち着きを見せる――などということはない。
むしろ、テストを経て一層本格的なものになったといえよう。クロエが家に来る前にあったような諍いが、其処彼処で起きているらしい。
となれば、風紀会の仕事は増える。クロエが『忙しい』と愚痴を零すのも頷ける。
とはいえ、エリーヌにできることはない。あるとすれば、己の派閥に争いを控えるようにと言う程度だが、そんなことは以前から行っている。
それに、避けられない争いというのもある。時には批判に対して物を言わなければ、矜持は保たれない。湖白会の二の舞になってはいけないのだ。
しばらくは、いい塩梅に派閥争いをこなす必要がある。
「エリーヌ様」
サロン集会の少し前。
集会の準備をしていたベネディクトに声を掛けられた。
「配布物がございました。サロンの代表者向けのものですので、ご一読を」
各サロン向けに、生徒会から文書を受け取るポストのようなものが、生徒会室の前にある。
普段は何も入っていないことが多いのだが、今日は珍しく何か入っていたらしい。
「『第1回評議会の案内』……そういえば、この時期だったわね」
評議会というのは、定期的に開かれる、生徒会主催の会議のことである。
生徒会と、各サロンの代表者とその補佐一名。それらが集まって開催される会議だ。
つまり、参加するのは最高学年のみとなり、その機会が下の学年に与えられることはない。
要はエリーヌも参加するのは初めてであり、その内情は先輩から口伝えでしか聞いていない。
「『サロンの活動報告』と、『学校運営に関する今後の計画』。最後は『他サロンとの意見交換』……」
「以前、先輩方からお話を聞いたものと同じ内容ですね。変わらないようです」
基本的に、評議会に参加するのは、サロンの代表と、副代表と呼ばれている人物が参加する。
華月会の場合、エリーヌとベネディクトだ。
「ということは、活動報告を纏めないといけないわね」
評議会では、生徒会に対してサロンの活動報告を行い、今後の予算などについて検討してもらう必要がある。
きちんとまとめて精査しなければ、今後のサロンの活動に影響が出る。ひいては、派閥の活動にも影響が出る。
「分かりました。では本日の集会は、その機会を設けましょう」
「ええ、お願い」
今日の方針は決まった。
他の面々も集まってきたところで、日課の集会が始まる。
***
「お前は評議会のこと、どれくらい聞いてる?」
家に帰り、今日あったことをクロエと報告し合っていたところ、彼女が唐突にそう聞いて来た。
「そうね……活動報告を疎かにすると、予算が減らされる、とかかしら。今まで先輩にすべてお任せしていたから、あまり詳しくはないわね」
先ほども述べた通り、参加するのはサロンの代表者と副代表と言うのが定例。
これが第一回の評議会である以上、エリーヌがこの会議に参加したことはない。
「実は私、去年の3回目の評議会に参加させてもらったんだよ」
「あら、そうなの?」
確かに、代表と副代表が出るというのは、あくまで定例だ。
定員が一つのサロンに付き二名と決まっているだけで、指名されているわけではない。
「こっちの派閥、次期代表は私でほぼ確定だったからな。来年の為にって、予習の機会をくれたんだよ」
彼女の言う通り、今までのクロエの成績を鑑みれば、次期代表になることは間違いなかった。
となれば、彼女たち平民派閥の前代表の、賢い采配といえる。
「どんな様子だった?」
つまりクロエは、評議会の詳細な空気を知っているということになる。
エリーヌはそう聞いた。
「あれはな……生徒会主催の派閥討論会だ」
クロエは腕を組み、難しい表情をしてそう言った。
「どういうこと?」
「そのまんまの意味だよ。派閥での論争が勃発する」
サロンの代表者が集まるとなれば、多少口論になることは予想される。
だが、わざわざクロエがそう言うということは、かなり激化したものということだろう。
「前にお前が生徒会について、何か言ってただろ」
「そうね。あくまで、わたくしの少し捻くれた考察だけれど」
「そのことを考えたらすぐわかる。あれは、生徒会が用意した舞台だ。私たちがより争うためのな」
彼女はそう言って、鞄から配布された評議会についての案内を取り出した。
「活動報告と今後の計画は、前座みたいなもんだ。形式通り、定例通りにやる。問題は『他サロンとの意見交換』だ」
評議会での会議の予定は、三つ提示されている。
クロエの言う通り、三つ目の項目は確かに引っ掛かる。
「やけに抽象的よね。何について話すの?」
意見交換で出すべき結論が、明確に挙げられているわけではない。
代表者たちは何について話し合えばいいのだろうか。
「これ」
クロエはそう言って、投げ捨てるように机に数枚の紙を広げた。
エリーヌはそのうち一枚を拾い、その内容を読む。
「なるほど。だからあえて、何も目的が挙げられていないのね」
紙に書かれていたことを読んだエリーヌは、笑顔で肩を竦めた。
そう、そこに書かれているのは、風紀会が集めた『貴族派閥への不満』であった。
評議会が設けた『意見交換』というのは、本当にただ意見交換をするだけの機会ということ。
つまり、他サロンへ直接文句を言えるチャンスが設けられているのだ。
「私たちは交流会で、貴族派閥への不満を集めた。この評議会でぶつけるためにな」
クロエが広げた紙、そこには貴族の平民に対する中傷行為、その具体的な例が纏められている。
誰が何をやったのか、それがいつ行われたかなど、かなり事細かである。
「この意見交換は、生徒会が見て聞いてる。上手くいけば、訴えが通じて、『失脚』なんてもんが狙えるかもしれねぇ」
「だから貴女達は以前の交流会で、たくさんの意見を集める必要があった、ということね」
エリーヌは眺めていた紙を置いて、溜息を吐いた。
「私が見に行った第三回の評議会は、首席発表も近かったからとんでもない熱量だった。それに比べたらマシだと思うが……」
クロエもまた、腕を組んで溜息を吐いた。
「わりぃけど、今回ばかりはこれを止めるのは無理だ。私以外の面子はもちろんやる気満々だし、私はそれを無碍にできない」
「分かっているわ。わたくしとしても、時には争う姿勢を見せないと」
争いを避けてばかりでは、消極的だと思われてしまう。
時には自らぶつかりに行かなくてはならない。その機会が巡ってきたというわけだ。
「まあ、お前達に関してはあんまり身構えなくてもいいと思うけどな。他のサロンに比べたら、素行はいい方だし」
クロエは意見書をパラパラと見ながらそう言った。
確かに見る限り、主に鳥蝶会とその一派への意見書が目立つ。
エリーヌ達は進んで蔑むような行為をしたりはしないが、彼女たちは自ら積極的に平民を差別する。
風紀会から文句が出るのは当たり前だ。
「とはいえ、わたくし達に何も言わないという選択肢は取れないでしょう?」
「そりゃあな」
風紀会のライバルは華月会だ。ここで攻撃しないわけにはいかない。
「……ま、止めるのは無理でも、対策はできる」
クロエはそう言って、数ある意見書の中から数枚を選び採った。
「この前やった方法と同じだ。先に流れを把握しておけばいい」
彼女が選びだしたのは、対華月会の意見書。
「予習は好きだろ? 学年一位」
「あらあら」
家の中では珍しく、不敵な笑顔を浮かべたクロエに、エリーヌもまたふてぶてしく笑った。
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