第16話 第一回基幹科目総合テスト
テストに励むために設けられた期間は一週間。
その一週間を終え、ついにその日がやってきた。
第一回基幹科目総合テスト。派閥争い、もとい首席争いにおける、ターニングポイントの一つである。
今日は普段の授業とは打って変わり、学年ごとに指定された教室に赴いて、決まった時間に決まったテストを受ける。
教室には試験監督が三人。たとえ派閥争いが絡んでいたとしても、決して不正は許されない。見つかれば即退学と掟に定められている。
等間隔に席に着き、試験のための用紙が配られ始めた。
この国の技術発展により盛んになった製紙業、その恩恵を一身に受けている。
「では、始め!」
時計が傾く音と同時に、教師の掛け声が響く。
その音が耳に届いた瞬間、みな一様に紙を捲ってペンを滑らす。
始めの科目は算術学。
(教えてもらって正解だった)
一目で分からないと思うものはない。あとは時間とミスとの勝負。
クロエとの教え合いの成果が身に染みる。
他の科目も、一際できないものがあるわけでもなく、あとは己が正しく解いていることを信じるのみ。
テストは順調に進むのだった。
***
テストは一日にある五限の枠をすべて使い、その日に終了する。
結果は科目ごとに教師が採点。基幹科目以外の教師も採点に携わるので、テスト当日ともう一日ほど経てば、結果が出る仕組みだ。
そしてその結果は、皆が注目する。
生徒の精神的負担よりも、競うことを重視しているこの学園では、無論結果は衆目に晒される仕組みになっている。
テストの結果、つまり5教科の合計点数は、昇順に並べられて張り出される。
「エリーヌ様、こちらに!」
皆学校へ来るや否や、昇降口付近に張られている結果に一目散。
その結果に細心の注意を払っているエリーヌは、ベネディクトに連れられて張り紙の目の前へと立った。
「おめでとうございます、エリーヌ様! 学年一位でございます!」
周囲にも聞こえる声で、ベネディクトがそう言った。
それはもちろん知らしめるため。
周りにいた貴族たちは、エリーヌに歓声と拍手を送った。
「皆さん、どうもありがとう」
拍手を送る大衆に、エリーヌはカーテシーで応じる。
一頻り拍手が送られると、周囲の歓声は騒めきへと変化した。
「さすがでございます」
「勉強会のおかげよ。それに、ベネディクトもすごいわ」
今度は普通の話し声で、ベネディクトが称賛を送ってきた。
彼女もまた、三位という優れた成績を出している。
「面目次第もございません」
「そんなことはないわ。両の手に収まる成績を残せるのは、ほんの僅かなのよ」
エリーヌの称賛に対し、ベネディクトは申し訳なさそうな顔をする。
彼女が三位ということは、エリーヌの下には別の人間がいるということ。
その人物は、言うまでもない。
「惜しかったわね、クロエ」
「でもすごいよ、たった五点差だよ!」
大衆の騒めきに混ざって、そんな声が聞こえてくる。
二位はもちろんクロエ。
テストは一教科に付き100点満点。
エリーヌは491点、クロエは486点という結果だ。もはや何が勝敗を分けたかなど分からないほどの僅差である。
これが、彼女たちが拮抗して争う理由。しかし、今回の勝負は紛うことなくエリーヌの勝利。
貴族派閥は白星を一つ獲得した。
この結果に、彼女はどういう反応を示すのか。
エリーヌはこっそりと横目で見た。
「数問の差だな。次は負けねぇ」
いつものように、自信をふくんだ笑みを浮かべて、彼女はそう言った。
下を向く様子はなさそうである。
「ほら、教室行くぞ。眺めてたって結果は変わんねぇんだからな」
そう言って、彼女は昇降口から離れて行った。
「さあ、教室に向かいましょうか。驕って授業を疎かにしてはいけないわ」
「勿論です、エリーヌ様」
クロエの背中を見送って、彼女もまた教室へと向かった。
今日の授業は、テストの詳細な結果と問題解説ばかり。
そんな授業の流れもあってか、今日はどこもテストの結果で持ちきりの様子。
エリーヌが一位であるということ、次いでクロエが二位であるということは、その日のうちに学校に広まった。
結果に対して前向きな声もあれば、貶めるような消極的意見も流れる。
それは平民・貴族どちらに対してもだ。
貴族令嬢たちはここぞとばかりに、エリーヌに称賛の声を送ってきた。
エリーヌはその度に礼を述べて、今日は忙しく過ごした。
「エリーヌ様、学年一位おめでとうございます!」
食堂にて、アンリエットとフロランスから、同じように称揚の言葉をもらう。
「ありがとう、二人とも。勉強会で、貴女達が協力してくれたおかげよ」
今日何度目かもはや分からない感謝の言葉を述べて、エリーヌは笑顔を向けた。
「お礼を言うのは、わたくし達の方でございます」
「ええ。勉強会でエリーヌ様に教えていただいたことが、とても力になりました」
「ふふ、ありがとう」
二人の世辞の言葉を耳に流し入れつつ、食事に手を付けた。
「ですがやはり、エリーヌ様は別格でいらっしゃいますね。まさか、490点を超えられるだなんて」
「たった、数問だけしか間違えていないということでしょう? わたくしには想像もつきません」
二人は口々にそう言った。
確かに、それほどの点数を取るのは難しい。エリーヌも、ここまで高い点数を取ったことはない。過去最高点である。
最終学年になったことで、いよいよ本腰を入れて勉強をし始めたのが理由の一つだが。
「ですが、そんな高くなったエリーヌ様のレベルに、
ベネディクトのその言葉に、エリーヌの心臓が少し跳ねる。
確かにエリーヌの点数は、去年と比べて高い。無論、過去最高得点だからだ。
しかし、その点数に立った五点の差しか許さなかったクロエもまた、レベルが上がっている。
二人で教え合った成果が、二人共結果に表れている。
容易に始めた取引だが、実は危ない橋を渡っていたのかもしれない。
「彼女もまた、最終学年となり、本腰を入れ始めたのでしょう。ベネディクトの言う通り、気は抜けないわね」
冷静に考えてみれば、二人の成績が両方上がっているからと言って、二人の内通が疑われることはないだろう。
むしろ、彼女と共に高い場所へと向かっていることを喜ぶべきだ。
「ええ。わたくしもお二人に置いていかれぬよう、精進してまいります」
真面目なベネディクトの言葉に若干の罪悪感を感じつつ、エリーヌは笑顔で頷くのだった。
***
「負けた。やられたな、今回は」
「ありがとう」
帰ってきた二人は、顔を合わせるといの一番にそう言いあった。
「でも、たった五点差ね」
「ああ。くそ、計算ミスが痛かったな」
それぞれ返された答案用紙を見て、どこが間違っているかを見合った。
「にしても、ずいぶん高いな。4問しか間違えてないのか」
エリーヌは二点問題を三つ、三点問題を一つ落としただけで、他はすべて正解。
この四問の間違いがなければ、満点である。
「貴女もすごいわ。これはいよいよ油断できないわね」
クロエがあと数問合っていれば、エリーヌの点は追い越すことができる。
もしくはエリーヌがあと数問間違えてしまえば、クロエの下となってしまう。
今まで、エリーヌはクロエに点を抜かれたことはない。
だが、クロエの環境は変わった。自分を超える要素は揃っている。
あとはそれに負けないように、自分が努力するだけだ。
「――楽しい。これからも、手を抜かずに、私の事を追い抜くくらいの気持ちで頑張ってね」
エリーヌは、心の底から湧き出た言葉を口にした。
優秀な彼女と、直接競い合う。夢にも思わなかったが、夢のようなこと。
ずっと、自分を追いかけてくれる者を探していた。
「当たり前だろ。次は負けねぇよ」
紛うことない彼女の笑顔に、エリーヌは安心と期待を寄せるのだった。
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