第14話 衝突再び
大きくなり始めた騒ぎを聞きつけてやってきたのは、勿論風紀会であった。
「また華月会か。今度は何の言い争いをしてる?」
そして、風紀を正す代表と言えばクロエ。
図らずもまた、学内で接触する機会が現れてしまった。
「クロエ先輩!」
やってきたクロエを見て、華月会に言いがかりをつけてきた少女たちは目を輝かせた。
クロエの存在は、平民派閥はもちろん、学内でも周知のものだ。
少女たち自身は、風紀会のメンバーとして見たことはない。
恐らく、サロン交流会か何かで彼女と関わりがあったのだろう。味方が来たと言わんばかりの反応だ。
「この方々が、今わたくしたちが使用しているこの場所を使わせろと、妙な言いがかりをつけてきたのですわ。わたくし達に責はなくてよ」
『また』という反応をしたクロエに対し、フロランスが眉を顰めながらそう言った。
「そんなわけない! ずっとこの場所を使ってるあんた達に、何も悪いところがないわけないでしょ!」
「サロン集会の会場として使用しているだけです。正規の手段を踏んで、この場所は借りています」
「どうせそこの最上級のお嬢様が、裏で手を回してるんでしょ! 先輩もそう思いますよね!」
再びエリーヌを名指しで敵視する少女に、ベネディクトは怒髪冠を衝くほどの形相だ。
だがそれに怯まず、少女は虎の威を借るようにクロエに同意を求めた。
「まあ一旦落ち着け。何が発端で今に至るのか、一から説明してくれ」
クロエの言葉に、少女は事の顛末を話し出した。
彼女たちの言葉だけでは彼女たちにとって優位な説明となってしまう。
ベネディクトが言葉を加え、そこからまた言い争いに発展しつつも、クロエの進行により話は進んだ。
クロエがやってきたのなら、エリーヌの出る幕はない。
むしろ無駄な接触は避けたいところなので、今は傍観者に徹する。
「……確かに、学園掟の第157条に抵触する」
この争いについて大方把握したクロエは、考えるように腕を組んで、斜め上を見ながらそう言った。
「ですよね! この人たち、いつも自分達優先で――」
「いや」
クロエは少女を見下ろした。
「抵触してるのはお前たちの方だ」
「え?」
クロエはピッと彼女たちに指を突き付けた。
「サロンの活動についての項目。『他のサロンの活動を著しく阻害する行為は、これを固く禁ずる』」
彼女の言葉を聞いて、今日も今日とて彼女にくっついているアンナが、クロエの代わりに手帳を開いて
「今、華月会はサロン集会の真っ最中。そんな中唐突に声を掛けられて、集会は中断せざるを得ない状況。立派な妨害行為だ」
「なっ!」
味方だと思っていたクロエの的確な指摘に、少女たちは口を噤む。
「サロン集会の会場は一年間同じ場所に固定だ。華月会はこの場所を会場にしたいと希望届を出して、生徒会がそれを聞き入れた」
「で、でも! この場所はきっと、他にも希望を出した人たちが居るはずで、にもかかわらずこの人たちがここに居るのは――」
「権力を笠に着てるから、か。それに対する証拠は?」
「……」
クロエの言葉に、少女たちはぐうの音も出ない様子。
当然だ。彼女たちの言葉はあくまで言いがかりに過ぎない。
そして、幾らそれが自分たちにとって利のあることであっても、それを了承するクロエではない。
彼女はそれを許さない、『風紀』を守る者たちの一人だ。
「わ、私たちは、クロエ先輩の事を想って……」
八方塞がりの少女たちが発したその言葉に対して、アンナが一歩前に出る。
「私たちは風紀会よ。風紀を乱す者なら、どんな立場に置かれていても関係ない。平等を追求することこそが、私たちの第一の目的よ」
アンナが真剣な表情でそう言った。
彼女たちはサロンの中でも、唯一その目的を失っていない。
それが派閥争いにも生かせるという点もあるが、彼女たちがその考えを貫き通しているというのもある。
「そういうわけだ。とにかくお前たちは、華月会に謝罪しろ。それができないようなら、私たちが生徒会に訴える」
彼女のその言葉に、少女たちはようやく折れたようだ。
か細い声だが、こちらに向かって謝罪の言葉を述べて頭を下げてきた。
「妨害への謝罪は受け入れます。ですが、エリーヌ様に対する事実無根の疑いを向けたことに対しては、わたくし達では受け入れかねます」
華月会の中にはまだ腑に落ちない者もいるようだ。
そんな者達の代わりにベネディクトがそう言った。
「だそうだが、魔女サマ」
ベネディクト、そしてクロエから思わぬバトンタッチ。
だが、言うべきことは既に決まっている。
「わたくしは気にしていませんから、謝罪の言葉は必要ありません。ただ、事実無根であるということは、理解していただきたいと存じます」
その言葉に、華月会からは『なんて寛大な』『お優しい』と声が上がる。
「この場所が魅力的であることに、わたくしも同意です。この時間でなければだれでも自由にご利用いただけますから、ぜひ楽しんでくださいね」
少女たちだけでなく、野次馬に向けてもそう言う。
与えられたチャンスは利用するに限る。代表として相応しく振る舞い、人気を少しでも集める。
それは、この場にやってきたクロエも同じだ。
「これで一件落着ってことで良いな? ほら、散った散った。お前たちも、同じ事はするんじゃないぞ」
「……はい」
少女達はかなり反省して、落ち込んでいる様子だ。
それを見たクロエは、自分より背の低い彼女たちに視線を合わせた。
「私の事を考えてくれたのは嬉しい。でも、こんな事をしなくても、私は勝てるって信じてくれるとなお嬉しい」
そう言って、1人の少女の肩をぽんと叩いた。
「任せろ。次のテスト、必ずいい点を取ってやる」
クロエの自信に溢れたその言葉と表情に、少女達は影を落としていた顔を上げた。
「はい、信じてます!」
皆口々にそう言って、羨望の眼差しのまま去って行った。
それを見送って、クロエもまた立ち去ろうとする。
「お待ちなさいな」
立ち去ろうとするクロエに向かって、アンリエットが声を掛けた。
「一応聞いておきますが、貴女の差し金ではないのでしょうね?」
クロエが差し向けた問題をクロエが解決する。
マッチポンプのような形で、彼女が人気取りを図った可能性をアンリエットは示唆した。
「まさか。こんな面倒でちゃちな事、私がすると思うか?」
クロエはそう言って肩を竦める。
アンリエットはまだ何か言いたそうだったが、ベネディクトがそれを手で制した。
「此度は助かりました。ですが、貴女の活動の影響もあるでしょうから、周囲には厳重注意をするようにお願いします」
あくまで対等であるという立ち位置を崩さぬよう、ベネディクトがそう付け加えて言った。
「言われなくても」
最後にそう言って、彼女は去って行った。
ようやく周囲に安堵の空気が流れる。
まさに寝耳に水の事件だった。
いくらか時間が過ぎてしまったが、エリーヌの音頭で残り時間を再び勉強に費やすことになった。
「まったく、これだから野蛮な平民は嫌ですよね!」
「口を慎みなさい、サラ。それと、妙な報復はしないように」
「えぇ~……」
何やら悪戯好きのオリオール姉妹が躍起になっていたが、それをベネディクトが窘める。
それを横目に見ながら、エリーヌは生徒手帳を眺めていた。
「ふふ」
「どうされましたか、エリーヌ様」
小さく笑いを零したエリーヌを見て、ベネディクトが不思議そうに彼女を見た。
「いいえ。わたくしも
彼女が開いた生徒手帳。そこに書かれた学園掟の157条は、クロエの言葉と寸分違わぬ文言が書かれているのだった。
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