第13話 試験週間

 聖リリウム女学園では、貴族派閥と平民派閥で、首席を求めて争い合っている。

 その首席を決めるのは、生徒会。

 彼女たちは、勉学や学校生活における評価と、卒業式の前に行われる生徒からの『推薦投票』を参考にしている。

 後者は生徒会ではなく、他の学年も含めた生徒たちが、誰が首席にふさわしいかを投票するものだ。

 この票を集めるために、派閥のリーダーたちは各々の方法と思想で人気を集めるための活動をしている。


 しかし、その結果はもちろん、成績を知る機会は、生徒会役員と教師にしか与えられていない。

 一見すると、評価基準と現在の成績は謎に包まれているが、そんな状態では生徒たちは明確に派閥を作ってまで争わない。

 

 詳細な成績を一生徒が知ることはできないが、大まかに予想することはできる。

 首席を取るために重要となる、いくつかの『イベント』があるからだ。


「今年初めての総合テストね。貴女の自信のほどは?」


 エリーヌはクロエにそう聞いた。


「そこそこ。今年の算術学はエルネスト先生だし、他の先生も、特に癖が強い人はいないし」


 彼女は腕を組んで、考えるようにしてそう言った。


 成績の要点となる『イベント』。それは、主に6つ。

 その内2つは学校行事。

 他の4つは、『基幹科目総合テスト』とよばれるものだ。


 基幹科目とは、全生徒必修の科目の事。

 国語学、算術学、魔法学、国史学、国営学と5つあり、総合テストはこの科目における理解度を試される。

 言わずもがな、これはあからさまに成績に直結する。

 

「去年最後の履修の算術学は大変だったわよね。あんな、研究者試験のようなものを出されては困るわ」

「本当にな。授業も難しくて、馬鹿みたいに眠かった」


 テストの問題を作るのは、その年にその学年を担当する教師だ。

 なので、担当する教師によっては問題が難しくなったり、簡単になったりする。

 去年彼女たちの算術学を担当していた教師は、かなり難解な問題を出してきた。


「貴女の得意科目は?」

「この中だったら、国営学だな」

「あら、奇遇ね。わたくしも国営学には自信があるわ」


 国営学とは、国を運営するために必要となる知識を究める学問だ。

 経済学や法律学、そして政治学は、この学問から枝分かれしてできたもので、広く捉えれば国営学の枠組みに入る。


「問題は国語学だな。あれは記憶力だけじゃどうにもならないから厄介なんだよ」

「私は算術学が苦手ね。理屈で理解しないといけないから」


 二人とも首を傾げて唸ったところで、エリーヌが何かを思いついたようにぱっと顔を上げた。


「せっかくこうして二人で話せる機会があるのだから、二人で互いの苦手科目を補い合わない? わたくし国語学ならそれなりにできるわ」

「競うんじゃなかったのかよ」

「貴女もわたくしに教えるの。これは取引よ」


 互いに同じ条件下に居れば、どちらかに結果が偏ることはない。

 どちらかに肩入れするのではなく、互いに教え合って高みを目指すのだ。


「……わかった。取引だからな」

「嬉しいわ。きっと勉強会では、わたくしが教えるばかりで、教えてもらう機会がないから」


 エリーヌは心の底から喜んだ。

 自分に追いつこうとするクロエと、互いに勉強を教え合う。彼女がずっとやりたかったことだ。

 こうして二人は新たに協定を結んで、試験週間に挑むのだった。





***





 放課後。いつもの如く、サロン集会が開かれる。

 今日は雨だが、庭園の席は屋根があり、多少の雨風は凌げる。しとしとと降り注ぐ雨が、耳に心地よくてちょうどいい。

 以前提案があった通り、この試験週間はサロンで勉強会を開くことになった。

 サロンは中等部高等部関係なく、すべての学年が集まることができる。

 低学年であれば高学年に教えを超えるいい機会だ。


 こうして、実力派の派閥であることを、派閥に属する者たちに改めて認識させるのが狙いだ。

 何より教え合うことは、知識をより定着させることに繋がる。


「エリーヌ様ー! この問題が分からないのですが……」

「これね。これは、前章で扱ったこの公式を使って――」


 この場で一番勉強ができるのはエリーヌだ。

 以前予想した通り、勉強会ではエリーヌが教師となって教える側となってしまった。

 勿論、教えることで復習にもなるので、特に問題があるわけではない。


「なるほど、分かりました! エリーヌ様は、とても解説がお上手ですね!」

「ふふ、ありがとう。また分からないところがあったら、ぜひ聞いてね」

「はい!」


 派閥の者たちは、公爵家のエリーヌと接点を持ついい機会でもある。

 別の思惑が動いているこの場では、十分に勉強に集中できるとは言えないだろう。


「申し訳ありません、エリーヌ様。皆に教えるばかりで、ご自身の勉強が捗らないですよね」


 エリーヌの様子を見たベネディクトが、気を遣ってそう声を掛けてきた。


「いいのよ、ベネディクト。それより、貴女も分からない問題はない? 同じ学年の貴女の勉強は、教えれば確実にテストに活かせるから」

「よ、よろしいのですか? では、この問題を――」


 ベネディクトの質問は、彼女の成績が高いだけあって難しかった。

 彼女然り、この派閥が実力派である以上、そこに集まるのもまた実力を重視する者たちばかりだ。

 改めて認識させずとも、皆励むことを惜しまない。

 心地の良い空間だと思った矢先のことだった。


「あの、すみません!」


 華月会が勉強会を行っている場所から少し離れた廊下。

 そこから、誰かが声を掛けてきた。


「私たちにも、庭園の席を使わせてください!」


 声を掛けてきたのは、数名の生徒たち。

 その姿を見るに、どうも貴族派閥の者たちではない。彼女たちが持っている物は、貴族出身生徒のそれではない。


「ここは現在、華月会がサロン集会で使用しています。申し訳ありませんが、このサロンに所属していない者に貸出しは出来かねます」


 少女たちがなぜこの場所を使いたいのかは分からない。

 だが、この場所は予てから、華月会がサロン集会の会場としている場所で、今は華月会のものだ。

 交流会でもない今、他のサロンに所属している人間と場所を共有するのは不自然だろう。


 ベネディクトの返答を聞いた彼女たちは、何やらひそひそと耳打ちし合っている。

 何となしに、陰湿な空気が漂う。


「貴族だからって、幅を利かせてこの場所を陣取ってないですか?」


 耳打ちを止めた一人の少女がそう切り出した。

 

「ここは学校所有の場所で、私たちだって自由に使う権利があるのに」


 彼女たちは口々にそう言って、華月会の面々を睨んできた。

 どうやら、ただこの場所を貸してほしいわけではないらしい。

 場所を言い訳にして、喧嘩を売りに来たというわけだ。


「一体、何を言っているのですか? 先ほど申した通り、ここは今華月会がサロン集会に使っているのです。貴女達が入って良い訳がないでしょう」


 アンリエットがそう言った。

 平民だからと言って、いつも貴族の嫌がらせに抵抗しているだけではない。

 平民派閥にも、貴族派閥に言いがかりをつけてくる者たちはいる。そして、貴族だからと相手に嫌がらせをする者だっている。

 今回はどうやらこの典型。少女たちの論は、言いがかりに過ぎない。

 そして何より、勉強会の妨げだ。


「だって、ずるいですよね。ここって屋根もあって風通しもいいから過ごしやすいし。私たちのサロンだって、こういう場所を使いたかった」

「わたくしたちは、サロンの活動内容と共に、それに適したこの場所の希望届を出したのです。その希望が通ったのが、わたくし達だったというだけのことですわ」


 フロランスもまた、言い争いに参戦してしまった。

 次第に口論が熱くなる。

 そしてその様子を見て、廊下を歩いていた者たちが野次馬となり、ちょっとした騒ぎになり始めている。


 これはまずい。そう思ったエリーヌは、ベネディクトの困惑した表情を受け、立ち上がった。


「この場所がわたくしたちのものであると主張した記憶はありません。ただ今時分は、わたくし達が借りているのです。ここは収めてくださいませんか?」


 普段は取り巻きの行動に対して、助長することも反論することもしない。

 しかし、だんまりのリーダーでいるわけにはいかない。

 時には正当な主張をエリーヌの口からも発しなければいけない。のだが、


「どうせあんたが、自分の家の権力使って、都合のいいように仕組んでるんでしょ?」

「……!」


 どうやら、今回ばかりは逆効果だったようだ。

 さすがに今の発言はいただけなかった模様。

 口論をしていたアンリエットとフロランスだけでなく、ベネディクトや他の華月会の数名までもが目を吊り上げた。


「エリーヌ様が、そのようなことをなさるわけがないでしょう!」

「そうですわ! どんな権力者の親族であれ、そのような行為は禁止されているのですよ!?」

「嘘だ! だってあんた達、いつもいい環境を占有してる!」


 口論の熱は、いよいよ小火では済まないような大きさになってきた。

 こちらが正当な主張を持っていることは間違いない。

 もう一度冷静に、次に発するべき言葉を考えている時だった。


「――悪い、ちょっと退いてくれるか?」


 野次馬の波が、誰かを避けて後方から分かれていく。


「おい、何やってる?」


 クロエがやってきた。

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