第8話 シナリオ
時は過ぎて、生徒会披露宴の次の日。
今日は業後にイベントはない。よって、サロンによる集まりが行われる。
サロンにもよるが、基本的に閉門前のチャイムが鳴るまで、学園の生徒たちはサロン集会を行う。
「――というわけで、今年の華月会は、この面々で活動してまいります」
華月会の主な活動場所は庭園。庭園にあるいくつかのテーブルとチェアを陣取って、彼女たちの集会は行われる。
「今年度代表は、エリーヌ・リクニス・シャントルイユ様でございます。皆様、拍手を」
ベネディクトの声掛けに、エリーヌは立ち上がり、周りからは拍手が響いた。
サロンの代表は、基本的にはどんなサロンでも、実家の階級の高さより年齢が優先される。
それは、サロンが派閥争いの細胞であり、派閥争いは首席争いだからだ。
進級後、周りからの評価の高い者が既存のサロンにおいて格上げされ、周囲はどこの代表の懐に入るべきかを考えて所属を選ぶ。
つまり、集団から代表を選ぶのではなく、既に決まっている代表に人が集まり、サロンが構成されるということだ。
「今後とも、エリーヌ様が率いる華月会に所属しているという自覚を大いに持ち、その名誉に恥じぬような身の振り方を心がけましょう」
エリーヌに心酔している彼女らしい発言。
その言葉には、『エリーヌの足を引っ張るような真似はするな』という忠告が暗に秘められている。
「さしあたって、近日開催されるサロン交流会についての説明を。進行は、引き続きこのベネディクトが務めさせていただきます」
彼女はそう言って、鞄から何枚かの文書を出した。
「交流内容につきましては、昨年度から引き続き、他サロンとの合同茶会という形をとることに決定いたしました」
いくら本来の目的が形骸化しているとはいえ、それらをすべて無視するわけにはいかない。
風紀会が風紀活動をきちんと行っているのと同じく、彼女たちも目的を見失わない程度に、本来のサロンの要素を活動に入れている。
「現在交流申請が来ている内、イヴェット嬢が代表を務める『鳥蝶会』。クリステル嬢が代表を務める『湖白会』との交流を考えております」
今挙がった2つのサロンは、華月会に並ぶ有力なサロンである。
これが、貴族内における派閥。
『エリーヌ派』・『クロエ派』が学園二大派閥なのに対し、この3つは貴族三大派閥と言われている。
この三大派閥が一挙に集まるのは、この交流会が互いを牽制するためのいい機会だからだ。
「つきましては、その『会場』についてなのですが……」
ベネディクトはそう言って、ほんの少しだけ眉を顰めた。
(来た)
ベネディクトの表情を、エリーヌは見逃さなかった。
彼女が発したその単語をきいて、エリーヌは心の中で思わずそう呟く。
「『鳥蝶会』『湖白会』両代表の希望により、静謐学習館を交流会場として生徒会に希望を出したところ、他の交流会と希望が重なっているとの返事をいただきました」
エリーヌの予測していた言葉そのものが、ベネディクトの口から発せられた。
「まあ……静謐学習館を希望しているのは、わたくし達の他にどれくらいいるのかしら」
相手が『一人』であるという前提での話はしない。
何も知らないエリーヌであれば、まずそう聞くであろう。
この流れは、エリーヌとクロエが考えたシナリオ通り。
「わたくし達ともう1つ……なのですが」
ベネディクトが厳しい表情で言い淀む。
予測の答え合わせは着々と進む。
「それが……あの『風紀会』なのです」
彼女の言葉に、周囲がやおら騒めく。
「どうやら、かなりの大人数で交流会をするとのことです。生徒会からは、話し合いにて決定するようにと言われました」
管理者である生徒会にとって、派閥での無駄な争いは望むところ。
絶対中立を謳いつつ、彼女たちは不干渉を決め込むのだ。
「あちらから、譲るという文言は届いていないのですか?」
「無論、届いておりません」
質問をしたのはアンリエット。
彼女は答えを聞いて、不快そうに顔を歪めた。
「確かに、大人数であれば、静謐学習館を所望するのは妥当ですが……他の教場では収まらないのでしょうか」
フロランスがそう聞くと、ベネディクトは首を振った。
「それがどうも、9つのサロン合同で行うそうで……」
「9つですか!?」
「いくら何でも多すぎでしょう、控えるべきです」
ベネディクトの言葉に、抗議の声がいくつか挙がった。
これも想定の範囲内だ。
「ですが、規定には反していません。なので生徒会も、話し合いをするようにと言っているのでしょう」
規定に厳しい彼女たちが、規定違反をすることはない。
だが規定や掟について詳しいが故に、その穴を突いてくることは多々ある。
「エリーヌ様、いかがなさいますか?」
と、ここまで話が進んだところで、ベネディクトは長であるエリーヌに判断を委ねてきた。
「そうね……」
エリーヌは考える。
この間は、彼女が意図して作っている間だ。
「……話し合いをするのは構わないわ。けど、向こうに譲るという選択肢はあまりとりたくないわね」
「そうですね……劣勢であると主張するのは不愉快ですし、他のサロンの者達、特に鳥蝶会は強く反対するかと」
鳥蝶会は、階級差に対して厳格な者たちが集まっている。
平民派閥に場所を譲るという行為は、彼女たちのプライドをひどく傷つけるであろう。
そうなれば、怒りの矛先がエリーヌ達に向くことは容易に想像がつく。
「でも、こちらが静謐学習館を所望する正当な理由が、風紀会より無いのが事実よ。こちらは学習館ではなくても、交流会ができるもの」
エリーヌの言葉に、再び周囲は騒めいた。
それぞれの卓で、どうすべきかの意見が交わり始めている。
だが、声を大きくして何かを言う者が居ない辺り、妙案は出ていないのだろう。
それを見たエリーヌは、誰かが次の言葉を発する前に、ゆっくりと手を挙げた。
「一つ、折衷案を思いつきました。もし、皆がそれで納得して下さり、鳥蝶会や湖白会の了承を得られましたら、わたくしが直接話し合いを行いましょう」
「折衷案、ですか」
「ええ」
エリーヌは笑みを浮かべる。
彼女たちが、これに納得してくれるというのは賭けだ。
エリーヌは、その折衷案を彼女たちに語り始めた。
***
「で、どうする? クロエ」
一方その頃、クロエたち風紀会もまた、同じように集会を開いていた。
そして同じように、交流会についての話し合いをしていた。
「この人数で開催することはもう確定してるでしょ。でもそうすると、静謐学習館しか会場にはできないわよね?」
彼女たちは、建物内にある空き教室を拠点として活動している。
長年この教室は風紀会のものであり、学校規定に関する資料や議事録などが置かれている。
そして、机を長方形になるようにくっつけ、クロエを上座に話し合いが行われている。
「収容人数が300で、かつそれだけの席が用意されてるのは、そこしかないからな」
大きい教室でも、収容できる人数は多くて100人。
その点、いつでもだれでも使えるようにと用意された学習館は広い。
「でも絶対、貴族の奴らが文句つけてくるわよ」
そう言って険しい表情をするのは、前日に食堂でティファニーを注意したアンナ。
彼女はクロエの片腕であり、活動に積極的な人物の一人だ。
「でも、私たちには人数が多いって言う正当な理由があるから、譲ってくれるんじゃないかな?」
アンナとは対照的に、常に穏やかな表情をしてそう言うのは、ソフィという名の少女。
彼女もまたクロエの片腕で、平民派閥の中でも成績優秀な者の一人。
アンナはクロエと同い年。ソフィは一個下だ。
「甘いわね。あいつらきっと、『人数が多すぎるから減らせ』とか文句言って、なんだかんだ別の教室に押し込めようとするわよ」
アンナの厳しい言葉に、クロエは内心苦笑いした。
『売り言葉なんて、幾らでも見つかるわ。例えば、「人数が多すぎるから、減らして別の教室に入れ」とかね』
先日エリーヌに言われた言葉と、アンナが予想した文句が全く同じである。
「ま、ともかく。こっちは正当な主張を通せばいい。向こうが学習館を使いたがる理由なんて、大したことじゃないからな」
「でも……」
「その辺の話し合いは任せろ」
クロエが真っ直ぐな目で、自信をもってはっきりそう言うと、アンナを含め他の面々は納得したように頷いた。
「てなわけで、今から行くぞ」
「え、今から!?」
立ち上がるクロエに、アンナがそう叫んだ。
「向こうが適当な文句をでっち上げる前に、先手を打ってやる」
いつもの余裕溢れる笑みを浮かべたクロエは、真っ直ぐと華月会の面々が集まっている方へ歩みを進めた。
諍いの流れは、彼女達二人の手のひらの上で、計画通りに踊る。
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