第7話 手繰る
サロン交流会。
一年間の行事で、まず初めにあるのがこの行事。
そもそもサロンという集団は、貴族間で盛んである社交会を元に作られた、生徒会公認の同好会のことである。
それぞれの会がそれぞれの目的を持ち、同好の士と語らいあうのが本来のサロンのあるべき姿。
例えば風紀会は、その名の通り学内の風紀を正すことを目的としている。
そして華月会は、学校庭園の花を愛でたいという花好きが集まった会。
しかし、過去にサロンを組むにあたって、貴族が身分の違う者の入会を拒んだという事件が発生。
周囲の貴族もそれに従い、また拒まれた平民たちで身を寄せ合った。
その為、現在のような形になり、派閥闘争の礎となってしまった。
無論、サロン本来の目的はほぼ形骸化している。
つまりサロン交流会とは、別の趣味を持つ者達と交流するという名目の行事だ。
「つっても、いつもの流れで行けば、
クロエは腕を組んでそう言った。
交流会では、自分たちのサロンを含めた3つのサロンが合同で集う。
そこで、それぞれの趣味を集めて品評会をしたり、あるいは語り合ったりする。
が、勿論その『趣味』というものが形骸化しているため、ただ集まって話し合いをするのが現在の趣旨だ。
「確かに、わたくしたちが貴女たちに交流申請をすることはないでしょう。でも、その前に問題があるでしょう?」
エリーヌの言葉に、クロエが一瞬怪訝そうな顔をしたが、すぐに何かに気が付いたように苦い表情を浮かべた。
「そうだった。場所取りがあったな」
「そうよ」
サロン1つに付き、最大30名所属することができる。
それが3つ集まるとなれば、最大90人が集まれる『会場』が必要になる。
「大人数が集まれるのは、北第一教場と、南第二教場。あとは、静謐学習館ってところかしら。その中でなるべく異なる場所を希望して、争いを避けましょうか」
必ず3つのサロンが合わさらなけらばならないというわけではない。
例えば同じ場所で、2つの交流会が同時に行われてもいい。
そう言うわけなので、基本的には大きな教室をどこも欲しがる。
「……チッ、困ったな」
「何か心配事が?」
眉間に皴を寄せるクロエに、エリーヌが聞いた。
「実は今回、かなり交流申請が来てんだよ」
「あら」
それを聞いて、エリーヌはニッコリと笑って頬に手を当てた。
「やっぱり、『茨の王子』の名は伊達じゃないわね」
「ぶっ!」
エリーヌにそう言われ、クロエは紅茶を飲もうとして咽た。
「……っ言うな! むず痒いんだよ、その渾名……!」
「そう? なかなか素敵だと思うけれど」
クロエは平民ながら、その美貌で有名だ。
その美貌というのは、男好きのする美貌というより、女が羨み好む美貌というのが正しい。
加えて、彼女の粗野だが男勝りな言葉遣いと性格。
『狼』という渾名の他に、棘のある『王子』として、『茨の王子』とも呼ばれている。
そして、女の園の中で影ながらもてている。
「女に好かれる女というのは稀有な才能よ」
「そりゃ、好かってくれるのは嬉しい。けど、王子はないだろ王子は! 大体、貴族には好かれてねぇしよ」
「意外とそうでもないのよ。だから、『王子』なのではなくて?」
若干恥ずかしそうにしながら否定するクロエを見て、エリーヌはくすくすと笑う。
「……ともかく、今回は申請が多いから、いくつか合同でやろうって話になってんだ」
クロエは頭を掻きながらそう言った。
「どれくらいの規模で?」
「かなり大きい。確か申請は8個来てた」
クロエの言葉に、エリーヌは珍しく驚いた表情を浮かべる。
「ということは、3チーム合同?」
「ああ」
いつも、集まっても精々2チームほどだ。
人数を考えれば、学園内の平民派閥のほとんどが集まることになる。
そこまで多く集まって、何をするというのか。
「まあ、そこで身分差別についての相談会みたいなことをするからな。それを解決に導けるのは、『
単に彼女がもてるから申請が多いというわけではないのだ。
サロン交流会という機会を使い、自分に対する派閥の支持を集めるのが、首席候補達の狙い。
クロエは相談を受けることによって、貴族を訴えるためのネタと同胞たちの支持を集めるのだ。
「でも確かに、困ったわね。貴女達平民サロンは、1つに付き人数が多いから……」
「多分、200人は超える」
エリーヌは顎に手を当て考える。
「となれば、貴女達が会場に希望するのは、学習館になるのかしら」
「……そういうこと」
そうクロエが苦々し気に言うのには理由がある。
静謐学習館。
いつでもだれでも利用できる学習スペースで、最近できたばかりの新しい建物だ。
設備が綺麗で整っていることに加え、かなり広くて自由が利く。恐らく、先ほど挙げられた3つの場所の中で一番大きい。
条件の良い場所ということで、取り合いになる可能性が大いに高い。
「できれば、お前達とはぶつかり合いたくない。今日だって、冷や汗かいたんだ」
クロエが言うのは、今日の昼に食堂であったことだ。
彼女の演技は完璧だったが、内心焦っていたのだろう。
エリーヌと言葉を交わす機会が増えれば増えるほど、
それ以前に、エリーヌは派閥間での争いが煩わしい。
「それに関しては致し方無いわ。対立している以上、わたくしたちが矢面に立たなければならないことだって多いはずよ。慣れるしかない」
「まあ、な」
そうエリーヌは言いつつも、クロエの言うことも一理あると頷く。
まだ上手い立ち回りを覚えていない状態で、積極的に接触するべきではない。
「とはいえ、困ったわね。わたくしだけ、もしくは華月会だけなら、幾らでも折り合いを付けられるのだけれど」
エリーヌはそう言って、紅茶の入ったカップを見る。
シャントルイユ家御用達のブレンドティーに浮かぶ、自分の目を眺めた。
「恐らく、交流する別のサロンの代表がそれを許さないでしょう。となれば、平民との諍いだけでなく、内部でも争いが起こるやも」
「だろうな。つっても、他の教場じゃ、あの人数は収まりきらねぇんだよな」
クロエはそう言って、一口大に切ったケーキを口に運んだ。
二人はそれぞれ紅茶とケーキを口に含みながら、うーんと唸るように首を捻った。
「……では、こうしましょうか」
紅茶を飲んだエリーヌが、何かを思いついたかのようにそう言った。
「お互いの方針は曲げることができない。なので、学習館の使用をめぐり、争いは避けられない」
彼女は問題点を指折り示す。
「なら、争いを避ける方法ではなくて、どう争うかを決めておく方が賢明ね」
「どういうことだ?」
エリーヌの言葉にクロエは首を傾げる。
「喧嘩の内容を決めておくの」
エリーヌは人差し指を立てそう提案する。
「最初から落とし所を定めて、そうなるように会話の流れを考えておきましょう」
言い争いの内容を決めておけば、会話はスムーズに進むだろう。
敵対するクロエが先にどういう行動に移るかを知っておいて、それに対してエリーヌがどうするかをクロエは知っておく。
そうすることで、エリーヌが煩わしいと思っている派閥争いの1つはすんなり終わる。
しかしその提案に、クロエは厳しい表情をする。
「それだと逆に、私たちが通じてるってバレるんじゃないのか」
二人が恐れているのは、二人が対話をすることで、二人にしか分からない話が表に出てしまうことだ。
『あの時、ああ言っていただろ!』ということを言ったら、実は家での会話だった、なんてことがあってはいけない。
あからさまに前々から話し合っていたかのような会話をしては、裏で二人が通じているとばれてしまう可能性が高くなる。
「それを悟らせないためにも、前々から何を言うかを決めておきましょう。話に齟齬がないか、精査するの」
作ったシナリオが本当に大丈夫かどうか。
それを前々からしっかりと吟味しておけば問題ない。
つまり彼女たちは、来るべき言い争いにおいて、全力の演技を行うということ。
「その場合、
結局は学習室をどう利用するかが論点となる。
その結果を先に決めておかなければ、会話の道筋を立てることはできない。
「考えがあるわ。その考えに持ち込むために、貴女の協力が必要なの」
エリーヌは立ち上がり、クロエの胸元を指でトンと叩く。
「やってくれるわよね? 忠犬さん」
悔し気に引き攣ったクロエの表情を見て、エリーヌは再びにっこりと笑った。
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