第6話 王族会
「では只今より、新生徒会による、生徒会披露式を行います」
聖リリウム女学園の建物の1つ。
学園の名の由来となった、国家が掲げる聖典の一節。その一節を象ったステンドグラスに囲まれて、学生たちは様々な式を行う。
大講堂と呼ばれており、中等部・高等部を合わせて総勢600人近くの学生が一挙に集まることができる。
そんな大講堂で行われるのは、新しい生徒会の『お披露目』である。
「初めに、新生徒会会長からの御挨拶です」
講堂前方に置かれた壇上。
そこに立つのは、今日の晴天の光を一身に受ける、美しい少女。
学内で統一されている学生服に加えて、その身分が他の生徒とは違うことを示すように、小さなマントを羽織っている。
「皆様。本日はお集まりいただき、誠にありがとうございます」
講堂という広い空間で、その声は凛と通る。
少女が圧倒的な存在感を放つのは、ただ彼女の見目や声が理由ではない。
「新しく生徒会長となりました。シャルロット・クフェア・フロスティアと申します」
フロスティア。国名であるそれを姓として名乗れるのは、たった一つの血族のみ。
フロスティア王国、その王族である。
「この学び舎が創立10周年となる佳き年に、生徒会長という誉れ高き座にこの身を置かせていただくこと、大変嬉しく思います」
シャルロットと名乗った彼女は、この国の第一王女。
そんな彼女もまた、この大学校に身を置く一人の生徒。
しかしながらその存在は、他の生徒たちとは一線を画している。
「皆様の学園生活がより良きものになるよう、我々『生徒会』は、学園理事会との協力の元、尽力することをここに誓います。つきましては――」
シャルロット王女が述べるのは、今後の学園の在り方について。
行事運営、学園生活の今後の方針、彼女の口から紡がれるのは、綺麗に整えられたものばかり。
身振り手振り、そして言葉の細部は全て、人の視線が集まるようにと神経が注がれている。
生徒たちはその姿から、目を離すことはできない。
「――以上を持ちまして、挨拶とさせていただきます。ご清聴ありがとうございました」
大講堂に拍手が響く。
彼女は、この学園における最高権力である。
***
生徒会披露式を終え、学生たちは続々と大講堂から退出する。
業後の式であったため、あとは帰宅をするだけだ。
「前々から分かっていたことですが、やはり今年の生徒会長はシャルロット王女殿下でしたね」
前方に座っていたため、やや遅れて退出したエリーヌ。
横に並び歩きながら、彼女の傍に立つベネディクトがそう言った。
「ええ。彼女はわたくしたちと同学年ですし、第一王女ですからね。彼女を差し置いて前に出る者は居ないでしょう」
エリーヌはベネディクトの言葉に賛成する。
「学園が創立10周年であることも踏まえると、今後の生徒会の運営は大々的なものになるかもしれないわね」
「そうですね。特に学校行事は、今までになく大きなものになりそうです」
生徒会。学園内では俗に『王族会』と呼ばれている。
サロンの一集団ではなく、学園内の機関として設けられている組織だ。
学園理事会、ひいては学校運営に携わる政府との繋がりがあり、学園を内部で運営・管轄するにまで至る。
特筆すべきは、生徒会に入ることができるのは、フロスティアの姓を持つ者のみということ。
王が国を支配するという形が、社会の縮図である学び舎でも採られているということだ。
「これはより一層、首席争いが激しくなりますね」
「……そうね」
声を潜めたベネディクトの言葉を、エリーヌは肯定する。
首席学士の称号は、卒業時の生徒会長から渡される。
つまり、王族から首席というものが渡され、それにふさわしい人物を最終決定するのもまた、王族であるということ。
その王族が、今年は国の中でも権威の高い第一王女から渡される。推薦される職務もそれ相応となるだろう。
となれば、派閥争いは活発化する。
「昼のティファニー嬢も含めて、今年の華月会会員の名簿は、既に纏め終わっています。明日の集会で顔合わせをしつつ、そのことについても話し合いましょう」
「ありがとう、ベネディクト。いつもとても助かっているわ」
「すべては、エリーヌ様の為です」
そんな会話をしながら、門へとたどり着いた。
「では、迎えが来ておりますので、わたくしはこれで」
「ええ。また明日」
そんなベネディクトに別れを告げて、エリーヌは帰路に立った。
馬車に揺られて、外の景色を見る。
学園から段々と離れて行き、敷地の広い家々が並ぶ場所に出てきた。
そこで、人影を見つける。
「止めて」
馬車を雑木林の脇に止めさせると、人影は馬車に向かって近づいてきた。
「……遅かったな」
馬車の扉を開けて、勢いよく乗り込んできたのは、クロエだ。
「ったく、とんだ遠回りだ」
彼女はそう言って自分で馬車の扉を閉め、エリーヌの向かい側に座った。
彼女と共に登校しては、周りに関係性が露わになってしまう。
そこで、王都の中にある学生区から離れた道中で分かれ、帰りはそこで合流するという手段をとることになった。
校門で2人は90度違う方向に進み、人目の少ない場所で合流する。三角形をつくるような形で、その分クロエは歩くことになるが致し方ない。
「それで、どう? 学校では変わりないかしら」
馬車が動き始め、エリーヌがクロエにそう切り出した。
「……問題ねぇよ。ちゃんと誤魔化しきれてる」
「ならよかった」
学内でクロエの内情が噂されている様子はない。
昼の彼女の様子を見る限り、学外でも特に問題なく誤魔化せているようだ。
「それよか、今年の生徒会長は、第一王女殿下だったな」
クロエが話題に出したのは、生徒会長についてだ。
「ええ。貴女に対する周りの期待も、大きくなったのではなくて?」
「……まあな」
先ほどベネディクトと話していたように、国において大きな権力を持つ第一王女が生徒会長となった事実は大きなニュースだ。
「私としては、そんな大層な御仁が、平民なんかを首席に選ぶかどうかが疑問だがな」
自嘲的な表情を浮かべ、クロエは棘のある言葉を吐いた。
「それについては、ちょっとした意見があるの。続きは家に帰ってからにしましょう」
「……?」
わざわざもったいぶって言わないエリーヌに、クロエは首を傾げた。
と、2人が馬車の中で雑談をしているうちに、シャントルイユ邸へとたどり着いた。
「おかえりなさいませ、お嬢様方」
「おかえりなさいませ」
今日は二人の侍女によって、出迎えられた。
父が帰って来る時以外はその程度だ。
「ただいま戻りました」
「……」
自然に帰りの挨拶をして手荷物を渡すエリーヌに対し、クロエは気まずそうな顔をしている。
たった二人の出迎えでも、彼女にとっては慣れない環境だろう。
「お茶を用意してくれる? 二人分、わたくしの部屋に」
「畏まりました」
そう告げて、エリーヌ達は各々自分の母に帰りの報告をしつつ、一度自室に戻って着替え、再度エリーヌの部屋に集まった。
「……それで、意見ってなんだ」
運ばれてくる紅茶と茶請けを見て、またもや気まずそうな表情をするクロエが、席に着いたエリーヌにそう聞いた。
「ベリージャムはお嫌い?」
「そういうわけじゃねぇよ……」
クロエの質問には答えず、まずそう聞いた。
「いやお前……今日友達に、貴族の食生活について愚痴られた私の気持ちが分かるか? 罪悪感でしかねぇよ」
「いいじゃない。誰にだって美味しいものを好きなだけ食べる権利があるわ。差し出されたものなら、無駄にはできないでしょう?」
エリーヌがそう言うと、クロエは観念したように、フォークでケーキを一口食べる。
「……ちょーうまい」
「ふふ。よかった」
悔しそうにそう言うクロエを見て、エリーヌは笑顔で紅茶を一口飲んだ。
「で、意見ってなんだよ」
逸れた話を戻すように、クロエがそう聞いた。
「生徒会ね。彼らが中立であることに間違いはないという話よ」
「でも結局、今まで平民派閥から首席が出たことはねぇんだぞ」
クロエの言う通り、10年という短くも長い学園の歴史の中で、首席が平民から出たことはない。
「それは今まで、環境の整った貴族に、平民が成績で勝てなかったからよ。生徒会はあくまで、学校評価と最後の推薦投票のみを鑑みているもの」
首席を選出するための参考は、テスト、行事における成績。そして、他生徒からの首席推薦の投票だ。
それらの結果を見ることができるのが、生徒会。
彼らの仕事は学園の秩序維持と、生徒評価だ。
「本当によくできているわよね。この学園の仕組み」
「なにがだ?」
クロエがそう聞くと、エリーヌは『静かに』と言うように人差し指を口元に立てた。
「学園はより多くの人間に、かなり玄奥な知識を与えているわ。ある意味、危険な事よ」
「……?」
エリーヌの意味深な言葉に、クロエは訝しげな表情を浮かべる。
「知識を得たことで、例えば現在の王政に疑問を持つような者が現れたとしたら? それも、明確で論理的な知識を持って」
エリーヌの疑問形のその言葉に、クロエは目を見開いた。
エリーヌの言いたいことに気が付いたらしい。
「王や政治家にとっては
「そう。だから生徒会の存在は、とても重要なの。国にとってはね」
エリーヌは紅茶を飲み、クロエは顎に手を当てた。
「学校秩序の維持・監督……つーことは、首席はある意味与えられた餌か」
派閥は、生徒会公認のものではない。暗黙のルールだ。
そのルールの中で、生徒会は中立的立場をとっている。
そして、サロンは生徒会公認のもの。
首席学士の称号に加え、貴族と平民とでの諍いが起きるように仕向けられていると言っても過言ではない。
彼ら王族は、己に革命の矛先が向かぬように、それぞれに敵を用意したのだ。
「……と、いうのはあくまで憶測よ。わたくしの独り言だと思ってくださいな」
「学園で口にすれば、まず間違いなく退学だな」
二人は各々ケーキと紅茶を呑み込んだ。
「要は、派閥で争うのは意味がないって言いたいんだろ」
「そういうこと」
茶目っ気のある表情でそう言うエリーヌに対し、クロエは呆れた表情を浮かべた。
「でもそれを周りに喧伝することもできないし、理解してくれる奴も少ないだろ」
「ええそうよ。だからこの現状を覆すことはできない」
協力し合おうというのは簡単だが、それを全員が行動に移してくれるわけではないのだ。
「でも、できうる限り無駄な争いは避けて、愚かな行為を慎むことはできる、か」
エリーヌの言葉に付け足すように、クロエが神妙な面持ちでそう言った。
「やっぱり、貴女は理解が早いわね。元より賢い人だとは思っていたけれど」
エリーヌがそう言うと、クロエは肩を竦めた。
「学年一位がよく言うぜ」
「あら、褒めてくれるなんて嬉しいわ」
「……」
澄ました顔で素直に言葉を受け止めるエリーヌに対し、クロエは呆れた表情をする。
「まあともかく、差し当たって考えておくべきは……」
「ええ」
二人の意見は合致している。
「サロン交流会ね」
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